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「じっさいのところ、ぼくは奴隶のように働く」

 水力発電所の敷地内にある基地から、農業用のドローンが飛び立ってゆく。

 農耕面積に対して圧倒的に人手が足りないうえ、段々畑は大規模な機械化が難しく、人々は農作業をドローンに頼らざるをえない。施肥、消毒、生育状態確認、病害虫の検出。それらの作業は全てドローンとそれを操作するAIが管理している。

 農家のお年寄りにはそういった機器に弱い人もいて、必要であればもちろんあきらが手伝う。操作はそんなに難しくない。ドローン自身がマッピングした3Dデータで地域を指定して、さらに作物を定義すればおおむねAIが計画を立ててくれる。

 例えば潅水の管理もそうだ。野放しにすると水戦争になってしまうので、水門の操作はAIが分析して割り当てる。水は発電にも生活にも使用するので、ダムがあるこの町では特に水に困ることはないけれど、全国的にはかなり貴重な資源となっている。

 補給を終えて飛び立っていくドローンもいれば、充電と資材搭載の為に戻ってくるドローンもいる。その様子は、まるで巣箱に出入りするミツバチのようだ。

 都市メトロは農耕部門への投資についてケチケチはしない。都市の人口を支える農産品が必要だし、今や人類の命運を分けるのは「カロリー」だ。かっては食べ物が廃棄された時代もあると聞く。とんでもない話だ。廃棄するのなら全部家畜に食べさせる。家畜は貴重なカロリーの貯金箱だ。

 あきらが作業しているのは、浄水施設の試験圃場だ。発電所がある谷あいのほんの少しだけ下流側にある。圃場はかっては施設の駐車場だった場所で、ダムを見上げる位置にあった。この場所は地下水が豊富で適度に日照が遮られ作物がよく育った。

 視界の端では繋がれた燃料用の羊が、もぐもぐと雑草を食べている。フンはからからに乾いた繊維質で、集めて薪にすることが出来た。乳は普通の羊と同じように取れるし、場合によっては食べることもできる。たとえば今日のような晴れやかな日であれば、一頭丸ごとが夕食に饗されることだろう。

「あきらは行かないの?ごちそうがあると思うけど」

 陽葵(ひなた)はお気に入りの麦わら帽子を押さえ、座って作業するあきらの顔をのぞきこんだ。陽葵はあきらよりも二つ年上で、確か十四歳になったばかり。いつもやせ我慢みたいにガーリーなワンピースを着ている。ここへ来る道だって山道で、虫もいれば蛇だっている。愛らしい見た目と引き換えにして、かなり不便な思いをしているに違いない。

「入植者には興味ないな。いい人が来るとも限らないし。都市メトロからやってくる人とは話があわないよ」

 それは本当のことだ。たとえば交番に詰めている「駐在」さんはたいてい都市メトロから来た市民シチズンだけど、生まれて一度も見たことがない筈の正義をふりかざして、村の人に迷惑をかけ、あげくに早死にするのは割とよくあるケースだった。お人好しで、侮辱的なくらいに世間知らず。

「人手が多いのは助かると思うわ。お年寄りが多いし。子供に農作業をさせるのもちょっと気が引ける。あきらみたいに働く子供は探しても他にはいないもの」

 じっさいのところ、あきらは奴隶ヌーリーのように働く。かなり勤勉に。

 なかでも、とりわけ好きな仕事は绿洲リューチョウの世話だ。植物が育つのを見るのは気分がいい。鬼灯の実に似た提灯のような葉から、甘露に似た雫が次々に落ちる様子は、あきらをまるで桃源郷にいるような、ふわふわした気分にさせてくれる。

 绿洲リューチョウは飲み水を浄化する為に、極端な温暖化に直面した人類が、品種改良をした植物だ。

 人間の背丈くらいだけど、根は深く地下水脈に到達している。葉が、長い葉柄—葉の軸の所—を覆うような形になっていて、蒸散した水蒸気が導管を登ってきた水に冷却され、速やかに結露するようになっていた。結露した水分は葉の先端から滴り落ち、有害な物質が取り除かれた水滴は、樋で集めて人間の飲料水にすることが出来る。

 ぶどう棚みたいな支柱に、提灯の形をした绿洲リューチョウの葉を誘引する。古い葉を落とし、伸び過ぎた枝を切り戻す。切り戻した枝は、水につけておいてまた挿し木にする。

 そろそろ冬の生育期に備えて肥料をやってもいい季節だ。町民が集めて持ってくる堆肥—もちろん人間の排泄物—も、畜舎の隅で順調に発酵していた。

 草を食べていた羊たちが、怯えて繋がれたロープを引っ張った。

 レンが起きてきたようだ。

 畜舎からのそのそと歩いてきた体重百五十キロにもなるツキノワグマは、まだ眠そうな顔をしていて、陽葵の足元で丸くなった。

—おはよう。

 と陽葵が手話で挨拶をすると。ツキノワグマは器用に手を動かして手話で挨拶を返した。

—陽葵はきょうも可愛い。

 投げやりな挨拶なので、ほんとうにそう思っているかどうかはわからない。

 レンは変わったツキノワグマで、あきらが物心ついた時にはもうそばで暮らしていた。異常に頭のいいクマで、人語を解しているようなので手話を教えると、苦労はしたけれど簡単な会話ができるようになった。熊にもギフテッドはいるらしい。

「ね、あきらちょっとだけ行ってみようよ。あたしが一緒に行ってあげるから」

 陽葵が言っているのは、都市(メトロ)の斡旋でやってきた入植者歓迎祭のことだ。

「え~昼から狩りの予定だったんだけど」

 あきらは腕のいい猟師でもある。エアライフルを使って主に小さな獲物をとる。

—あきらは出かけた方がいい。不健康、無愛想、わがまま。

「なに言ってんだよレン。このぼくがわがままだって?」

 レンはふんっと鼻で笑った。

—独りよがり。

 なんだとこいつ。熊のくせに。

「まあまあ、レンもこう言ってるし、たまにはゆっくりしようよ」

 陽葵はあきらの腕を取った。

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