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9 お前、実は良いやつじゃね……?

「ゲホッ! ゲホッ!」

「大丈夫か!?」


 黒猫を抱えてなんとか岸に辿り着いた俺を、鬼塚が迎えた。

 黒猫は女子高生である俺の片手にも、すっぽり収まるくらいのミニサイズ。


「にゃ、にゃ……!」

 疲れ果てているが、息はまだしている。


 黒猫を鬼塚に渡してから、俺は濁流から岸によじ登った。

 鬼塚の横には、俺が川に飛び込むために脱ぎ捨てたセーラー服。

 持ってきてくれたのか。

 俺自身は男だからパンツ姿でもなんとも思わないが、さすがに女子高生の下着姿はまずいよな。

 鬼塚が黒猫の介抱をしてくれている間に、俺はいそいそとセーラー服を着た。


「お前、見た目によらず、無茶するな……」

 鬼塚が呆れたようにつぶやく。


 ……おとなしそうな見た目だろうか?


 ピンク色のロングヘアーのザ・女の子。

 自分でも言うのもあれだが、痩せていてくびれもあって、胸もそこそこある。触ってないけど。

 女子界隈におけるスタイルの基準はわからないものの、男目線で言わせてもらえば、高校一年生でこの育ち具合はなかなかのナイスバディだろう。

 二次元加工があると言っても、過言ではない。


「俺がもっとスレンダーだったら驚かなかったか?」

「そういう意味じゃねぇよ」

 鬼塚はずっと呆れ顔だ。

「そもそも女子が雨の中、川に飛び込むな」

「猫が助かったんだから、なんだっていいだろ」

「……男らしいな」


 もう一度、鬼塚がブレザーを投げかけてくる。

「なんだよ、もう上着なんかいらないって……」

「…………」

 断ろうとしたが、鬼塚がグイグイ押し付けてくる。

「目のやり場に困んだよ……」

「目のやり場?」

 普通に下着が透けていた。

 びしょびしょのセーラー服を身に纏ったところで、なんの意味もなしてない。


「お、おあ……あ、ありがとな」

「おう」

 鬼塚に釣られて、俺まで赤面してしまう。

 分厚い生地の男子用のブレザーは、下着を覆い隠してくれる。


 鬼塚の足元には、三毛猫がいつの間にか擦り寄っていた。

 先ほど地面に降ろしたのについてきたのだろうか?

 

 鬼塚は二匹を易々と片手に収めて、慈しむように頬を寄せた。

「ふ、ビッショビショだな、お前たちも、俺も」


 その鬼塚はいつもと何かが違うと感じた。

 違和感。

 彼を構成する要素の何かが足りない。

 あ。


「あれ、鬼塚、首の……どうした?」

「あん?」


 俺が自身の首元を指差すジェスチャーを見て、鬼塚も猫を持っていないほうの手で己の首筋を触る

 ネックレスがないことに気づいた彼は目を見開いた。

「……ない!?」


「走っているときに外れちまったのかな。この前の喧嘩でぶち切られてたし、修理してもチェーンが脆くなってたのかも」


 どこで無くなったのか大方の予想をして、俺たちは川に沿って来た道を戻る。

 俺は草むらに膝をつき、手探りでネックレス探しを始めた。

「……どうせ今日は、見つからねぇよ」


 猫を二匹も抱いているせいで手が塞がっている鬼塚に代わり、四つん這いでネックレスを捜索する俺にストップがかかった。

 言い分はもっともだ。

 曇天に強めの雨で視界は最悪、捜索範囲は草むら全体。

 見つかるまでどれくらい時間がかかるか想像もつかない。


 しかし、俺は鬼塚の制止を無視して草の根をかき分ける。

 ネックレス探しを止めようとしない俺に、鬼塚はもう一度呼びかけた。

「おい、だから、探さなくていいって」


「大事なもんなんだろ?」

「……っ」

 俺が言い返すと、鬼塚は言葉を詰まらせた。

 やっぱり。

 

 不良に絡まれたとき、ネックレスを触られて激昂していたのは記憶に新しい。

 他人に触れられたくないくらい大切なものなのに。

 どうして、そんなに簡単に諦めようとするんだ。


「……親からもらった、初めてのプレゼントなんだよ」


 普段の彼とは正反対の、消え入りそうな小さな声で鬼塚は喋り始めた。

「…………」

 俺は何も答えない。

 背中でその話を受け止める。


「……まだ、家族全員の仲が良かった頃に、もらったんだ。似合うだろうって、母さんから」


 ……まるで、遺品みたいな言い方だな。

 鬼塚の両親が亡くなったわけではないが、親が離婚寸前の彼からすると、仲良しだった鬼塚家というのは死んだも同然なのかもしれない。


 絵本に出てくるような、クリスマスプレゼントに絵本をもらうような、そんな一般的な家庭──鬼塚とっては、絵本の中だけの世界になってしまったのだろう。

 かつて鬼塚家も暖かい家族だったことを示す、唯一の証明が、あのネックレスなんだ。


『鬼塚くん……、昔は喧嘩するようなかたじゃなかったのに……』


 ふと、綾小路の言葉が蘇った。


 親の不仲で家庭が崩壊し、鬼塚がグレて不良の道に走った。

 あまりにも容易に想像がつく。


 ……そりゃあグレるだろう。


 青春をバレーボールに捧げた健全な俺ですら同情してしまう。


 ……ん?


 俺はあることに気づいた。


 もしかして、それが原因で伊集院との仲が悪くなったんじゃないか?


 鬼塚からしたら、険悪な関係になった両親こそ彼が不良に至った最大の原因である。

 しかし、視点を変えてみたらどうだろう?

 伊集院から見たら、仲が良かった鬼塚が突然グレ始めたように映るんじゃなかろうか。


「なぁ、鬼塚と伊集院って、昔は仲良しだったんだろ? どうして──」

「お前には関係ない」

 ピシャリ。


 さっきまでネックレスの思い出を話してくれた鬼塚とはまるで別人。

 絶対に誰にも踏み入らせないとばかりに、門前払いされてしまった。

 それほどまでに重大な事件があったのだろうか、この二人の間に。


 それとも、鬼塚自身に。

 伊集院には知られたくない、何かが。


「にゃあ!」

 重い空気を切り裂くように、さっき助けたばかりの黒猫が鳴いた。


 黒猫のほうに目をやると、黒猫はまた別の方向を凝視していた。

 流されている黒猫を発見したときの、三毛猫のように。


 視線の先を辿る。

 雨が降る暗い視界の中で、きらりと銀色が輝いた気がした。

 俺は一目散にその光のもとへ駆け寄る。


「あった!」


 雑草をかき分けて十字架のネックレスを拾い上げる。

 案の定、チェーンが壊れてしまっていた。

 雨と土で汚れてはいるが、拭けば落ちそうなレベルで、いたって綺麗な状態だった。


「良かったな、鬼塚!」

 俺は笑顔でそれを鬼塚に差し出した。

 しかし、受け取ろうとしない。


「鬼塚?」

「…………」


 俺が問いかけると、鬼塚はゆっくりと首を左右に振った。

「……それは、お前が持っていてくれ」

「え?」

 

 鬼塚がかすかに笑みを浮かべて放ったのは、意外な言葉だった。

 まさか、俺にくれると言うのか?


「でも、大事なもんなんだろ? 親御さんからもらった……」

「いいから。お前に持っていて欲しいんだ」


 俺に拒否権があるように思えなかった。

 怒鳴るわけでも、脅すわけでもない静かな口調なのに、有無を言わさぬ強引さをはらんだ言葉に、俺はイエスと答える他なかった。


「……分かった」


 チェーンが千切れているため、今すぐ首にかけることはできない。

 俺はそれをスカートのポケットに入れた。

 帰ったら、なんとか修理してネックレスとして使おう。

 そうして俺たちは、ようやく帰路につくことができたのだった。


 後から聞いた話だが、猫は二匹とも無事に貰い手がついたらしい。

 なんでも鬼塚の知り合いに神父さんがいて、教会に来る人たちにあたってくれたんだとか。


 不良に神父の知り合いって……。

 不釣り合いな組み合わせに、鬼塚の顔の広さを実感した。


 ちなみに、猫を鬼塚の家に連れて帰った、あとのことだが。

 風呂も貸してくれたし、下着も乾かしてくれたし、なんなら鬼塚の服も貸してくれた。

 あいつ、不良のくせに結構面倒見がいいタイプなんじゃないか?

 

 ただ、依然、伊集院と鬼塚の過去は謎のまま。

 鬼塚の態度からして、過去に何かあったのは間違いない。

 

 今度は伊集院側の話を聞いてみないと。

 散々な目に遭ったが、鬼塚の別の側面を知った一日だった。

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