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8 猫、救出作戦!

「猫、連れて帰るのか? どうすんだ?」

 一歩がでかい鬼塚の背中を、小走りで追いかけて問う。


 赤髪の不良はそのつり目を少しだけ伏せた。

 雫で濡れている長いまつ毛が妙に色っぽかった。

「……しばらくは、うちで飼う」


 せめて雨宿りだけでも、と付け足して彼は口を閉ざした。

 あまりにも即答で飼う、などと言う。

 前世の俺が野良猫を拾ってきたら、間違いなく親と一悶着はするだろう。

 今の俺の家庭環境でも多少は揉めそうだ、と俺はピンク髪のお母さんを思い浮かべていた。


「そんな簡単に飼えるのか? 親御さんとか……」

 だから、俺はまったく悪気なくそう聞いてしまったのだ。


 鬼塚はしばらく無言で歩いてから、雨音に消されそうな声で答えた。

「……親は、あんまり家にいねぇ」


 俺はもしかしたら、鬼塚より察しが悪い人間なのかもしれない。

「あぁ、単身赴任とかそういう?」

 あっけらかんと、さも分かった風に尋ねた。

 鬼塚は何かを諦めたように、でかいため息をついた。


「ちげぇ。別居してる。どっちも俺が住んでる家には帰ってこない。……そのうち、離婚する」


 げ。


 とんでもない地雷を踏み抜いてしまった、と気づいたときにはもう遅い。

 俺と鬼塚の間には、重たい空気が流れていた。


 親の離婚を目前にしている同級生にかける言葉の正解を、学校では習わなかった。

 未来では道徳の授業に付け足されていることを願う。


 沈黙のまま、俺たちは帰り道を並んで歩いた。

 土手を進んでいく。

 河川敷には誰もいない。

 雨足がだんだんと強くなる。

 川はどす黒く濁り、流れが速くなっていた。


「……お前、どこまでついてくんだよ」

 思い出したように、鬼塚は俺に振り向いた。

 俺の通学路からはとっくのとうに外れていた。

 鬼塚の家と俺の家は反対方向。

 もはや、俺はただ鬼塚について行っているだけの男、いや、女だった。


「あ、いや……」


 なんとなく、鬼塚をこのまま一人で放っておいてはいけない気がした。

 こいつと一緒にいる時間が長くなればなるほど、恋愛フラグが立つ可能性も上がっていくんだろうが、そんな理性的な理屈よりも直感的な感情論が俺を突き動かしていた。


 捨て猫のような表情で野良猫を優しく抱くこの男を、誰もいない家にひとり帰すのは、なんというか、泣いている迷子の子供を見て見ぬふりをするような、胸のあたりをざわつかせる、居心地の悪い罪悪感があった。


「ね、猫、連れて帰ったら、風呂場で洗うだろ? 手伝ってやるよ」

「…………」

「ほら、俺が見つけた猫だし、俺もそいつが心配なんだよ」


 俺は適当に理由をいくつか付け足していく。

 鬼塚は、家に自分しかいないとバラしてしまった以上、俺の来訪を拒絶する言い訳も出てこなかったようで、

「……勝手にしろ」

 と、俺から視線を逸らした。

 そのとき。


「にゃあ! にゃあーん!!」


 今の今まで大人しく鬼塚に抱っこされていた三毛猫が急に叫び始めた。

 吠えていると形容してもいいほどの声量だった。


「なに、どうした?」

「わかんねぇ、こいつが急に……」


 必死に鳴きわめくものの、暴れはしない猫は一点を見つめている。

 視線の先は、濁った川。


「……ん!?」


 目を凝らしてみると、何かが流されている。

 ……黒い?

 ……ゴミか?


「にゃおーーん!!」


 猫を急かすかのように、いっそう強く鳴いた。

 

 ──濁流に流されている、あれは……

「猫が流されてる!!」

「なんだと!?」


 ゴミだと思った物体は、溺れている黒猫だった。


 俺と鬼塚は土手を滑り降りる。

 階段もあったが、そんな大回りをしている余裕はなかった。


「──っ!?」

 頭の中に電流が走った。

 俺はこのシーンを見たことがある……!

 

 少女漫画のワンシーン。

 鬼塚が川に飛び込んであの黒猫を助け、疲れ果てた彼を介抱するヒロインとの仲が深まる、そんな場面。


 こいつが、あの猫を助けたら恋愛フラグが立っちまうってことか……!


「くそ、川の流れが速すぎる……!」

 鬼塚は、抱いていた三毛猫を一旦降ろす。

 俺たちは流されている黒猫に合わせて、河川敷を駆けて行った。


 すぐにでも川に飛び込みそうな鬼塚。

 でも、消えそうな命を見捨てるわけにもいかない。

 救えるかもしれない命なんだ。


 他の人に助けを……!

 それこそ、大人を呼んで……!

 周囲を見渡したが、雨で人通りは少なく俺たち以外に人影もない。

 つまり、あの猫を助けられるのは俺たちしかいない。


 鬼塚に助けに行かせるのもだめ、かといって、猫も見捨てられない。


 ──いったい、どうしたら……!?


 猫の命と、己の恋愛フラグを天秤にかけて、ほんの数秒。

 ……簡単なことだ。


 俺はすぐに最適解を導き出した。


「これ、返す」

「は?」

 肩にかけていた鬼塚のブレザーを手渡した。


 それから、びしょ濡れになったセーラー服を──脱ぐ!


「おい!?」

 突然の奇行に、真っ赤になった鬼塚は下着姿の俺から目を逸らした。

 こいつ、最低限のマナーってやつができてやがる。


 早乙女乙女は、ブラジャーの上にインナーを着てるタイプだった。

 俺は構わず脱ぎ続け、スカートに手をかけて、静止する。

 野外で、ましてや同級生の男の前で、女子高生がスカートを脱ぐなんて。

 

 ……いいのか、女の子なのに、下着姿になっちまって。


 ……恥ずかしい?


 ……はしたない?


 言ってる場合か!

 泳ぐときに一番邪魔なのがこれだ!

 

 俺はそのままスカートも脱いだ。

「なにしてんだよ、お前!?」


 猫を助けるのは鬼塚じゃなくていい。

 そりゃあ、体格的にも体力的にも、鬼塚が泳いでいくのがもっとも成功率が高いだろう。

 でも、助けるのは誰だって構わないはずだ。


 俺が行けばいいんだ!


「鬼塚はここで待ってろ!」

「あ、おい!?」

 俺は汚く濁った川に飛び込んだ。

 溺れている黒猫に向かって。

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