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5 俺、実は男なんだ……

「きゃー! 鬼塚くーん! こっち向いてー!」

「鬼塚くんー! かっこいい〜!」


 綾小路と南雲とのエンカウントを終えてようやく帰路についたところで、悲鳴のような歓声が耳を貫いた。

 黄色い歓声は、廊下の先にいる数人の女子のものだった。

 四階の窓から身を乗り出して、外にいる誰かに手を振っている。


 鬼塚くん……?

 嫌な予感がしながらも、彼女たちの視線を追う。

 

 案の定、外を歩いている鬼塚の姿。

「ウルセェ!」

 鬼塚は彼女たちを見上げて怒鳴り散らかし、校門へと去ってしまった。


「きゃーーー!!」

 それにまた歓声が上がる。

 なんだかメロメロのご様子だ。

 

 な、何がいいんだ、あの男の……!?

 

 彼女いない歴=年齢の俺には、女子という生き物と、彼女たちが好む男の良さがまったくと言っていいほど理解できない。

 乱暴な男がモテている嫉妬に、歯を食いしばりながら俺は校門へ向かった。

 

 俺はこの学校──私立星空高等学校の一年生だ。

 一年生の教室は四階にずらりと並んでおり、登校も下校も一番歩かされる学年となる。

 なかなか広い学校で、グラウンドもテニスコートもバスケコートもある。

 地元では、なかなか名の知れた高校なのかもしれない。


 さて。

「ここはどこだ……?」


 校門を出たはいいが、秒で道に迷った。


 なんせ来た道と帰る道は景色が違うんだから、方向音痴には辛いものがある。

 家のそばに派手な青色の看板をしたドラッグストアがあったことだけは、記憶に残っている。


 そのドラッグストアにさえ辿り着けば、道が分かるんだけどな……。


 俺は行ったり来たりを繰り返して、登校時に通ったであろう見覚えのある景色を探していた。


「あ」

「お」


 ばったり。

 鬼塚がコンビニから出てきた。


 俺は知らない人のふりをして、回れ右をする。

 しかし、鬼塚はそれを許してはくれなかった。

 普通に肩を掴まれた。


 なんだこいつ、馴れ馴れしいな。

「おい、女子に乱暴すんじゃねえ」

 パンッと、その手を振り払う。


「なら、もっと女子らしく振る舞え」

 ぐうの音も出ない。

 鬼塚は、フンッと鼻で笑って、


「知り合いに挨拶くらいしねぇのか」


 面倒臭い親戚みたいなことを言い出した。

 こちとら、お前と知り合いになった覚えはない。


「コンニチハ。ソレデハ、サヨウナラ」

 流れるように、俺は鬼塚に背を向ける。

「ロボットか、てめーは」

「ぐえ」


 後ろ襟をつかまれ、俺は為す術もなくその場にとどまった。

 観念して振り返り、鬼塚と向かい合う。


「何か、御用でしょうか……?」


 ようやく、俺は愛想笑いを搾り出した。

 鬼塚は、俺の早くどっか行けオーラをものともせず話し続ける。


「なんでお前ここにいんの? 家こっち?」

「青い看板の、大きなドラッグストアがあるほうです……」

「じゃあ、学校挟んで、反対側だけど?」


「…………」

「…………」

 沈黙が流れる。


「……お前、まさか、学校からの帰り道で迷子になったのか?」


 本物のアホを見るような目を向けられた。

 俺は無言で踵を返し、来た道を戻る。

 そうすれば、もう一度学校に戻れるはずだ。


「そっちは学校じゃねぇぞ」

「…………」


 もう一度、踵を返す。

 鬼塚の横を通り過ぎようとすると、再び、後ろ襟をつかまれた。

「ぐえ」

 何回も潰れたカエルみたいな声を出させるな。

「待てって。お前、すげぇな、マジで」


 鬼塚は、もう笑いを堪えきれていなかった。

 何も言い返せない自分が悔しい。


「そのドラッグストアまで案内してやるから、ついてこいよ」

「…………」


 従うしかない。

 俺がうなずくと、鬼塚は歩き出した。

 帰りが遅くなれば、きっとあのお母さんに怒られる。


 鬼塚の広い背中を急ぎ足で追う。

 身長差から発生する歩幅の違い。

 鬼塚の一歩は俺の二倍近かった。

 足の回転数を上げることで、引き離されないよう、なんとか食らいつく。


「……お前は、他の女子みてぇに、俺に媚びねぇんだな……」

 唐突に、鬼塚が失礼なことを言い出した。


「は?」


 媚びる?

 誰が?

 俺が?

 お前に?


「自惚れんなよ」

 おっと、本音が。


 鬼塚が足を止めて、ギロリと俺を睨む。

 まずい、力量差を忘れて喧嘩を売ってしまった。


「急に強気じゃねぇか、おい」

「オニヅカクン、カッコイー」

「都合悪くなるとロボットになんのやめろ」


 見え透いたゴマスリは、通用しないようだった。

 鬼塚はまた歩き始める。

 どうやら、生意気な口は見逃してもらえたらしい。


 ……くそ、鬼塚が速ぇ。

 五分ほど歩いて、早歩きゆえに多少息が上がってきた頃──


「おいおい、鬼塚ぁ! なに、お前女連れてんだよぉ!」


 スキンヘッドの他校の男子生徒が鬼塚に絡んできた。

 その数、五人。

「チッ、めんどくせぇのが来たな」

 ちらりと鬼塚を盗み見る。

 整った顔立ちをしかめて、心底厄介そうな態度だ。


 ……まぁ、不良同士のことだ。

 きっとくだらない因縁があるのだろう。

 俺には関係ないがな!


「あ、じゃあ、お友達が来たみたいだから、俺はこれで……」


 俺は手早く美少女スマイルで取り繕って、退散しようとした。

 しかし、やはりというか、そう上手くいくものではなかった。

 なんせ、ここは少女漫画の世界なのだから。


「おい待てよぉ!」

「ぎゃっ」

 他校の不良の一人が、俺の腕を乱暴に引っ張った。

 抵抗も虚しく、あっさり両手首を後ろに回される。


 おいおい、これって人質ってやつ?


「鬼塚ぁ! この女に痛い思いさせたくなかったら、大人しく俺らのサンドバッグになりなぁ!」

「汚ねぇ……!」

 鬼塚は判断に迷う素振りをした。

 いや、悩むな悩むな。

 俺とお前の関係なんて、悩むほど深くもないだろう。


「へっへ、こうなりゃ、お前もおしまいだなぁ?」

 鬼塚は呆気なく不良のひとりに、後ろから羽交い締めにされてしまった。


 そんな鬼塚に、別の不良が腹パンをお見舞いする!

「うぐっ!」


 鈍い音と呻き声をあげて、鬼塚がパンチに耐える。

 二発、三発と、鬼塚を痛めつける手は止まりそうもない。


 交代で殴り続ける不良の一人が、鬼塚の胸元に光るものに気づいた。

「なんだよ、このネックレスは!?」

「触んな!!」


 ネックレスに手をかけられると、鬼塚の様子が豹変した。

 どうやら、大事なものらしい。

「ダッセェな!」

 その様子を見た不良は、ニタリと笑みを浮かべてそのネックレスを引きちぎった。


「テメェ!!」

 ドゴォ!

 鬼塚は一瞬で拘束を解き、背後にいた一人の腹をワンパンした。

「ぐはっ……!」

 その一撃で地面に沈む不良その一。


「おい、暴れるな! こいつのこと、忘れたのか!?」

 俺の腕を捕える不良その二が、震えた声で鬼塚に呼びかけた。

「……っ」

 鬼塚は拘束されている俺と目が合った途端、大人しくなった。

「そうだよ、そうしてればいいんだ、よっ……!」

 ガツッ!

 不良その三が、鬼塚の頬を殴る。

 鋭い眼光で睨みつけるだけで、鬼塚はやり返さない。

 

 ……さすがにバツが悪いぞ。

 俺を拘束する係の、不良その二の位置を確認した。


 喧嘩は慣れてないが、したことないわけじゃない。

「ふんっ!」

「うがっ!?」

 不良その二の下アゴ目掛けて、頭突きを食らわせた。


 ズシャァ!

 ちょうどいいところに入ったのか、不良はそのまま目を回して地面に倒れ込む。

「石頭、舐めんなよ」

 卑怯なことしやがって。

 ピクピクと痙攣したまま、動かなくなった不良その二に向かって吐き捨てる。

 俺の行動に鬼塚含め、男たちが全員目を丸くしていた。


「女、テメェ! なにしやがる!!」


「なにしやがる、はこっちのセリフだっての」

 俺はただ、帰り道に迷っていただけなのに。

「ふざけやがって!」

 俺の返答に頭の血管が切れた、不良その四が、襲い掛かろうとしたとき。


 ガッ!


 そいつの右頬に鋭い拳が突き刺さった。

 鬼塚だ。

 あれ、あいつ、不良その三に殴られてたんじゃ……。

 振り返ると、その不良その三はすでに地面に仰向けになって気絶していた。

 みんなが俺に注目した一瞬の隙を突いて、鬼塚の周りにいた不良その三を一発でKOさせたようだ。


 いや、強すぎだろ……。


「おい、お前はどうするんだ?」

 五人中四人が意識を失い、残った一人に鬼塚が視線を向けると、

「ひ、ひいぃぃぃぃ!」

 情けない声をあげて、逃げて行ってしまった。


 仲間を全員見捨てるとは逆にいい度胸じゃないか。


 俺は地面に落ちていた、先ほど千切られた鬼塚のネックレスを拾い上げる。

 シンプルなシルバーの十字架があしらわれていた。


「お前、喧嘩めっちゃ強いんだな」

 感心しながら、ネックレスを渡す。

「いや、強いんだな、じゃねーよ」

 へ?

「なに男の喧嘩に混ざってんだ、あぶねーだろ」

 鬼塚はネックレスを受け取りながら、俺に説教した。

 感謝こそされど、まさか怒られるなんて。


 いや、ここで俺が真実を伝えたら逆に信じてくれるかもしれない。

 物は試しだ、言ってみよう。


「オレ、ジツハ、オトコナンダ」


「ロボットじゃねーか」

 ピシャリと一蹴されてしまった。

 まぁそうだよな。

 俺も本気で信じさせようとは思ってなかったさ。


「やっぱお前、変な女だな」


 あ。

 笑った。

 出会ってからずっと仏頂面だった鬼塚の笑顔を、俺は初めて見たのだった。

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