39 圧
「駄目だ」
生徒会室で、生徒会長は、俺と綾小路を見るやいなや、そう言い放った。
「ま、まだ何も言ってないのに……!」
「どうせ碌なことじゃないだろ」
こいつ、頭ごなしに決めつけてきやがって……。
「おい……!」
伊集院に掴みかかりに行こうとした俺を、綾小路が片手で制す。
「碌なことじゃないかどうかは、全部聞いてから決めてよ。それとも、わたくしに早乙女さんを取られたから、嫉妬で八つ当たりしてるの? みっともない」
……え?
あ、綾小路さん?
俺より一歩前に出た綾小路が、毅然とした態度で伊集院を睨みつける。
「な、なんか、綾小路の口調が……」
「え、あぁ……すみません。伊集院くんと鬼塚くんの前では、つい、昔の口調に戻ってしまうんですの」
そ、そうか……。
綾小路も最初からお嬢様口調だったわけじゃないんだ。
厳格な家庭環境の中で、あのお淑やかさを手に入れたのか。
なんだか、血のにじむ努力が垣間見えるぞ。
「……そこまで言うなら聞こうじゃないか、何しにきた?」
伊集院は指を絡めて、そこに顎を載せた。
「……教会のチャリティーイベントに、生徒の皆さんの中から選抜した数人、参加させたい」
「駄目だ」
伊集院が聞く耳を持たないのは変わらない。
しかし、綾小路も聞く耳を持たなかった。
「まずは掲示板にブライダルフォトについて告知と同時に参加者を募り、その後、参加者の写真を掲示板に貼って投票。選ばれた二名に、ウェディングドレスとタキシードを着用して写真撮影。その様子をSNSに投稿する」
淡々と早口で流れを解説しながら、綾小路はツカツカと生徒会長席に座る伊集院に近づく。
「駄目だ、なんの利益がある」
ばん!
綾小路が生徒会長の机を叩いた。
そして、伊集院の耳元に口を寄せる。
「……早乙女さんのウェディングドレス姿が見れても?」
「……っ!?」
おい、聞こえてるぞ。
ていうか、俺、参加するつもりないんだけど。
確かに俺の容姿は美少女だが、ウェディングドレスにはまったく興味がない。
着るの大変そうだし、着てるだけでも疲れそうだし。
参加したらまた恋愛フラグを立ててしまうかも分からんし。
「投票の結果、伊集院くんと早乙女さんが選ばれる可能性も、なくはない」
「……っ!?!?」
わかりやすく伊集院の頬が赤くなる。
おい、何を想像している。
だから俺、参加しないって。
綾小路の中では俺が参加することになっているのか?
伊集院はしばらく俯いたり天を仰いだりを繰り返してから、
「……分かった、許可しよう」
と、言った。
「やりましたわ、早乙女さん!」
満開の笑顔で俺に振り向く綾小路。
やったも何も、明らかに犠牲者出ただろ、今。
「綾小路、俺は……」
「え? 何か言いましたか? 早乙女さん?」
圧。
「いや、なんでもないです……」
「ありがとうございます!」
美少女の圧、えぐい。
怖い。
なんなら、廃倉庫のスキンヘッドたちより怖い。
こうして、俺はブライダルフォトのチャリティーイベントに参加することになってしまった。
──まぁ、投票で選ばれなければ、大丈夫でしょ。
翌日から、俺と南雲は、綾小路の手伝いに駆り出されていた。
まんまと生徒会長という後ろ盾を手に入れた綾小路は、どういう裏技を使ったのか、先生たちまで手篭めにしていた。
チャリティーイベントの公募が、学校に認められたのだ。
俺と南雲が呆気に取られているうちに、綾小路はポスターを用意していた。
昼休みは三人手分けして、至るところにある掲示板にポスターの貼り付け作業というわけだ。
「ん、んぐぅ……!」
このポスターがなかなかの巨大サイズのため、高い位置に貼らなければいけないのが難関だった。
俺の身長は決して高くない。
むしろ、低い。
綾小路や南雲ならなんなく届くであろう高さすら、背伸びをしなければ届かない。
だというのに、さらに高みを目指さなければならないのだから、一枚一枚、必死に貼り付けている有様だ。
ポスターの角を固定するための画鋲を持った手が、プルプルと震える。
その手を、さらに大きな手が包み込んだ。
「なにやってんだ」
聞き覚えのある低い声。
見上げると、俺の後ろに立った鬼塚が見下ろしていた。
彼の耳にかかっていた赤髪がサラリと落ちて、シャンプーの匂いがした。
「貸してみろ」
画鋲とポスターを俺から取り上げ、なんなく掲示板にぶっ刺していく。
今までで一番高い位置にポスターが貼れた。
「……ブライダルフォト? チャリティーイベント?」
ポスターと俺をジト目で見比べる鬼塚。
俺はうなずいた。
「綾小路が、綾小路系列の子会社に通した企画なんだって」
「……この、参加者募集っていうのはなんだよ」
「ウェディングドレスとかタキシードとか着て、写真撮られる被写体の募集。この学校の生徒から募るんだってさ」
「……お前は応募するのか?」
それ、気になるか?
「応募したって、その後の投票で選ばれないと被写体になるわけじゃ……」
どん。
鬼塚が掲示板に手をついた。
俺は鬼塚と掲示板に挟まれる。
二度目の壁ドンだ。
「おい、なんだよ……」
またかよ、なんて茶化してやろうと思ったのに、鬼塚は存外真剣な目つきをしていた。
「お前は応募するのかって聞いてんだよ」
普段よりドスの効いた低い声。
喧嘩相手に対してでしか効いたことのない声色だった。
だから、不良の本気はこえぇっての。
俺はその恐怖に負けて、しどろもどろに口を開いた。
「応募するっていうか、強制的に応募することになってる……」
「は? どういう意味だ?」
このポスターを設置できるようになった流れを簡単に説明した。
伊集院が俺とのウェディング撮影会にワンチャン賭けていることなど。
「……伊集院も参加すんのか……」
鬼塚は納得してくれたのか、ようやく壁ドンしている手を下ろして離れてくれた。
「ん」
と、片手を差し出してくる。
なんだ?
「はい」
鬼塚の手のひらに、右拳を重ねる。
パアン!
鬼塚は俺の手を勢いよく振り払った。
「お手じゃねーよ! ポスターの残りも貼るんだろ! 手伝ってやるって言ってんだよ!」
「言ってねぇじゃねぇか! 『ん』、で分かるか!」
ギャイギャイ騒ぎつつも、鬼塚はポスター貼りを手伝ってくれた。
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