35 共闘
「おい、起きろ」
頬に軽い刺激を受けて目を開ける。
スキンヘッドの不良が、俺の顔を覗き込んでいた。
「……ここは……」
首を動かして周りを伺う。
まだ春の日暮れ前だっていうのに、薄暗い空間。
積み上げられた鉄骨や無造作に並んだ鉄パイプ、やたら大きいタイヤ。
そのすべてが埃まみれだ。
ここは、廃工場か?
不良漫画の喧嘩シーンではよく目にしたが、実際に来たのは初めてだな。
不良、と形容するに相応しい見た目の男子高校生たちが五人以上、どころか、三十人ほどたむろしていた。
その中心に暗闇で映える赤髪。
「鬼塚!」
鬼塚はまだ無傷だ。
大勢に囲まれてるっていうのに、睨みをきかせている。
すげぇ度胸だ。
俺はしゃがみ込んだまま、動けなかった。
後ろ手に縛られていたから。
ご丁寧に、足もだ。
気絶していた俺を起こしたスキンヘッドは、転がっていた鉄パイプを拾い、その先端を鬼塚の顔面に向けた。
「今から、鬼塚の女の前で、鬼塚をリンチしまぁーす!」
「いえぇぇぇい!!」
スキンヘッドの高らかな宣言に盛り上がる不良たち。
男たちの低音ボイスによる歓声に乗って、鬼塚は三人がかりで羽交い締めにされた。
これで長い手足は自由に動かない。
動けたとしてもこの人数。
多勢に無勢もいいところだ。
「……テメェら、何がしてぇんだ」
鬼塚は無抵抗で拘束を受け入れ、静かにスキンヘッドに問いかける。
スキンヘッドは下品な笑いを浮かべ、鉄パイプを振りかぶった。
「裏切り者には、裁きが下るもんだろうがよぉ!」
俺は思わず顔を逸らして、ぎゅっと目を瞑る。
──ゴッ!!
硬い金属が肉にぶつかる鈍い音。廃倉庫に響き渡った。
「なっ……!?」
「なにぃ!?」
しかし、クリティカルヒットした音とは裏腹に、鬼塚と不良たちの驚く声があちこちから上がっていた。
「…………?」
何事かと、俺は覚悟を決めて目を開ける。
唖然とした鬼塚が、ぱくぱくと口を開閉させていた。
「…………なんで、お前がここにいる……」
スキンヘッドの前に立ち、鉄パイプを腕で受け止めていたのは──
「伊集院!!」
サラリとしたアクアブルーの髪、オシャレな眼鏡、きちんと着こなした制服。
伊集院が、鉄パイプから鬼塚を守っていた。
「野暮なこと聞くなよ。生徒を守るのが、生徒会長の仕事だろ」
それは俺がお前らと初めて会ったときに、伊集院が鬼塚に言っていたセリフ。
鬼塚が守られる側になる日が来るなんて。
「何なんだ、テメェは!? 邪魔すんじゃねぇぇぇ!!」
スキンヘッドが再び鉄パイプを振り上げるより早く、伊集院はその長い足で鉄パイプを蹴り上げた。
それはスキンヘッドの手を離れ、カランカランと虚しく床を這う。
「なんだと!?」
スキンヘッドが驚いた隙に、体勢を低くした伊集院が彼の懐に潜り込み、鳩尾に一発決める。
「がはっ!!」
スキンヘッドは、胃液を吐いて二、三歩後ろによろけた。
こいつ、頭が良い上に喧嘩も強いのか!?
神に二物を与えられてんなぁ!?
「ぐあっ!?」
「おぐぅっ!!」
また別方向から、複数の呻き声が聞こえてきた。
イレギュラーな事態に不良たちの注意が向いた一瞬、鬼塚も己を拘束する不良たちを殴り飛ばしていたのだ。
「早乙女、大丈夫か? 動けるんだろうな?」
伊集院が俺の手足のロープを解いてくれる。
俺は自由になった手足をぐるぐる回した。
縛られていた以外はなんともない。
公園で食らった腹パンが、少しだけ鈍痛を残しているくらいだ。
「いいか? 俺と鬼塚で時間を稼ぐから、早乙女はできるだけ遠くに逃げて警察を呼ぶんだ」
伊集院が冷静な指示を飛ばすが、俺はそれを拒否した。
「お前らを放って逃げるわけねぇだろ!」
「はぁ!?」
間抜け面の伊集院はレアだろうな、と関係ないことを思った。
「馬鹿なのか、お前は!」
「馬鹿じゃない!」
こうしているうちにも、鬼塚はたった一人で戦っている。
多方向から襲いかかってくる集団に、鬼塚は絶えず応戦していたが、そのうち無理が来るだろう。
などと思案しているうちに、金属バットを持った不良の一人が鬼塚の背後を取った。
「鬼塚ぁ! 危ねぇ!」
「!?」
俺はその不良に渾身の体当たりをかます。
女子高生の軽い体重でも、助走をつけたおかげで俺は不良もろとも地面に倒れ伏した。
「早乙女!? お前、馬鹿! 早く逃げろ!」
ピンチを救ったというのに、感謝どころか、鬼塚にも伊集院と同じように罵倒される始末。
「馬鹿はお前らだ! 俺も一緒に戦う!!」
伊集院と鬼塚に言い放って、体当たりした不良から金属バットを奪い取る。
俺はそれを振り回しながら、不良の大群に飛び込んで行った。
「女でも容赦しねぇぞぉ! やっちまえぇぇぇ!!」
「うおおおおおぉぉぉぉ!!!」
三人対、約三十人。
乱闘が始まった。
***
迫り来る不良を殴り倒しても、またすぐに次の不良が襲いかかってくる。
殴っても蹴っても、埒が明かない。
伊集院は相手の急所を狙いつつ、己はダメージが少ない部位を殴らせている。
頭の回転が早い伊集院らしい、コスパの良い戦い方だ。
──それでも、数が多すぎる。
「はぁっ、はぁっ」
慣れない乱闘に息切れしている伊集院の背中に、鬼塚が背中合わせになった。
「おい、生徒会長様は喧嘩慣れしてねぇんじゃねぇか? オラァ!」
「うるさいっ」
喋りながら、互いの背中を守る。
息のあったコンビネーションは、まるで親友時代の二人のようだ。
「……お前、俺のこと許してないんじゃねぇのかよ」
ボソリ、と。
鬼塚が伊集院にしか聞こえない声で囁いた。
「……父さんを、問い詰めた」
「……!」
生まれてから今まで、伊集院が親の言いつけを律儀に守ってきたことを、鬼塚は知っている。
だからこそ、彼は伊集院に真実を告げなかったのだ。
彼が信じている父親が、鬼塚を、親友を否定し拒否したという真実を。
その伊集院が、親を疑ったと言う。
「お前……」
「……今まで、悪かった」
謝った。
鬼塚に対しては、一層高いプライドを保っていた伊集院が。
鬼塚は信じられないようなものを見る目で伊集院を見た。
伊集院は目こそ合わせないが、その視線に応えるように喋り続ける。
「早乙女が教えてくれたんだ、あの日のことは誤解なんだって……。最初は、それでも、お前が許せなかった」
「…………」
二人は喧嘩を続けながらも、会話を止めない。
「だから、自分で真実を確かめることにした。あの日のことを、父さんとちゃんと話した」
「……それで?」
「父さんがあんまりに理不尽で笑ったよ。鬼塚は何も悪くなかった。許してくれ、なんて言えないけど、たとえ僕の自己満でも、謝らせてくれ」
「……ふんっ」
腰の低い伊集院に対し、鬼塚は鼻で笑った。
伊集院はそれを拒絶と捉え、「やっぱり都合が良すぎるな」と自嘲するが、鬼塚は二の句を継いだ。
「許すもなにも、もともと怒ってねぇけどな」
「……!」
伊集院が鬼塚の顔を見ると、笑っていた。
二人で鬼塚家の広大な庭を駆け回っていたあの頃と、同じ笑顔だった。
「……まぁ、結局、全部あいつのお陰ってことか」
「……うん、そうなるな」
伊集院と鬼塚は、半数ほどに減った不良たちの隙間から、ピンク髪の活発すぎる少女を見やる。
金属バットという武器を手にした早乙女は、不良たちと同等に渡り合っていた。
「うおおぉぉぉりゃあああぁぁぁ!!!」
女子高生らしからぬ、気合いの入った雄叫びをあげて。
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