34 自己犠牲的な彼ら
「よかったな、綾小路の件、なんとかなって」
放課後、学校近くの公園のブランコで、俺は鬼塚とコンビニで買ったジュースを飲んでいた。
「そうだな」
鬼塚はペットボトルから口を離してうなずいた。
綾小路のお見合い後の話だが。
綾小路は両親に、自分の夢を打ち明けることができたのだと言う。
結果として婚約は破談になった。
涙ながらに綾小路は俺に感謝をしていた。
鬼塚のネックレスは、結局、探す暇がなかった。
庭園で探してから帰ろうと思ったが、騒ぎを聞きつけた料亭に勤める大人たちの手によって、あれよあれよという間につまみ出されてしまった。
そして現在。
俺は悩んでいた。
綾小路に告白されたときも考えたが、綾小路と付き合うことで、俺の今の恋物語はハッピーエンドに向かうのではないか?
俺にとって超タイプの綾小路が、同性でも気にしないで恋に落ちたと言ってくれている。
これ以上のチャンスはきっとない。
だと言うのに、俺が彼女の愛を受け入れることへ足踏みをしている理由はただ一つ。
中身が男であることだ。
きっと、根っからの『良い人』である綾小路は、性別なんて関係なく『俺』だから好きになったと言ってくれるだろう。
でも、彼女の恋愛対象が女性だけだったら?
綾小路を裏切ることになってしまう。
たとえ、「俺には前世の記憶があって、中身は男なんだ」と説明したとて、そうやすやすと信じられるような話ではない。
不用意に彼女を傷つけたり、気を遣わせるようでは、彼女の両親やその婚約者とやっていることが同じじゃないか。
俺はこの世界で、誰とも付き合わずに過ごしていくしかないんだ。
そのためにはまず、伊集院と鬼塚の関係性の回復を狙う。
だから、俺は放課後に鬼塚を捕まえて、こうして直談判を挑んでいるというわけで。
伊集院の誤解を解いてダメなら、鬼塚のほうをどうにかしようという魂胆だ。
「なぁ、鬼塚」
「ん?」
俺はできるだけ不自然にならないように、話を切り出した。
「伊集院と仲が悪くなったのは、誤解だったんだろ? どうして訂正しないんだ?」
「……どうしてそれをお前が知っているんだ」
「……綾小路が見てたんだ。葬式の日、お前が伊集院のお父さんに、門前払いされてたとこ」
「あぁ……」
なるほど、と鬼塚は小さくつぶやいて黙り込んだ。
俺は鬼塚が話すまで、彼のつり目を見て待っていた。
「…………」
鬼塚はしばらく俯いたままだったが、俺をチラリと見やると、ため息とともに口を開いた。
「……俺は、伊集院の親父さんに嫌われてたんだ」
「……うん」
「俺も、自分の親父が嫌いだったから、伊集院の親父さんの気持ちを否定できなかった。それをわざわざ伊集院に伝えることもないと思ったんだ」
自分の父親が親友を嫌ってるなんて知ったら、俺だったらどう思うだろうか。
おそらく、罪悪感でいっぱいになるだろう。
鬼塚は、そういう相手の気持ちを予想できるタイプなんだ。
不良のくせに、優しくて、損ばかりするタイプ。
「色んな習い事に無理矢理通わされて、俺自身、よく家を抜け出してたよ。近所の教会で、気が済むまで泣かせてもらってた」
鬼塚の口から教会という単語を聞くのは二度目だ。
雨の日に拾った野良猫たちの里親を探してくれたのも、鬼塚の知り合いだという神父さんだったはずだ。
幼い頃から、お世話になってきた心優しい神父さんに、もしかしたら鬼塚は影響されたのかもしれないな。
「鬼塚……」
「だから、いいんだ、俺は別に」
鬼塚はブランコから降り立ち、端に置いてあったゴミ箱に向かって、空になったペットボトルを投げた。
ペットボトルはすんなりゴールイン。
ゴミ箱の中に溜まっていたゴミたちに紛れて、がしゃんと音を鳴らした。
「伊集院に誤解されてたって、嫌われていたって。誰も悪くないし、誰も傷つかなくて済むだろ」
「誰もって……」
傷ついてるじゃないか、お前が。
伊集院のために、親のために、自分を犠牲にして嫌われ者を買って出て。
親友に恨まれてんだぞ?
傷つかないわけ、ないじゃないか。
俺もブランコから立ち上がる。
こっちを向かない鬼塚の背中に呼びかけた。
「今からでも、伊集院に言いに行こう!」
「なんて?」
「なんてって……、お前がお葬式に行けなかったのは、理由があるんだって」
「その様子じゃ、もうお前が俺の代わりに言ったんだろ?」
図星だ。
相手の気持ちが予想できるタイプっていうのは、観察眼が鋭いってことだ。
鬼塚は既に伊集院との関係修繕を断念してしまっている。
まるで自分の人生を諦めた綾小路のようだ。
「……っ、俺が言っても伝わらなかっただけだ! お前が──鬼塚の口から伝えれば、きっと伊集院だって……!」
「誰が言ったって、変わんねぇよ」
届かない。
伊集院にも、鬼塚にも。
綾小路や南雲に背中を押してもらったが、俺じゃあ役者不足だ。
「なぁ、お前は何がしたいんだ?」
「え」
気づいたら、鬼塚が俺に振り返っていた。
夕方の春風に、赤髪がなびく。
鬼塚の長いまつ毛が、ゆっくりと瞬きした。
「さっきから、俺と伊集院の仲をどうこうしようとして、何が目的なんだ? 俺たちが仲良くなることが、お前にとっていったい何のメリットになる?」
「……それは、」
言い淀んだ。
答えは決まっていたはずなのに。
お前らが、俺のことを好きにならないようにするためだって。
……でも、本当にそれだけか?
俺がこの二人を仲直りさせたいのは、本当に、少女漫画の正規ルートを回避したいだけだったか?
「俺が、お前らに仲直りして欲しいのは……」
伊集院と鬼塚の、それぞれの良いところを知ってしまった。
複雑な家庭環境を知ってしまった。
二人が仲違いしないはずだった未来を、俺も見たくなってしまった。
だって、伊集院の親が、鬼塚の親と不仲でなければ。伊集院のお母さんが亡くなっていなければ。
鬼塚とこうして、犬猿の仲になる必要もなかったのだ。
綾小路にしても、南雲にしても、どうしてこの世界の登場人物たちは、自分の親に人生を振り回されているんだ。
みんながみんな、幸せになったって良いじゃないか。
お前ら全員が笑顔になる。
そんな未来を、いつの間にか俺は望んでいたんだ。
「……おい、お前、なんで泣いてるんだ?」
「……え」
鬼塚に指摘されて、俺は自分の両目から涙が溢れていることに気づいた。
「あ、あれ……? おかしいな、なんでだろ……?」
「おい、そんな強く擦るな……」
ごしごしとセーラー服の袖で、乱暴に涙を拭う俺の腕を鬼塚が掴んだ。
鬼塚の綺麗なつり目と、目が合う。
髪の毛と同じ、燃えるような、赤い瞳。
少しだけ細められた瞳が迫ってくる。
お互いの呼吸が、頬をくすぐった。
鬼塚の、硬そうな薄い唇まで、あと数センチ──
「おいぃ! 鬼塚じゃねぇかぁ!」
汚いダミ声が、俺と鬼塚の間を割いた。
公園を仕切る茂みの向こう。
道路にバイクに乗った知らない高校生たちが、俺たちを睨みつけていた。
数えてみたら五人いたが、揃いも揃って全員ブサイクだ。
「……ちっ」
知り合いなのか、鬼塚はそいつらを見て舌打ちする。
俺の腕を掴んでいた手を離し、鬼塚はそいつらに近づいていった。
……俺、今、流されかけてなかったか!?
危うく鬼塚とキスしそうになっていたが、鬼塚が離れて行ってようやく我に返った。
あぶな。
イケメンすげぇ。
「……何の用だ。俺はお前らとは、縁を切ったはずだろ」
「はぁ!? 抜けるなんて俺らは認めてねぇぞぉ!」
「なっ……! お前らの言う馬鹿みてーな禊だって、受けただろうが!」
流されかけていた事実に動揺している間に、鬼塚は不良集団と話をつけていた。
両方でかい声だからよく聞こえる。
……昔の仲間か?
確かに、よくよく顔を見てみると、この世界に転生した初日に絡んできた不良とは違うブサメンだ。
今度こそ不良同士の喧嘩に巻き込まれる前に、とっとと退散しよう。
「……なぁ、お前、鬼塚の女?」
いつの間に!?
不良の一人が、俺の背後にいた。
「違う、俺は鬼塚の彼女じゃない」
「んなの、どっちでもいーんだよ」
「うぐっ!?」
それは、容赦ない腹パンだった。
突然の衝撃。
痛みに、俺は為す術なく意識を手放した。
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