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33 恋愛フラグが一つ増えた

「わたくし……! 大学に進学したいのです……!」


 茂みに身を隠している最中、「一度も、自分の思いを話したことがない」と言っていた綾小路の決意を聞いて、俺はいても立ってもいられなくなった。


「よく言った! 綾小路!」


 パァン!


 俺は綾小路の白い手首を掴むおっさんの肉厚な手を、手刀で叩き、彼女を掻っ攫った。

 おっさんと綾小路の間に立ちはだかる。


「な、なんだ君は! 誰なんだ!」


「俺は綾小路の友達だ! いくらなんでも、四十代のおっさんが十代の女子高生と結婚するなんて、きもいんじゃねーの!? このロリコン!」


「何だと、貴様ぁ!」


 おっさんが俺をぶん殴ろうと拳をかざした。

 しかし、その手が振り下ろされることはなかった。


「結婚もやべーし、暴力もやべーだろ」


 鬼塚がおっさんの背後から、その手首をぎりりと強く握りしめていたからだ。

 鬼塚の後ろには伊集院もいる。


 庭園の木々に紛れて綾小路を捜索中、呼んでもいないのに二人が合流した。

 最初は大人に見つかったのかと思って、肝が冷えた。

 二人は俺の熱意に負けて、協力してくれると言ってくれた。


 鬼塚は木に登って上から、伊集院と俺は広い庭園を二手に分かれて綾小路を探し回った。

 その結果、池の近くでたたずむおっさんと綾小路を発見した、というわけだ。


「なっ……! お前は鬼塚さんの家の……!」

「お、俺のこと知ってんのか、おっさん」


 鬼塚に手首を強く締め上げられながらも、おっさんは鬼塚の顔を見て動揺した。

 さすが金持ち同士。

 お坊ちゃんの顔は通っているらしい。

 しかも、どうやら鬼塚のほうがおっさんより身分が高そうだ。

 身分が高い、というより、金を多く持っている、と言ったほうが正しいかもしれないが。


「おい、麗華! なんの騒ぎだ!」


 複数の急いだ足音とともに、庭に面している料亭の廊下を大人たちが小走りでやってきた。

 先頭を歩いている白髪混じりのおっさんが、おそらく綾小路のお父さんだろう。

 お母さんは一目で分かった。

 お父さんの斜め後ろで、心配そうな表情をしている金髪が綺麗な女の人が綾小路そっくりだった。

 美魔女っていうやつだろう、高校生の娘がいるとは思えない見た目だ。


「お父様! お母様!」

「君たちは……!」


 綾小路のお父さんは鬼塚と伊集院を捉えて、驚きと戸惑いの混じった顔になったが、すぐに怒りに眉を寄せた。


「何をしているんだ! こんなことをして、いいと思ってるのか!」


 こんなことだと?


 娘の意見も聞かずに、勝手に人生を決めるお見合いをしておいて、それをあんたが言うのか。


「どっちが……!」

「待て」


 俺が怒鳴り返しそうになったのを、伊集院が片手で諌めた。


 俺と綾小路の両親の間に割って入る。


「申し訳ございません、綾小路さん。僕たちは綾小路さんのご友人として、彼女が苦しんでいる姿はとても見ていられませんでした──僕と鬼塚の独断です」

「すみませんでした」


 伊集院がお手本のようなお辞儀をして、鬼塚もそれに続いた。

 聞かなくても分かる。

 二人は部外者の俺が怒られないように、庇ってくれたのだ。


「……っ!」

 伊集院のストレートな曇りなき謝罪に、綾小路のお父さんは少しだけ怒りがおさまったようだった。

 加えて、鬼塚まで頭を下げている。

 権力者の子供とまともに謝罪している子供に怒りの刃を振るうのは、大人のやることではないだろう。


「麗華!」

「は、はいっ!」


 伊集院と鬼塚を頭ごなしに怒れなくなった綾小路のお父さんの矛先は、綾小路へと移った。

 父親からの鋭い睨みに、綾小路は背筋を伸ばす。


「お前の婚約は、お前が十八までに、心に決めた人がいない限り、執り行われる約束だったろう! お前も納得していたはずだ!」

「……それは、そうですが……っ」


 ……十八まで?


 俺たちはまだ十六だ。

 まだ二年もあるのにお見合いさせておいて、逃げ道を塞いでおいて。

 何が納得していた、だ。


 お見合い相手のおっさんは、綾小路と結婚する気満々の様子だったぞ。

 断れない雰囲気作りまで完璧じゃねぇか。


「この方と結婚しておけば、将来安泰なんだぞ! いったい何が不満なんだ!」

「…………っ」


 父親の怒涛の怒鳴り声に、綾小路は縮こまった。

 声が出せないようにも見えた。


 将来安泰?

 不満?


 綾小路が生きたい道は、そんな一般論じゃない。

 だいたい、専業主婦が安定した幸せなんて、誰が決めたんだ。


 綾小路は大学に進学して、好きな勉強をして、なりたい職業に就くんだ。

 自分の夢を叶える権利があるし、彼女の実力ならきっと、どんな夢だろうと叶えられる。


「綾小路の幸せを決めるのはあんたじゃねぇ!」


 せっかく伊集院と鬼塚が庇ってくれたのだが、俺は黙っていられなかった。


「あ、おい、早乙女……!」

「ばか、お前……!」


 伊集院が俺を呼びかけて止めるのも、鬼塚が俺の肩を掴んで止めるのも、全部振り払って、綾小路のお父さんの眼前に詰め寄る。


「あんたらは綾小路とちゃんと会話したことはあるのか!? 綾小路のやりたいことを──進路希望をちゃんと聞いたことはあるのかよ!?」


「誰だ、君は! 部外者がよその家に口を出すな!」


 綾小路のお父さんは、俺の言葉に聞く耳を持とうとしない。

 それが俺をさらに腹立たせる。


「綾小路の夢も知らない人間が、綾小路の幸せを語るなって言ってんだよ!!」

「……っ!」


 俺も、綾小路のお父さんに負けじと声を張る。

 大声で相手を黙らせたほうが有利っていうんなら、そのルールに則らせてもらう。

 

 元男子バレー部をなめんな。

 こちとら、三年間で監督やコーチに怒鳴られ慣れてんだっつーの。

 多少の大声なんかに怯むかよ!


「将来安泰? そんなんもん、クソくらえだ!!!」


 俺の叫びが晴れた大空に吸い込まれる。

 女子高生といえど、本気の気迫を前に大人たちは息を詰まらせていた。


「早乙女さん……!」


 ずっと後ろで黙って口論を見守っていた綾小路が、いつの間にか俺の隣に来ていた。

 覚悟を決めたような目をした彼女は、スゥ、とその小さな口に大きく息を吸い込んだ。


「心に決めた人ならできましたわ!!」


 お淑やかで、穏やかな綾小路の、初めて聞くでかい声。

 綾小路の両親どころか、その場にいた全員が彼女の叫びにビビり散らかしていた。


「わたくし──早乙女さんのことが好きになってしまいましたの!!!」


 ……え?

 ……俺?


 綾小路の言っている意味を理解するよりも先に、綾小路の柔らかい両手が俺の両頬を少しだけ乱暴に挟んだ。

 ぐい、と彼女のほうに顔を向かされる。


 ちゅっ。


 目を瞑った綾小路の顔が、近過ぎるほど近い。

 唇に、柔らかい感触。


 ──綾小路に、キスされた!?


「おっまえ! 何してやがる!」

「女性同士だろ!」


 俺が何か反応する前に、顔を真っ赤にした鬼塚と伊集院が俺と綾小路をベリベリと引き剥がした。

 

 え!?

 え!?

 俺のファーストキス!

 綾小路と、しちゃった!!

 

 俺は口を押さえて、びっくりすることしかできない。


「……なんということだ……」

「あなた!」


 綾小路のお父さんは頭を抱えて、倒れて込んでしまった。

 それを介抱する、綾小路のお母さんとその付き添いの人たち。


「……まさか、こんな女だったとは……」


 婚約相手だったおっさんも、一言つぶやいて、どこかへと退散していく。

 その場にいた全員を騒然とさせた綾小路は、どこ吹く風といった感じだ。


「あら、今時、性別がどうかなんて、些細な問題ですわ」

 

 ……そうなのか?

 些細な問題なのか?

 

 好きな子にキスをされて普段の俺だったら舞い上がる場面だが、いかんせん体は女なので感情が追いつかない。


 喜んでいいのか?

 女の綾小路が女体の俺でも好きなら、付き合ってもいいのか?


 綾小路と付き合えば、そして恋人ができてしまえば、他の男たちからアプローチされる心配もないわけだし……。

 両思いなんだから、と俺は両手を振って喜べはしなかった。


 本当の俺は、早乙女乙女じゃない。


 俺から引き剥がされた綾小路は、再び俺の隣に立って俺の肩を抱いた。


「あなたがたにも、早乙女さんは譲りません」

「……あ? んだと?」

「……受けて立つよ」


 幼馴染三人の間に、バチバチと火花が散っているように見える。


 もしかして、この三人、もう修復不可能なところまで来てる?

 綾小路と仲良くなる作戦は一線を超えてしまうし、仲直りさせるはずの伊集院と鬼塚は、綾小路まで巻き込んでバトルが始まりそうだし……。


 こんな状態で綾小路をメインヒロインに仕立て上げるなんて不可能だ!


 南雲と練り上げた作戦が、水の泡になっていくのをひしひしと感じながら俺はある違和感に気付いた。


 ──鬼塚からもらったネックレスが、ない。

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― 新着の感想 ―
仮に前世を思い出しても前世は前世だし今世が早乙女乙女なんだからモーマンタイ! それはそれとしてネックレスはどこにいったんだろう... 更新お疲れ様です!
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