29 高校生なのに政略結婚?
善は急げと、放課後早速、綾小路を呼び止めた。
「あ、ああ、あ、綾小路!」
声がうわずってる!
教室からあと一歩で廊下に出てしまう寸前で、手入れの行き届いた綺麗な金髪が振り返った。
伊集院とはまた違った、良い匂いが漂ってきた。
女の子の匂いだ。
女同士であるとはいえ改まってデートに誘うとなると、手汗がナイアガラの滝のように流れていく。
濾過したら、きっと水道水として売れる量になるだろう。
「ほ、放課後、も、もしよかったら、カフェ、寄らないか?」
めちゃくちゃ句読点の多い、おじさん構文で喋ってしまった。
文章だったら、絵文字が付いてきてキモさが増しているところだ。
ドキドキと心臓が高鳴る中、
「とても嬉しいですわ!」
綾小路はそんなおじさん構文にも関わらず、パァッと顔を明るくした。
っしゃあ!!
心の中で盛大にガッツポーズをかます。
こんな嬉しいんだ、デートにOKもらうのって。
「でも、すみません……」
喜びも束の間、すぐに申し訳なさそうに綾小路の整った眉がハの字になった。
「お誘いはとても嬉しいのですが……、今日は予定があって……」
「そ、そうか……」
……先約があるなら仕方ない。
断られてしまいガッカリしないと言えば嘘になるが、誘い自体は歓迎されている素振りなのが救いだ。
嫌がられている様子は感じられない。
致し方ない理由らしいので、タイミングが悪かっただけだ。
「なので、また日を改めて……」
ピロリロリン! ピロリロリン!
綾小路がスケジュール調整を言い出してくれたとき、スマホの着信音が鳴り響いた。
あまりにも近くから聞こえたので、もしかしたら俺か? と自身のスマホを取り出すが、画面は真っ暗のままだった。
代わりに、目の前にいる綾小路が着信音を奏でているスマホを手に持っていた。
スマホの画面を見て、彼女の表情が一瞬だけ暗くなった。
もしかして嫌な相手なのか?
「あ、すみません、ちょっと出ますね……」
「お、おう……」
一言断って俺に背を向け、綾小路は「もしもし」と言ってスマホを耳に当てた。
『おい! ちゃんと今日の約束を覚えているか!?』
おじさんの怒号が、綾小路のスマホから飛び出てきた。
スピーカーモードにしているのか?
いや、綾小路はスマホを耳につけているから、スピーカーじゃなくて単に相手のおじさんがクソデカボイスで喋ってるだけだ。
「分かっております、お父様」
『一分でも遅刻したら、“婿殿”に合わせる顔がなくなってしまうんだぞ! わしの顔に泥を塗るような真似はするなよ!』
「はい、大丈夫です」
誰もいない空間にペコペコ謝り倒す綾小路。
お父様、だって?
こんな礼儀正しい美少女に、なんの失敗をしたわけでもなく突然怒鳴りつけるだなんて、どういう神経してやがんだ。
なんかこの世界、毒親が多いな。
っていうか、婿殿?
女子高生で、十六歳だぞ?
普通、婿の話を父親からされるのか?
「……ふぅ」
綾小路は通話を切って一息ついた。
くるりと俺に振り返る。
「失礼しました。お見苦しいところを……」
「なぁ、綾小路、婿殿って……」
綾小路の謝罪を聞いている余裕もなく、俺は気になったことをぶつけた。
「あぁ……お父様の声は、いつも大きいですからね……」
人の会話を盗み聞きしてしまった気分だが、あんなデカい音量で電話する向こうが悪い。
俺の問いに、綾小路は視線を彷徨わせた。
言いにくい、というより、困ったふうに。
「……わたくしには、婚約者がいるのです」
こ、こ、こ、婚約者!?
「彼氏じゃなくて!?」
綾小路は静かにうなずく。
「……両親が、決めた方です。高校に入学するずっと前から──わたくしは高校卒業と同時に、その方と結婚しなければならないのです」
「それって……」
政略結婚、ってやつじゃないのか?
国と国が政治的に仲良くなるためにお姫様が他国に嫁入りする、みたいな、作り話の中でしか聞かないやつ。
それとも、金持ちともなれば、そういうことも当たり前にあるのだろうか。
いや、思春期真っ盛りの美少女の相手を親が無理矢理決めていいわけないだろ。
「……綾小路は、その人のこと、どう思っているんだ?」
単刀直入に言えば、「好きなのか?」という意味である。
勝手に決められた婚約者にいくら俺が憤慨しようと、綾小路がきちんと好きになっているのであれば、俺の出る幕はない。
「……その方は、四十歳なのです」
「おっさんじゃねぇか!」
びっくりして声を荒げてしまった。
一瞬だけクラスの視線が俺に集まるが、すぐにみんな各々の行動に戻っていった。
好きになるとかならないとか、そういう問題じゃない。
そういう次元じゃなかった。
恋愛対象になる年齢が自分より一回り以上前後している人間のほうが、そういないだろう。
しかも、高校卒業と同時に結婚って……。
「結婚したら、綾小路はどうなるんだ?」
前世の俺の常識だが、高校卒業したらほとんどの生徒は大学進学していた。
大学進学前に結婚しても大学に行けるのか?
それとも就職?
「……専業主婦、ということになるそうです。経済力のある方ですから……」
専業主婦……。
その言葉はなんだか、社会に出なくていい、というよりは、家に一生閉じ込められる、というニュアンスのほうが強い気がした。
「……綾小路は、それでいいのかよ?」
「……両親が決めたことですから」
諦めたように微笑む綾小路。
その笑顔が、俺の胸をぎゅっと握り潰す。
俺は思わず綾小路の両肩を掴んだ。
「親の意見じゃなくて、俺は綾小路の気持ちを聞いてるんだ」
「…………っ」
大きくてキラキラした瞳がふるふると震えた。
泣いてしまうんじゃないかと思ったが、涙は見せなかった。
「……わたくし、本当は──大学に進学したいのです」
綾小路の志望大学は日本最難関。
それを聞いて俺は逆に納得してしまった。
実は、綾小路は成績トップ。
卒業後もさらに勉学に励もうとしていてもおかしくないし、それくらいの目標がなければ頑張れないだろう。
むしろ、それだけのやる気と才能に満ち溢れている彼女の進路を、周りが勝手に潰そうとしていることに腹が立った。
こんなの絶対おかしいだろ。
「進学したい綾小路の結婚を親が勝手に決めるなんて、絶対変だ」
「そうは言っても……」
綾小路は、もうどうしようもできない、とさっきからずっと諦めた表情のままだ。
自分の人生を諦める。
そんなのもう、自殺と一緒じゃないか。
「子供は親の道具じゃない! 綾小路は綾小路の好きな人生を生きていいはずだ!」
「…………っ」
綾小路の瞳から一筋の涙が零れた。
俺は動揺してポケットのハンカチをまさぐったが、綾小路は存外男らしくセーラー服の袖で涙を拭った。
「……はい、ありがとうございます、早乙女さん」
何もしていない俺に、感謝をする綾小路。
ひとまず彼女に笑顔が戻って、俺は胸を撫で下ろした。
「今日、お見合いがあるんです、午後三時から、都内の料亭で」
そう言って、綾小路は、料亭のホームページを映したスマホ画面を見せてくれた。
「こ、ここで!?」
和風の庭園までついているだと?
「はい」
あまりの上流階級っぷり。
綾小路は当たり前のようにうなずいた。
「わたくし、まだ一度も自分の気持ちを言ったことがありませんでしたの。だから、今日は、はっきり言ってみますわ……!」
だめかもしれないですけど、と付け加えて綾小路は下校して行った。
その後ろ姿を見送りながら、俺は決意する。
……このお見合いをなんとかして阻止しないと。
もちろん、綾小路に許嫁がいて結婚する予定のままだったら、伊集院と鬼塚を押し付けるという当初の計画も頓挫してしまうというのもある。
しかし、なにより、泣きそうになりながらも本音を吐露してくれた彼女を、守ってあげたいと思った。
伊集院をプッシュするどころではない。
どうにかしてあげたい。
鬼塚と伊集院に相談するため、俺は教室を出た。
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