14 親にも叩かれたことないのに
真っ白なベッドの上で、伊集院は叩かれた頬をそっと撫でた。
もう痛みはない。
そもそも、そんなに痛くなかった。
「……あまり、一人で抱え込むな、か……」
早乙女乙女に言われた言葉を反芻する。
伊集院の親は、息子に対して厳しかった。
特に父は。
思い出される父の姿は、電子媒体でニュースを読んでいる背中ばかりだ。
小学生時代、伊集院はテストの点数を父親に自慢しに行ったことがあった。
『お父さん! 苦手だった理科が八十点取れたよ!』
『……八十点? 百点以外は報告してこなくていいぞ』
『……はい』
見向きもされなかった。
テスト用紙は、握りしめたせいでぐちゃぐちゃになった。
幼い伊集院は幼いなりに頑張った。
今回のように、睡眠時間を削ってまで努力をした。
その結果、熱を出したときもあった。
『……大丈夫? おかゆ食べれる?』
『……ありがとう、お母さん。……お父さんは?』
『……お父さんは、お部屋でお仕事しているわ』
看病してくれたのは母で、父は様子を見に来ることすらなかった。
そんな母も病弱で、伊集院が中学生のときにこの世を去った。
弱音を吐くことも体調不良も、もう僕には許されない。
許してくれる人はもうこの世にはいない。
中学生ながら伊集院はそう決意した。
高校三年生になった現在、生徒会長を務めつつも成績も維持。
塾にも休まず通っている。
しかし、これからさらに難易度が高まっていく。
通常時の学校の成績に加え、受験勉強の日々が始まるのだ。
授業にプラスして、志望大学の過去問を解く時間も確保しなければならない。
それを言い訳に生徒会の仕事を疎かにもできない。
潰れそうだった。
でも、そうでもしなきゃ、親は自分のことなど見てくれない。
頑張らないといけない。
もっと、もっと、頑張らないと。
体調不良だとか、無理をしているだとか、マイナス面に関しては父親には無視を貫かれてきた。
自分はいないかのように扱われてきた。
女々しい自分、弱々しい自分を見てくれる人はもういない。
──母以外で、初めてだった。
体調不良の自分をおぶってまで心配してくれた人は。
自分を引っ叩いてまで怒ってきた人は。
感情を昂らせてまで、うじうじしている自分に向き合ってくれた人は。
「親は厳しかったけど……、暴力だけは、絶対に振るわなかったな……」
伊集院の表情は、どこかうっとりとしていた。
「俺を叩いたのは、お前が初めてだよ、早乙女」
頬を叩かれたことを伊集院は怒っていなかった。
どころか、感謝していた。
自分に喝を入れてくれた、そう捉えたのだ。
弱虫な自分。
嫌いだった自分。
誰にも見てもらえない自分。
親にすら見向きもされてこなかった本音が、初めて認めてもらえた気分だった。
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