11 君、変わってるね
体がだるい……。
鬼塚の家に、二匹の猫を無事に送り届けた翌日。
控えめに言っても熱っぽかった。
いや、熱があるわけではないんだけど、無視できない倦怠感が全身を覆っていた。
長時間雨に打たれ続けたツケが回ってきたか……。
午前授業はなんとか乗り切ったが、昼休みになった途端にドッとだるさが襲ってきた。
「早乙女さん……? 大丈夫ですの?」
綾小路がお弁当片手に俺の席まで来ていた。
どうやら女子たちの輪に誘おうとしてくれたみたいだ。
……また、心配させちまってるな。
せっかくの誘いを断るのはだいぶ気が引けたが、今の体力で数人と談笑する余裕はない。
まして、女子グループの中に入るなんてなおさらだ。
「ごめん、ちょっと体調悪いから、一人で食べるよ」
「え、体調が……? 保健室、一緒に行きましょうか?」
「そんな大袈裟なものじゃないって」
心配そうに俺を見つめる綾小路に手を振って、俺は教室から出た。
人気のないところでゆっくり弁当を食べて、あわよくばそのまま昼休みいっぱい寝て過ごしたい。
そんな絶好のスポットはないだろうか。
真っ先に閃いたのは裏庭だったが、鬼塚がいるかもしれない。
俺が体調を崩していることを知れば、優しいあいつのことだから無駄に罪悪感を抱きかねない。
昨日の今日で、この具合の悪さを知られるわけにはいかない。
俺は階段を登ることにした。
階段を一段上がるごとに、首に下げたネックレスがチャラ、と音を鳴らす。
鬼塚からもらったネックレス。
家でお母さんに聞いたら、ネックレス用のチェーンを買ってきてくれたので、そのまま使っている。
目指すは、屋上。
「……さぶっ」
屋上は開放されていた。
春とはいえ、屋上に吹き抜ける風は予想以上に冷たかった。
ブレザーと違って、上着のないセーラー服を容赦無く冷風が打ちつける。
逆にいえば、あまりにも寒いので他に人はいなかった。
俺は屋上に足を踏み出し、少しでも日当たりのいい場所を目指した。
給水塔の裏が絶妙に日が当たっていて、かろうじてこの寒さを和らげてくれそうだ。
「あ」
先客がいた。
あぐらをかいた足の上に弁当を乗せて、器用にうたた寝をしている。
クラスメイトの、南雲湊がそこにいた。
……別の場所を探すか。
給水塔の裏は諦めて、南雲に背を向けようとしたときだった。
視界の端にひっくり返りそうな南雲の弁当が映った。
「……あっぶね!」
俺は慌てて南雲の膝から弁当を奪い取る。
間一髪、弁当はコンクリートの地面にひっくり返ることを免れた。
「……んにゃっ!?」
俺に弁当を奪われた衝撃のせいか、南雲が目を覚ます。
なんとも素っ頓狂な声をあげたかと思うと、熟睡しているところを叩き起こされた猫のように、頭を左右にぶんぶんと振った。
「……ん? 早乙女、さん? ……と、僕のお弁当……? はっ、まさか……!」
南雲は俺と俺の手の中にある自分の弁当を交互に見比べて、名探偵の名推理が始まるふうの表情になった。
「早乙女さん、僕のお弁当が食べたくて盗ったんでしょ……!」
「違うわ!」
迷探偵の迷推理だった。
「そんなことしなくても、言ってくれればおかずの一つくらいあげるのに」
「そんな食い意地張ってねぇよ……」
「それとも、お菓子のほうがよかった?」
そう言って、南雲はどこからかスナック菓子の袋を取り出した。
南雲の背後には、大量のお菓子が積まれていた。
「お前それ、自分で買い込んだのか? 細い体してんのによく食うな」
「違うよ。女子たちが勝手に置いていったんだよ」
「女子たちが!?」
こいつ、複数人の女子からお菓子の貢物をされているのか!?
お地蔵さんのお供えでも、そんな量は見たことねぇぞ!
勝手に置いていった、という口ぶりからして南雲が女子たちに頼んでいる様子はない。
もしかして……女子ウケがいいタイプの男子か!
たまにいる。
本人は特に女子に対して何も行動を起こしていないのに、なぜか女子の方から構われるタイプの男子が。
そういうタイプは、たいてい恋愛対象として扱われているわけではないことが多いけれど、その気になれば彼女くらい易々と作れるだろう。
……う、羨ましい!
俺の中で、南雲を敵認定してしまいそうになる。
高校三年間、女子と話したことこそあれど結局友達止まり。
モテ期と遭遇できなかった俺からすれば、大量のお菓子を貢がれているなんてたいそうなモテ期だ。
「南雲って、彼女いんの?」
「いないよ」
「じゃあ、つくんねぇの?」
「…………」
ちょっと不躾だったか……?
男同士ならなんてことない会話だが、今の俺はクラスメイトの女子。
クラスの女子から「彼女作んないの?」と唐突に聞かれたら、多少は嫌な気持ちもするかもしれない、と言ってから思った。
俺だったら、ちょっと戸惑う。
「わ、悪い……」
「恋愛とか、あんまりしたくないんだよね」
俺の謝罪に被せて南雲が答えた。
恋愛をしたくない……だと……?
鬼塚と伊集院の三角関係から逃げ惑っている俺にとって、恋愛をしたくないと宣言する男子の存在は神のように思えた。
南雲は俺に恋するキャラだと認識していたが、俺の記憶違いだったかもしれない。
「……奇遇だな、俺もだ」
だから、少しだけ、南雲と喋ってみたくなった。
俺は南雲の許可も取らずに、隣に座り込む。
弁当を開けると、相変わらず可愛らしいカラフルな中身が顔を出す。
俺としては、全然肉だらけの茶色い弁当も好きだけどな。
とはいえ、わざわざ毎日弁当を作ってくれているお母さんにそんな文句を言うわけにはいかないので、俺は大人しくピンクの箸を手に取って、丁寧にヘタを取られているプチトマトを口に放り込んだ。
隣を陣取って食事を始めた俺を、南雲はまじまじと見つめていた。
「……へぇ。女の子は総じて、恋愛が好きな生き物だと思っていたよ」
「俺もそう思ってるよ」
今のピンクヘアーの俺なんて、見た目からして恋愛が好きそうだろう。
いや、それは偏見か。
女子たちが集まって、誰が好きだとか、誰と誰が付き合ってるだとか。イケメンの先輩にキャーキャー言っているのを、楽しそうだな〜と前世でも感じていた。
ま、俺には分からない楽しさだが。
「そういう君も女子じゃないか」
今度は弁当箱をしっかり支えて、南雲も箸を動かし始めた。
どうして恋愛がしたくないのか。
そんな問いはお互いに投げかけなかった。
高校生は恋愛するのが当たり前、という前提のもと成り立つ質問はなんだかとても失礼な気がしたのだ。
「南雲はいつもここで飯食ってるのか?」
「決まってないよ。僕はただ昼寝がしたいだけだから、その日によって食後に寝やすそうな場所で寝てるだけ」
「フゥン」
南雲はニヤリと笑った。
「オススメの昼寝スポットを教えてあげようか?」
「……いや、遠慮しとくよ」
なんだか、犯罪の片棒を担がされる予感がして反射的に断った。
「そう? 人目につかない場所って内緒話をしやすいみたいでね」
南雲が俺の耳に口を寄せてくる。
内緒話をするように囁く。
「人の噂話とかよく耳に入ってくるよ?」
女子ってそういうの好きでしょ? と南雲が首を傾げた。
俺もだけど、南雲もたいがい女子という生き物に対して偏見がすごいな。
自分の前世が男だからか分からんが、『女子』でひとまとめにされるのはあまりいい気がしなくなってきた。
「噂とか、別に興味ねぇし」
「ふーん……」
南雲は納得いったような、いってないような、微妙な相槌を打った。
「やっぱり、早乙女さんって変わってるよね」
そりゃあ、中身はお前と同じ男だからな。
なんて、説明するわけにもいかないので。
「自分の想像する女子ってカテゴリーに当てはまんねぇからって、変わってる呼ばわりするのは、どうかと思うぜ」
ピンクのロングヘアー、大きな瞳、おまけにナイスバディ。
それが今の俺、早乙女乙女。
女子のお手本のような外見から、男らしい性格を想像するのは困難だろう、とは思うが。
そのギャップを変わってると感じるか、個性と感じるかは人それぞれだ。
南雲は俺の言葉に、眠そうな半目を見開いて、
「……そう、だね。ごめん」
と、頭を下げた。
「あ、いや、そんな強く言ったつもりじゃ……っくしゅ!」
くしゃみが出た。
ぶるりと、悪寒が全身に走る。
そうだ、もともとどこかで昼寝するために、人気のない場所を探していたんだった。
その途中で南雲と出会い、すっかり頭から抜け落ちていた。
今からでも南雲オススメ昼寝スポットを聞いておくべきだったか。
「大丈夫? 風邪?」
「多分な。まぁでも、昼休みにちょっと寝てれば治る──」
コツン。
南雲の顔が至近距離にあった。
南雲が、自身のおでこを俺のそこにひっつけていた。
……南雲って、まつげフッサフサだな……。
ぼーっとする頭でそんな感想を抱いていると、南雲の顔はふいっと遠くなった。
「……うん、熱っぽいよ。ちゃんと保健室行ったほうがいい」
「そう、か……」
「君のお弁当も、僕が教室に持っていっておくから。今からでも保健室に行ってきなよ」
「わ、悪い……」
南雲は俺の弁当を取り上げた。
早く行けというジェスチャーに甘えて、俺は屋上を後にした。
***
「あんな女の子、いるんだぁ……」
南雲は青空を眺めながら、屋上を立ち去った早乙女に思いを馳せていた。
女の子らしい見た目をしている早乙女乙女は、中身もきっと、いわゆる女の子が好きと言われているものが好きな性格なんだろうと思った。
否、思い込んでいた。
しかし、実際に話してみれば、恋愛にも噂にも興味がないと主張する。
「僕と似てるかも……」
こんなに考えの合う女子は初めてだ。
十六年間生きてきて、南雲はその可愛らしい容姿のせいか、周りから特に女子からは小動物のように接して来られることが多かった。
その中でも「彼女は作らないの?」と訊ねてきた女子は、例外なくのちに告白してくるのだ。
早乙女は違った。
本当にただの好奇心で彼女の有無を聞いてきた。
まるで、男同士の何気ない会話みたいに。
「……僕は恋愛なんて、したくないんだ──お母さんのためにも」
南雲の独り言は、春の冷たい風に流されていった。
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