1 わたしのために争わないで!
「どけ!!」
それは昼休みで、生徒一人いない高校の裏庭での事件だった。
頭上から、男の声が降ってきたのだ──否、声だけではなく、男が降ってきた。
木の上から。
「うわ!」
男は俺──正確には、女子高生に転生した元・男子高校生の俺──を押し倒す形で着地に失敗した。
なんだ、これ!?
女子を押し倒したこともないのに、男に押し倒されてる!?
「いてて……」
男は、唸りながら体を起こした。
──げっ。
その姿をようやくじっくりと見て、俺はギョッとした。
見るからに不良なのだ。
ツンツンとした派手な赤髪。着崩した制服とネックレス。しゃがんだ格好でも分かる、百八十ありそうな体格。
攻撃的なつり目が、ギロリと俺を睨みつけた。
「人が昼寝している真下にいるんじゃねぇよ」
おっかない低音ボイス!
しかし、俺は怯えるより先に、心の中でツッコミを入れてしまう。
……木の上で昼寝なんて、いつの時代の少女漫画だよ!?
な〜んて、言い返したところで、体は女子高生の俺とガタイのいい彼とでは、力の差は歴然としているので黙っておく。
俺が何も言えずに睨み返していると、
「……あ? なんとか言えよ」
と、促してきた。
何か言ったら、怒りがヒートアップしそうな気配がビンビンであるくせに。
赤髪の不良は、俺にガンつけたまま、ぐいっと顔を近づけてきた。
不良ドラマでよくある、喧嘩の前にやるやつだ。
くそ、整った顔立ちをしてやがるぜ。
イケメンは滅びろ──
……ん?
「お前、どっかで会ったことないか?」
俺の問いに、赤髪の不良は、あからさまに不愉快そうな顔をした。
「はぁ? お前みてぇな芋くせぇ女、知らねぇよ」
「い、芋くさい!?」
初対面なのに、ちょっと失礼すぎるんじゃないか!?
前世で大してモテてこなかった男子高校生とはいえ、カチンときた。
「木の上で寝てるほうがダセェだろうが! 昭和の少女漫画かよ!」
俺が立ち上がって怒鳴り返すと、不良もつられて立ち上がる。
「んだとぉ!?」
鼻と鼻が擦れそうなくらいの距離でガン飛ばし合う。
戦いが始まったら、どちらが勝つかは一目瞭然だろう。
そんな最中だというのに、俺の中でデジャヴがよぎっていた。
……少女漫画?
自分で口走っといてなんだが、これ、かなりのキーワードな気がする……?
「……校内で堂々とカツアゲなんて、やっぱりお前は頭が弱いな。鬼塚」
一触即発の空気を切り裂いたのは、またしても長身の男子生徒だった。
サラリとしたアクアブルーの髪が、知的そうな眼鏡とよく似合っている。
ピシッと整った制服や伸びた背筋は、彼の性格を表していた。
不良生徒と正反対の見た目をした男が、俺たちの横に立っていた。
「伊集院、テメェ、何しにきた」
赤髪の不良──もとい、鬼塚の矛先が俺から眼鏡の彼に向く。
伊集院と呼ばれた真面目そうな男は、特に身じろぎもせず、慣れている様子で鬼塚の視線を受け流した。
「……何しにって、校内パトロールに決まってるだろう。お前みたいな不良生徒から、普通の生徒を守るのが僕の役目だ」
「はっ! 生徒会長様はご苦労なこって」
鬼塚は伊集院にガンつけ始めた。
二人は睨み合っている。
すぐにでも喧嘩が始まりそうな雰囲気だ。
──というより、もう始まってる?
「とにかく、一般生徒を不良の悪事に巻き込むな。落ちるならお前だけ落ちろ」
伊集院が俺の右手を掴んで引き寄せようとする。
「おわっ!?」
ぐいっと引っ張られ、バランスが崩れる。
「はぁ!? んなことしてねぇよ! こいつが喧嘩売ってきたんだよ!」
鬼塚が俺の左手を掴んで引き寄せようとする。
「うおっ!?」
反対側から力がかけられ、中心でバランスをとる羽目になった。
二人が両側から俺の手を引っ張り合う、変な絵面が完成した。
「やめろ!!」
俺の声は届かない。
振り解こうと抵抗するが、女になった俺の力では、びくともしない。
「お前ら! 俺のために、争うな!」
──あぁ、どうして、こんなことになっちゃったんだ!?
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