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悪役令嬢の母親として転生した私は、夫に捨てられ、娘に嫌われても、家族も地位も全部奪い返して今さら擦り寄ってきた連中を笑顔で蹴り落とすことにしました

作者: 結城斎太郎


気がつけば私は、“悪役令嬢の母親”という、とんでもないモブに転生していた。

名はクラリッサ・フォン・ベルンシュタイン。

地位は侯爵夫人。見た目はまあまあ。性格は……我ながら地味。


問題は、この世界が前世でプレイした乙女ゲームそのものだったこと。

ヒロインに嫌がらせをして破滅する“悪役令嬢”エリザベート。

その母親は、原作では「冷たい・見下す・哀れな末路」の三拍子が揃った存在。

……いや、原作での扱いがひどすぎる。名前すら出てこなかった。


しかも現実の私は、すでにその“悪役令嬢の母”として人生を歩んでしまっていた。

夫は浮気し、愛人を屋敷に住まわせ、私の寝室は物置部屋に。

娘は私を「邪魔」と呼び、使用人からはため息混じりの扱い。

義両親は「子を産んだだけでもう役目は終わった」と言い放ち、私の話など誰も聞かない。


けれど、私は前世でさんざん乙女ゲームをやりこんできたゲーマーだ。

こんなルート、認めるわけにはいかない。


私は、裏でこっそりと“積み立て”を始めた。

銀行口座を分け、商会と関係を築き、小さな孤児院を立て、信頼を買い、法律にも目を通した。

派手な魔法も剣術もないこの世界。けれど、情報と交渉力と計画性さえあれば、ひっくり返すのは不可能じゃない。


——そしてついにその時が来た。

婚約破棄イベント。娘がヒロインにビンタし、王子に婚約破棄を宣言される運命の日。


私は静かに荷物をまとめ、義実家の記録を持って王宮に足を運んだ。

この時点で、既に準備は整っている。

義父の脱税証拠、夫の不貞と横領の記録、娘の暴力行為の数々。


「——この書類に目を通していただけますか、陛下」


私は、冷静に語った。

「これらの不正をすべて公にすれば、ベルンシュタイン家は……」


国王の顔が強張る。

そして数日後、ベルンシュタイン家は爵位剥奪、財産没収、国外追放。

夫は愛人に逃げられ、路上に座り込んだままうずくまる。

娘は修道院送りとなり、出家を強制された。


私はというと——


「侯爵夫人クラリッサ・フォン・エーデルシュタインとして、再出発させていただきますわ」


微笑みながらそう告げた。

数年前に私が救った孤児の一人が、今や新興貴族の若き当主となっていた。

彼の後押しで、私は新しい爵位と領地を与えられ、名実ともに独立した存在に。

人々は「奇跡の復活」と噂し、私を“賢婦人”と称える。


そんなある日、古い屋敷に現れた見覚えのある影。

——元・夫と、娘だった。


「クラリッサ……許してくれ。お前が必要なんだ」

「お母様……私、間違ってた……もう一度だけ……」


私は彼らを見下ろし、にっこりと笑った。


「……今さら、何をおっしゃっているのかしら?」


ドアを閉めると、そっと執事に言った。

「二人には、門前で冷たいお茶でも出して差し上げて」


執事が深々と頭を下げる。


その夜、私は新しい家族とワインを傾けながら、ゆったりと微笑んだ。

「やっと、私の物語が始まったわね」


そう。

これはモブだった“私”の、真の主役の物語。

すべてを覆し、幸せを掴み取った女の、ささやかな勝利の物語なのだ。





ーーー



「……改めてお聞きしますが、侯爵様。本気で、私と結婚を?」


そう尋ねる私の声は、我ながら震えていた。

けれど、目の前の男は真っ直ぐにうなずいた。


「はい、クラリッサ様。あなたは、この国で最も賢く、優しく、そして……美しい女性です。私はあなたと生涯を共にしたい」


若き侯爵、ルネ・フォン・エーデルシュタイン。

彼は元孤児で、かつて私が支援した子どものひとりだった。

十数年の時を経て、彼は新興貴族として頭角を現し、今では王国でも注目される青年侯爵となっていた。


彼が私に求婚してきたとき、私は本気で耳を疑った。

なにせ私は三十を越えた“元モブの中年婦人”、子持ち、バツイチ、前科(?)持ちだ。

一方彼は二十代半ば、美形、資産家、王家にも顔が利く将来有望な若者。

釣り合うはずがないと思っていた。


だが彼は言ったのだ。


「あなたがいたから、僕はここまで来られた。僕の全てはあなたに支えられたものだ。だから今度は、僕があなたを支えたい」


私の胸がぎゅっと締めつけられた。

若い頃、こんな言葉を夫から聞いたことがあっただろうか?

一度でも、愛されたことがあっただろうか?


私は慎重に、慎重に彼と向き合った。

何度も断ろうとした。

年齢差を理由に、過去を理由に、彼の将来のためだと。


だが——


「年齢差? 過去? そんなもの、あなたを諦める理由になると思いますか?」


彼の一言が、私の心に刺さった。

気づけば私は、頷いていた。


──


「結婚式の準備が整いましたわ、奥様……いえ、クラリッサ様」


侍女のステラが目を潤ませている。


「この日が来るなんて……ずっと、夢みたいで……」


「ええ。私も同じ気持ちよ」


私の着るドレスは、真紅の絹に繊細な金糸の刺繍。

二十歳の娘には派手すぎるが、今の私にはこれがしっくりくる。

一度は全てを失った女が、再び人生を歩き出すのに相応しい装い。


会場には、彼の支援者、私が関わった子どもたち、孤児院の関係者、そして何人かの貴族たち。

誰もが温かく、心からの祝福をくれていた。


ただひと組の“予期せぬ来客”を除いては——


「クラリッサ、来てやったぞ」

「……お母様……」


声に振り返ると、そこには以前とはまるで違う姿の二人。

痩せこけた顔、粗末な衣服、憔悴しきった表情。

元・夫と元・娘だった。


「……何をしに来たのかしら。今日は私の結婚式よ」


「頼む……もう一度やり直せないか……! 俺たち家族じゃないか!」


「そうよ、お母様! 私……本当に後悔してるの。お祝いにだけでも来させてほしいの!」


——この期に及んで、まだ“家族”を名乗る気らしい。


私は静かに首を振った。


「もう、あなたたちとは他人よ。私はルネと人生を歩むの。過去に縋らなくてもいいように、やっと前を向けたの」


「クラリッサ……俺は……っ」


「祝福しに来たのなら感謝するわ。でも、それ以上を望むならお引き取りなさい」


ピシャリとそう言い放ったその時——


「——彼女にこれ以上、無礼を働くならば、不法侵入として兵に連行させます」


ルネが、凛とした声で告げた。

背筋を伸ばし、まっすぐに私を庇うその姿は、誰よりも頼もしかった。


元・夫はがっくりと肩を落とし、娘は膝をついたまま涙を流した。

けれど私は、もう情けなどかけない。


私はクラリッサ・フォン・エーデルシュタイン。

過去にしがみつく女ではないのだから。


──


誓いのキスを交わした瞬間、会場は歓声に包まれた。

ルネの手が私の腰をそっと引き寄せ、彼が耳元で囁く。


「……これから、あなたを世界一幸せにします」


「ふふ、それは期待してるわね、ルネ様」


私は微笑む。


もう二度と、誰かの影になどならない。

私は私の人生を生きる。愛され、笑い、歩んでいく。


——遅すぎることなんて、なにもないのだから。




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