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幕間

「タイラスが死んだ」


「「「ッ!!」」」


 仄暗い部屋の中で、円卓の上座に腰を深く据えた老爺が呟いた。それを聞き、他の席に座っていた騎士たちは各々、驚いた素振りを見せる。その部屋にいたのはシェイドエンド帝国が誇る最強の称号を賜った〈五天剣〉達だ。その内の一人、下座の五番席に座った青年が狼狽する。


「だ、第二剣のタイラスさまが倒されたなんて……そ、それは本当なのですか?」


「ああ、報告に間違いはない。確かに、タイラスはクロノスタリアの迷宮鉱山にある小規模迷宮で死亡が確認された」


「そ、そんな……」


 青年の願望にも似た言葉を一刀両断して老爺は深くため息を吐く。酷く疲れた様子の彼を労わることもなく三番席に浅く座った巨躯な騎士が口を開く。


「誰に、殺された?今回の任務は到底あいつが死ぬ要素はなかったように思える。ハイデンロットの尻ぬぐい、王国の貴族……それも子供の暗殺だろう?どこであいつはしくじったと言うんだ」


 巨躯な騎士の言葉は尤もだ。〈五天剣〉の中でも二番目の強さを誇るタイラスを殺せる王国の強者となれば、それは〈比類なき七剣〉しか考えられず、その中でも〈灼熱魔帝〉のジルフレア・アッシュフレイムほどの手練れでなければ不可能だった。けれども、今回の報告に件のジルフレアが出しゃばったと言う話は聞いていない。


 それならば誰が彼を倒したと言うのか?


 巨躯な騎士に取ってみれば不可解極まりない話であった。そんな彼の疑問を少しでも解消させるように老爺は言葉を出す。


「その貴族の子供に殺されたんだ」


「なッ!!冗談にしては話が過ぎるぞ!魔剣学院の生徒と言えどタイラスを殺せるほどの手練れなどあの年齢でいるはずが────」


「それがいるんだよ。全くもって末恐ろしい……クレイム・ブラッドレイ。奴は私たちの想像を遥かに超えている」


 件の暗殺対象に返り討ちにされた事実は覆らない。それは帝国の最強を自負する彼らにとっては酷く腹立たしい話であり、矜持を虚仮にされたも同義だ。それでもその場にいる〈五天剣〉達は怒りを爆発させるどころか、酷く静かになっていしまう。


 帝国最強の騎士と言えど、今の彼らは仕える主に使われる剣────手駒にしかあらず、今回のこの報せのしわ寄せは彼らに向けられることになる。何よりも最優先して考えるべきことは彼らの主の様子であった。


「主君さまは、なんと?」


 四番席に座った女の騎士が恐る恐る尋ねた。


 今の彼らにとって〈主君〉とは皇帝シェイドエンドに非ず、数年前……正確に言えば六年前から姿を現したこの国の守護龍である〈影龍〉スカーシェイドだ。世界を見下す超越種に仕えることを最初こそ彼らは光栄に思ったが、そんな感情は直ぐに消え失せることになる。


「特に、何も……。今回の任務の失敗でご機嫌を損ねた様子はない。寧ろ────」


 しかし、老爺から発せられた言葉は意外なモノであった。呆気を取られた女騎士はゆっくりと尋ね返す。


「寧ろ……?」


「寧ろ、主君は今回の事に何故かとてもご満悦だったのだ」


「なッ!?仲間が殺されたのだぞ!あの龍は何を考え────」


「────口を慎め!主君に対して態度が過ぎるぞ!!」


 老爺の言葉に反射的に巨躯な騎士が席を立ちあがり激昂するが、それは老爺の叱責によって遮られる。


 この場にいる全員の気持ちは同じであった。どうして主君は今回のことを喜んでおられるのか、超越種たる彼の龍の考えば凡庸な下等生物如きでは到底理解も出来なかった。未だ、釈然としない様子の騎士を諭すように老爺は言葉を続けた。


「気持ちは分かる。だが、これも運命(さだめ)だ。タイラスには申し訳ないが運が悪かったと言うしかあるまい」


「ッ……クソ────!!」


「あ、あの……それで皇帝閣下のご判断は……?」


 恐る恐る、言った様子で五番席の青年が手を上げた。それに対して、やはりまとめ役である老爺が答えた。


「今回の件で、遠からず王国の方から追求があるだろう。それを踏まえて、全流通経路と関所の封鎖をするとお達しだ」


「それって……」


「加えて我らが主君も今回の事で遂に動き出すことを決めたらしい」


「えっと、つまり……」


 信じられないと言った様子で円卓の騎士たちが老爺を見遣る。三人の騎士に視線を向けられた老爺は重苦しく言葉を続けた。


「近いうちに、主君は姫君を奪いに行かれるらしい。つまり、戦争(・・)と言うことだな」


「「「────」」」


 不意に静寂が訪れる。その場にいる誰もが老爺の言葉に反応が出来ずに、何かの冗談なのではないかと耳を疑う。


 しかし、老爺の苦し気な表情が全てを物語っている。これは全て現実であるのだと。そうして、それ以上の進展なく帝国最強の〈五天剣〉達はその部屋を一人、また一人と後にする。


 今の彼らにとって「最強」とは名ばかりで、体の良い捨て駒に過ぎない。それを再認識させる一件であった。

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