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第8話 駐屯所

 小高い丘に位置する貴族街を抜けてやってきたのは王都の城下町、王城前の正門横にある騎士団の駐屯所だった。よくよく考えると過去に戻ってきたからこうして城下町に降りてきたのは初めてだ。


 ────嫌な感じだな。


 ここの正門から更に城下町の中心地へと行けば、一度目の人生で俺が最期を終えた大広場に繋がっている。そして更に補足すると俺は処刑される直前まで王城の地下牢に幽閉されていたから、実質的な最大級のトラウマを掘り返していることになる。


 滅多に経験することのできない騎士たちとの訓練に考えが全く追いついていなかった。よくよく考えずともこうして自分が死んだ軌跡をこの目で見ることになったのだ。


 ────俺も爺さんに毒されてきてるな……。


「何を呆けている? 行くぞ」


「あ、ああ……」


 気づきたくなかった事実にゲンナリしていると件の爺さんは慣れた足取りで駐屯所の中へと入っていく。


「「ご苦労様です!!」」


「あいご苦労さん」


 中に入る直前に入り口で見張りをしていた二人の騎士が爺さんに向かって綺麗な敬礼をする。爺さんはそれを一瞥すると覇気のない返事をした。実に偉そうである。


「いや、実際偉いのか」


 駐屯所の裏にあるのであろう訓練場からは怒号にも似た気迫のある声が入り口付近からでも聞こえてくる。一度目の人生では中に入った記憶のない場所に自然と緊張する。やはりと言うべきか、一度目の人生での俺は騎士がそんなに好きではなかった。規律に従順であり、堅苦しい雰囲気が苦手意識が自然と芽生えていた。でも今は別の意味で苦手である。


 ────あの時は本当に酷かった。


 地下牢に幽閉されたときから、斬首刑の時まで無理やり取り押さえられたり、実際に刑を執行して俺の首を切り落としたのは騎士なので結構なトラウマなのである。


「なんだかワクワクしますね!お兄様!!」


「そ、そうだね」


「なんだぁ?やけに大人しいな……まさか緊張してるのか?」


 大人しい俺を見て爺さんが煽ってくる。いつもならば売られた喧嘩を買うところではあるが、今は正直そんな気力もない。俺は「うるせえ」と力なく言い返すしかなった。


「お疲れ様です!!」


「おおー」


 流石は指南役と言ったところか、中に入ってからもすれ違う騎士たちが勢いよく爺さんに敬礼をしていく。それをなんとも威厳ある態度で顔パスだ。


 ────本当に偉かったんだな。


 入り口前の挨拶だけでは半信半疑だったが、これだけ騎士たちに挨拶されてるのを見せられると認めざるを得ない。普段は事あるごとに裏庭に顔を出すので、本当は窓際族で騎士団での威厳なんてあったもんじゃないと思っていたがその予想は違ったらしい。


「目上の人間には敬意を」そんな教育の徹底ぶりをひしひしと感じて、感心していると不意に爺さんからお小言が入る。


「レイよ、お前も普段からアレくらい俺に敬意を持って接しろ。もっと俺を敬え」


「敬えるようなことをしてから言えクソジジイ」


「んだとコラ!?」


 なんていつものやり取りをしていると目的地に到着する。少し古ぼけた扉を開けて中に入れば、異様な熱気がなだれ込んできた。


「ハアッ!!」


「せいやッ!!」


「もう一本!!」


 激しい鋼の激突音、相手を絶対に倒すと言わんばかりの気迫、少し油と埃っぽい香り、そのどれもが一度目では体験したことのない感覚であった。思わずその光景に見入っていると、中に入ってきた爺さんに気が付いた騎士たちが一斉に集まってくる。


「敬礼!!」


「「「お疲れ様です、フェイド指南役!!」」」


 この中で一番偉いであろう騎士の号令で耳をつんざくほどの声の集合が全身に響く。


「うむ。鍛錬に戻れ」


「「「はい!!」」」


 怒号にも似た騎士たちの挨拶をやはり爺さんは気にした様子もなく、寧ろ煙たがるように顔を顰めた。騎士たちは騎士たちで爺さんのおざなりな態度を気にせずに即座に鍛錬に戻っていく。そのメリハリのある動きに圧倒されていると不意に爺さんに小突かれる。


「ほれ、お前も混ざれ」


「……は? 混ざれって、あの中に? いきなり? 無理だろ?」


 本当に急に言われるものだから半ギレで尋ねると、クソジジイは頷くばかり。そもそも彼らが現在なんの鍛錬をしているのかもわからないのに、いきなり「混ざれ」と言われても困惑するし説明不足過ぎてキレそうだ。


「ちゃんと────」


「お前ら、今から俺の弟子が鍛錬に混ざる!ブラッドレイ家のドラ息子だが……気にするな、思う存分に捻りつぶせ────できるもんならな」


 反射的に「ちゃんと説明をしろ」と文句を言おうとするがその前に無理やり放り込まれる。やはりちゃんとした説明のないクソジジイに俺は勿論、騎士たちも困惑。そんな俺たちを見てあくどい笑みを浮かべるクソジジイにふつふつと怒りが沸いてくる。


「こんのクソジジイ……」


 しかし、今はその怒りをぶつけるどころでもはない。石畳と地面で区切られている境界線を踏み越えて、俺は本当に騎士たちの訓練へと放り込まれる。瞬間、騎士たちの視線が一斉にこちらを向いて、こんな声が聞こえてくる。


「〈軍事統括総督〉の御子息だって!?」


「どうしてまたこんなところに……」


「聞いた話じゃ相当な我儘息子だって話じゃないか」


「怪我とかさせて後で殺されたりしないよな?」


「好きにやれとはフェイド様は言っていたが……フェイド様だからなぁ……」


 そのさまざまな反応で外での自分の評価を再認識する。ついでにクソジジイのも。


 ────やっぱりあの爺さんは彼らに不安視されるくらいにメチャクチャな訓練をしているらしい。


「はは……」


 苦笑を零すがいつまでものんびりとはしていられない。クソジジイが「鍛錬をしろ」と言えば鍛錬をしなければひどい目にあわされる。それは騎士たちも分かっているようだ。俺を見定めるように騎士たちの目の色が変わった。それに臆せず俺は頭を下げた。


「ブラッドレイ侯爵家、嫡男のクレイム・ブラッドレイと申します。本日は突然の訪問、誠に申し訳ありません。今、大叔父が言った通り今回は皆さんの訓練に参加させていただきます。若輩者ではございますが、どうぞご指導ご鞭撻のほどよろしくおねがいします」


「「「こ、こちらこそどうぞよろしくお願いします……」」」


 騎士たちはまさか評判の悪い侯爵子息から丁寧な挨拶が来るとは思っていなかったのか呆然とする。しかしその気のゆるみが命取りだ。まだ戸惑いが抜けきらない様子で騎士たちは先ほどまでしていた訓練を再開した。


「ふむ……」


 俺は特に誰かに説明を求めることをせずに、訓練の内容を一瞬で読み取る。


 ────なるほど。


 代わる代わる色んな人間と無差別に木剣で斬り結ぶ……どうやら彼らは乱戦を想定した対人打ち込みの訓練中らしい。そうと分かれば後は簡単である。俺は適当な鍛錬用の木剣を選んで近くにいた騎士に斬りかかった。


「お相手願います!!」


「お、おう!!」


 何度か木剣で打ち合って一方が怯むか地面に膝をつけばまた別の相手へと斬りかかる。最初は小柄な子供の突発な鍛錬参加に懐疑的で騎士たちだがすぐにそんな様子がなくなっていくのが分かる。


「なんだこの子!?」


「本当に子供か!?」


「強すぎる!!」


 次から次へと容赦なく騎士たちへと突っ込み、一瞬で怯ませるか地面に跪かせる。この一週間ずっと素振りと基礎的な型の練習しかしてこなかった俺にとっては久方ぶりの対人戦である。最初は様々なトラウマの所為で精神が気落ちしていたが、いざ始まってみれば吹っ切れてしまう。なんなら楽しいとさえ思っていた。


「はは……あはは!!」


 素振りや型などの基礎練習が嫌いなわけではないし、その重要性は理解しているつもりだが如何せんずっと同じことの繰り返しというのは飽きが来てしまう。正直、そろそろ実践的な鍛錬がしたかったと思っていたし、実際にやり始めると異様に興奮してきた。それこそ最初に誓いを立てた「目立たない」という最重要遂行任務すら忘れてだ。


「次だ次!もっと本気で来てくださいよ!?」


「や、やべぇぞこいつ!!」


「わ、笑い方がフェイド様そっくり……やはり血縁者、血は争えないって言うのか!?」


 言ってしまえば血が高ぶり、本来の調子に乗ってしまう性格が表に出てきたのだ。一度目の時と違うのはその調子の乗り方が権力や家柄を誇示するのでは無く、もっと根本的で単純な自分のこれまでの努力の成果がどれほど実を結んだのか確かめたいというもの────詰まるところ実力を確かめたいのだ。


「頑張ってください、お兄様!!」


「はは!安心せいアリス、お前の兄はここにいる騎士程度には負けんよ」


「ほ、本当ですか?」


「ああ。レイはたった一週間の鍛錬でとんでもなく成長した。それもまだ伸びしろを感じさせるほどにな……本当、天賦の才を世界から授かったかのような子だ。あいつは強くなるぞ」


 思考は至って良好。他のことに気を遣う余裕すら生まれる。それこそ離れているはずの二人の声も聞こえるぐらいだ。珍しく素直に褒められたことに俺の気分は更に良くなる。あれだけ調子に乗らないと誓ったのに体が勝手に動き出す。


「もっと楽しもうぜぇ!?」


「「「ひぃいいいい!?」」」


 俺はその後も好き勝手に自分よりも何倍も年上の騎士たちを斬り伏せていった。

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