表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

7/153

第6話 妹の考え

 早朝から飛び交う怒号はすでにブラッドレイ家では日常になりつつあった。


「起きろクソガキィイッ!!」


「もう起きてるわ、クソジジイィイッ!!」


 侯爵家から毎朝、物騒な怒号が聞こえてくるのはどうかとも思うが、俺としてはそんなことを気にしている場合ではない。


 振り落ちてくる拳を躱して、お返しと言わんばかりに俺は爺さんへと殴りかかる。朝の鍛錬はまさに戦である。朝から容赦なく殴りかかってくるクソジジイを迎い撃ち、襲撃してきたジジイはそれを悉く返り討ちにする。最近はほぼその繰り返し、おちおちゆっくりと眠ることもできやしない。


「クソ、反射速度どうなってんだよ……」


 今日こそはあのムカつく顔面に一発イイのを入れられたかと思ったが、やはり後一歩が届かない。また朝は頭に拳骨を貰ってしまった。


「まだまだ甘いわ! 精進しろ、レイ!!」


「わーっとるわ!!」


 アホみたいな激痛を訴える後頭部を無視して今日も朝の素振りに取り掛かる。早朝の鍛錬を始めてから今日で六日目、使用人たちと同じ時間に起きるのも苦ではなくなってきた。


「レイ坊ちゃま、おはようございます」


「おはよう!!」


「今日も精が出ますなぁ~」


「そっちも毎朝ありがとうねぇ!!」


「坊ちゃま、ここに綺麗なタオルを置いておきますね」


「今日もありがとねカンナ!!」


 裏口から忙しなく行ったり来たりを繰り返している使用人たちに挨拶をしながらも全力で素振りをする。もちろん〈血液操作〉を行いつつだ。


 常に鍛錬中は使用している〈血液操作〉、最近では鍛錬以外の時間も軽く血液を循環させておくように爺さんに命令され、その所為か一度目の人生の時と比べて簡易的にではあるが長時間の〈血液操作〉が可能になっていた。


 ────副産物的に魔力総量も増えてんだよな。


 魔力とは体の内に蓄えられる総量が決まっていて、魔力量を増やすということは蓄える器を大きくすることを意味する。その器と言うのも筋肉と一緒で酷使すれば酷使するほど破壊と超修復を繰り返して、更に強固に大きくなって蓄えられる総量を増やしていく。


 これによって俺は明確に強くなれてはいるが────しかし、たかが一週間鍛錬を続けたところで目の前のクソジジイにはまだ一度も勝つどころか、まともな一撃も当てられてない。まだあのジジイをボコボコにするには時間が必要だ。


「余裕そうだなレイ?追加で素振り300本だ!!」


 愛想よく、半ばヤケクソ気味に通り過ぎる使用人たちに挨拶をしていると唐突にクソジジイが素振りの量を理不尽に増やす。それに俺は反射的に抗議する。


「ふざけんなクソジジイ!!」


「返事は「はい」か「わかりました」だ!!」


「ふぶげっ!?」


 しかし口答えすれば鉄拳制裁なんて当たり前、殴られるし、素振りの量は増やされるしで踏んだり蹴ったりだ。すでにこれにも慣れつつあった。


 ────いや、慣れたくねぇ……。


 そんなこんなで今日の朝練もなんとか乗り切った。


 ・

 ・

 ・


 最近、お兄様が変わった。


 きっかけは初めてのフェイド叔父様との鍛錬で気を失ってからだ。最初は兄が倒れたと聞いて心配だったが以前から冷たかった兄に会いに行けばまた煙たがれると思い、お見舞いに行くのはやめた。そうして数日、ずっと部屋に引きこもっていた兄が突然部屋から出てきた。


 どうしてわかったのか?


 理由は簡単。兄の容体が心配で、けれど確かめに行く勇気もなかった私はずっと兄の部屋周りを可能な限り気にしていて、そうしたらたまたま兄が部屋を出る瞬間を見つけられたのである。


「あ……」


 数日ぶりに見た兄の姿は何というか別人だった。別に姿形が変わったわけではないし、そういう話ではなくて何というか────今まで纏っていた周りを威圧する刺々しい雰囲気は無くなり、付き物が落ちたような穏やかさを感じた。


「おに────」


 すぐにでも声を掛けて体の具合を確認したかったけど、直前で過去の苦しい記憶がぶり返して足がすくんでしまう。急き上がる不安をグッと飲み込んで、見失わないように兄の後を付けてみると、兄は父様のいる執務室で立ち止まった。


 またお父様にメチャクチャな我儘を言いに行くのかと思ったがやはり見つけたときと同様に今日は何か様子が違う。


 ────今日は大丈夫かも。


「な、何をしているのですか、お兄様……?」


「ッ!?」


 無意識にそう思って私は意を決した。扉の前で立ち尽くす兄に声を掛けてみると、彼はまるで叱られた時みたいにビクリと体を震わせて驚いた。正直、兄のそんな反応は少し可愛かった。


「────」


 思わず笑ってしまいそうになるが反射的にかみ殺す。いつも兄の前で笑うとぶたれるからだ。勢いに任せて声を掛けたはいいが、その後のことを全く考えてはいなかった。口ごもる私を見て兄はいつものように罵声を飛ばしてくるかと思った。


「────これからフェイド叔父様のところに行くんだよ」


 しかし違った。兄は普通に私の質問に答えて、あまつさえ「一緒に来るかい」と同行まで許してくれた。今まで私が隣を歩くことを嫌っていたあの兄がだ。


「い、いいのですか!?」


 あの時は本当に驚いたし、嬉しかった。しかも部屋に入るときに一緒に手もつないでくれたのだ。夢か何かだと思った。別人なんじゃないかと何度も疑った。けれど何度確かめてもそこには兄がいて、それは現実だった。


 そのまま一緒に父様の執務室に入り、流れで話を聞いていたがそうやら兄は鍛錬がしたいらしい。


 ────あの鍛錬嫌いのお兄様が……。


 本当に驚きの連続だった。フェイド叔父様をおちょくる為の悪戯かとも疑ったが兄は本気だった。父様もフェイド叔父様も兄の要件を聞いて驚き、そして疑っていた。叔父様なんて兄を試すように意地悪までしていた。けれど兄は何にも動じずに堂々としていた。そんな兄を見て叔父様は「試験をする」と言いだした。


 軽い模擬戦をして、叔父様が納得すれば兄の鍛錬を見てくれるらしい。その条件を呑んだ兄は叔父様と模擬戦をすることになった。


「す、すごい……」


 そのあとは圧巻だった。裏庭で始まった模擬戦を父様と一緒に見ていたが目を疑った。結局、魔力切れで兄は負けてしまったが、数日前までとは見違えるほどの動きを見せてフェイド叔父様から鍛錬の約束を取り付けた。


「起きろクソガキィイッ!!」


「もう起きてるわ、クソジジイィイッ!!」


 次の日の朝から、我が家では二つの怒号がよく聞こえてくるようになった。兄とフェイド叔父様の声だ。


 兄は鍛錬中は以前のように口調が荒くなり少し怖くなるが、それでも私と話すときは優しくなった。どうして突然、兄がこんなに変わったのか気になった私は今日、午後の休憩中に兄に直接聞いてみることにした。前までなら質問しても答えてくれなかったろうけど、今の兄ならちゃんと答えてくれるような気がした。


 その直感はちゃんとあっていた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ