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第4話 ぶん殴った張本人

 子供からしてみると聳えるほど背の高い扉を控えめにノックする。するとすぐに部屋の中から声が飛んでくる。


「誰だ?」


 父────ジーク・ブラッドレイの声だ。俺は本当に久しぶりに聞いた父の声に一瞬だけ足が竦み、しかしここまで来て引き返せないと腹を括って扉越しに大きな声で名乗る。


「く、クレイムです!!」


「…………入れ」


「し、失礼します」


 暫しの沈黙の後、入室の許可が出て俺はアリスと一緒に部屋の中へ入る。そこには予想通り二人の巨躯な男性二人が向かい合って小難しい顔をしていた。


 突然の来訪者に中にいた二人は一様に俺たちに鋭い眼光を向けた。厳めしい顔二つに見られたアリスはその迫力から反射的に俺の背後へと隠れてしまう。正直、俺も彼女と同じように隠れられることならば隠れたかった。


 恐怖とは別に俺は懐かしく思える二つの顔ぶれに内心で感動もしていた。そんな一見おびえた様子の俺たちに優しく声をかけたのは父のジークだ。


「珍しいな、二人でここに来るなんて……どうかしたか?」


「大事なお話中の邪魔をしてしまい申し訳ありません。少々、お時間よろしいでしょうか?」


「大丈夫だ。ちょうど話も終わったところだ」


「ありがとうございます」


「あ、ああ……」


 俺が感謝して頭を下げると父と一緒にいた大叔父は驚いた顔をしていた。小さい頃は気が大きくて誰かに頭を下げることが大嫌いだった息子が突然礼儀正しくもなれば驚きもするだろう。


 ────普通が普通じゃないって、やばいな……。


 俺としてはごく普通のことをしたつもりだったが、やはり幼い頃の自分は本当に終わっていたのだと再認識できてゲンナリとしてしまう。


「要件と言うのが────」


 驚く二人を無視して俺は話を続けようとする。しかしそれを大叔父が遮った。御年六十歳の初老になろうかというのに大叔父はそれを感じさせないほど若々しく活力に満ち溢れている。


「おうおう、元気そうじゃないかレイよ。まだ体の調子が優れないか? 今日は随分とおとなしいようだが……俺のお灸は効果があったってことか?」


 煽るような彼の言葉に一度目の自分ならばすぐにキレ散らかしていたことだろうが、しかし今は違う。それにこれから教えを乞おうと言うのだ、言わば俺は今この爺さんに試されているのである。


 ────こんな安い挑発で沸くようならば話を聞くに値しない。


 暗にフェイド大叔父様はこう言いたのだろう。相変わらず、手厳しい。それを身に染みて理解している俺は特に目くじらを立てることなく笑顔で答えた。


「叔父様の御慈悲で怪我も大したこともありませんでした。逆にゆっくりとしすぎた所為で体が怠いくらいです」


「……ほ、本当にどうしちまったんだ? 頭を打っておかしくなったか?」


「おい、確かに様子はおかしいが私の息子にそれはどうかと……」


「お、おう……すまん」


 これまた予想外の切り返しだったのかひそひそと俺を見て訝しむ大男二人。煽ってきておいてその反応はどうかとも思うが、まあやはり当然の反応とも言えた。


 ────自分が刻んだ根は相当深刻らしい……。


「話を続けても?」


「あ、ああ悪い。続けてくれ」


 これからまだ続くであろう苦難の予感に不安を覚えつつ俺は一つ咳払いをして今度こそ話を続ける。


「話というのもフェイド叔父様にまた訓練をつけてほしいのです。できれば時間が取れるだけ、可能な限り」


「……は?」


「おいおい、少し懲らしめてやるつもりが俺はとんでもないことをしちまったらしい……」


 変な前置きはせずにすっぱりと要件を伝えると、返ってきたのは父の呆けた声と大叔父の天を仰ぎ反省する姿だ。一度目の人生では絶対にお目にかかれなかった二人のとても珍しい反応に、面白さを覚えたが流石にひどすぎる反応だとも思った。


「見ろアリス、こんな父様たちは珍しいぞ」


「???」


 恐る恐る顔をのぞかせた妹は状況を理解できずに小首を傾げるばかりだ。


 うん、我が妹ながらなんとも可愛らしいではないか。どうやらこんな可愛い妹をいじめ倒して泣かしていた屑野郎がいるらしい……本当に一度目の俺はどうかしていた。


 ・

 ・

 ・


 ブラッドレイ侯爵家はクロノスタリア王国の軍事部門を牛耳る武闘派家系である。代々、ブラッドレイ家の当主は王から〈軍部統括総督〉の重責を任され、そんな我が家の国の地位はとても高く、その発言力も高い。


 どうして我が家がそんな国の重責を任されるほどの信頼を国王から得ているのか?


 その理由はこれまでにあった戦争での功績や、絶対的な王への忠誠心など様々な要因はああるが一番の理由は常人では扱えない絶対的な力────〈血統魔法(プライマルマジック)〉を扱える血族という理由が大きかった。


 世界の法則を強制的に塗り替える力────〈魔法〉。その上位存在である〈血統魔法〉があれば大した努力もなく大抵のことは何とかなってしまう。それこそ〈血統魔法〉の血縁者と言うだけで引く手数多、必ずしも血縁者だからと言って〈血統魔法〉が使えるわけではないが、家督を継げない人間でも大貴族からの求婚は絶えず、悠々自適な未来が約束されている。


 そんな優れた力に溺れた一度目の人生は全くと言っていいほど強くなるための努力なんてしてこなかった。ちょうど〈血統魔法〉の使い方を覚え始めた八歳(いま)頃、俺は強大過ぎるこの力に魅入られ有頂天の天狗だった。


 ────基礎的な魔法を使えばそこら辺の騎士は余裕で相手取れるしな。


 そんなクソガキが自ら進んで訓練をしたいと言えば周りが驚くのも当然である。


「頭の方は結構本気で心配ではあるが、自分から鍛錬をしたいというのは良い心がけだ。ちょっとやそっとじゃ止めはせんぞ」


「お願いします」


「が、頑張ってくさいお兄様!」


 屋敷の裏庭、軍事統括総督の屋敷だけあって王都の一等地にあるとは思えないほど裏庭は広く、鍛錬をするには十分すぎる設備が揃っている。体の調子を確かめながら大叔父様は準備運動を終える。


「それじゃあ前と同じように好きにかかってこい」


「はい」


 対する俺は木剣を構えて頷く。対峙しただけで足が竦んでしまう圧力を感じながらも俺は一つ深呼吸をして一気に地面を蹴って飛び出した。


「ッ────ハアッ!!」


「んな!?」


「ほう────」


 瞬く間に大叔父の眼前へと躍り出て鋭い突きを放つ。まだ年端も行かない子供が繰り出すには冴えすぎているその一撃に父様や大叔父は驚愕する。


「───良い突きだ」


 しかし所詮は子供の一振り、たやすく攻撃は去なされる。けれど俺は確かな手ごたえを感じる。


 ────流石に一度目の全盛期と比べると劣るが、概ね魔法(・・)の使用感は問題ない。


 まだ使い方を覚え始めた子供にしては上出来と言えた。努力はしてこなかったが一度目の人生でも魔法は使っていた、その経験値は今の自分には大きすぎる利点だ。


 選ばれた血族にしか扱えない特別な力────血統魔法(プライマルマジック)。その数は現在国内で確認されているのは7つであり、そのどれもが一般的な魔法と比べて画一した性能を有している。

 その中でもブラッドレイ家の血統魔法はこと肉弾戦に於いて圧倒的であった。血統魔法────【紅血魔法(ブラッドアーツ)】。それが代々ブラッドレイ家の選ばれた血族のみが扱える魔法の名称。その能力は自身の血と魔力を自在に操り、圧倒的身体能力と物量で敵を制圧することができる魔法。


「まだまだッ!!」


 気迫の声を上げて続けざまに攻め込む。剣術なんてのもおざなりにしてきたから大したものではないが、一度目の浅い経験(ちょきん)のお陰で体裁を保てている。それこそあの大叔父が素直に褒めるくらいには────


「本当に見違えるようだ。まさかこんなにも自然に〈血流操作〉を使えるとは……」


「いえ、叔父様の洗練された〈血流操作〉と比べればまだまだです」


 ────加えて今俺は一つの魔法を常時発動しながら戦っていた。この魔法が異様な身体能力の種であり【紅血魔法】の基礎の基礎である魔法〈血流操作〉だ。自身の血に魔力を混ぜて強制的に体内の血流を活性化させる魔法であり、これによって子供でも大の大人を優に圧倒できる身体能力を発揮することができる。


 ────魔力と血の融合率はまだ一割未満。こんなんじゃあ目の前の傑物を倒すなんてのは到底無理だ。


 今の魔力総量や技量じゃ他の魔法を扱うことはできない。勝つのは無理でもなんとか〈血流操作〉一本で善戦したいところである。もっと魔法自体の練度が高ければそれも可能なのだが、今までその鍛錬を怠ってきた俺には不可能な芸当である。


「こん、のッ!!」


「なんの!!」


 それでも卑屈にはならず果敢に攻め込む。高低差を利用して縦横無尽に全方向から斬り込んでみるが……しかしその悉くを大叔父は完封する。


「まだまだ上げるぞ!」


「うっ────」


 気が付けば防戦一方であり、そして限界が訪れた。途端に体の動きが鈍る。その隙を大叔父が見逃すはずもなく脳天に鋭い一太刀を貰った。


「────あがッ!?」


 激しい衝撃とぐらりと視界が揺れる違和感、そのまま俺は地面に倒れた。辛うじて意識はある。


「ク……ソ……!」


 魔力切れと〈血流操作〉による活動限界。今の実力では10分も〈血流操作〉を維持して戦うことができない。


 ────それとこの反動がきついんだ。


 自己強化を解除したのと同時に全身に激痛が走り、まともに立ちあがることもできなくなる。そんな俺を心配して父とアリスが駆け寄る。


「大丈夫ですかお兄様!?」


「なんとか意識はね……」


 不安げに上から覗く妹になんとか笑みを見せる。正直、今にも痛みやら激しく動いた反動で吐きそうだがやせ我慢をする。


 ────あの爺さん、頭を容赦なくぶっ叩いてきたけどこれでまた意識を失ったらどうするつもりだったんだ?


 しかし、数日前と同じ過ちを繰り返しそうになった大叔父様は地面に倒れた俺を見てとても満足げである。


「わはは! 本当に何が起きたというんだ!? あの腐りきった根性がたった数日で見違えるようだわい! 実力はまだまだだがその年にしては十分すぎる!!」


「それで……滞在中は稽古をしてくれますか?」


 依然として高笑いをしている大叔父に俺は満身創痍ながらも尋ねた。そもそも「稽古をつけてくれ」と言ったのになぜいきなり模擬戦をしているのか? その理由は大叔父様がこの模擬戦の結果次第で稽古をつけてくれるかどうか見定めるといったからだ。


 ────その結果はいかに。


 俺は気が気ではない。そうして彼の答えは────


「ああ!もちろんいいとも! 元々、お前には類まれなる才能があったんだ、やる気があって学ぶ気力があるのならばいくらでも稽古はつけてやる。それがブラッドレイの血縁としての責務だからな!!」


 色好い返事に俺は安堵する。とりあえず第一関門は突破だ。

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