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第37話 勇者?

 これを物語に例えるのならばきっと俺は悪役で、しかも序盤ですぐ死ぬ方のかませ犬で、そして主人公は────


「すすすす、すみません!!」


 間違いなくこの眼前の女のような男だろう。


 ヴァイス・ブライトネス────出生はごくごく一般的な家庭であるが、しかしてその血筋は勇者の末裔であり、その血を色濃く受け継いだ彼は今代の勇者としてこの学院で頭角を現し始める。


「い、いや、俺の方こそいきなり変な態度を取ってしまって申し訳ない」


 今にも泣きだして土下座をしようとしている勇者を何とか宥めて、俺は記憶を探る。


 一度目の人生で知っている彼の大まかな情報は大体前述した通りであり、何よりも重要なのが彼がこの国で確認されている〈血統魔法(プライマルマジック)〉の八人目(・・・)の継承者であるということ。


 ————聞けば聞くほどすごい作り物めいてるな。


 なんとか部屋に入り、対面に座ってお互いに謝罪したはいいが今代の勇者殿は依然として落ち着かない様子だった。それは俺も同様なのだが……それにしたって落ち着きがなさ過ぎた。


 常に視線が俺と合わないように泳がせて、小さく縮こまるようにして座っている。俺の知るヴァイス・ブライトネスという男はこんな自信なさげで……言ってしまえば気弱な少年ではない。悪を決して許さず、正義感があり、誰よりも人との絆を大事にする明るい人間だった。


 ————本当にこいつがあの勇者だって?


 他人の空似と言われた方がまだ納得できる。それほどまでに眼前の少年は別人であった。


「あ、改めまして俺————いや、私の名前はヴァイス・ブライトネスと言います……い、一般家庭の出身です……」


 俺が思考に耽っているとヴァイスは気まずそうにまた名乗った。確かにあの御座なりな挨拶はどうかと思ったので俺も名乗りなおす。


「クレイム・ブラッドレイです。一応、貴族です。どうぞよろしく」


「ぶぶぶ、ブラッドレイ!? あ、あの有名な侯爵家の!?ごごご、ごめんなさい!!お、俺みたいな市井の人間が同室で本当にごめんなさい!!す、すぐに部屋から出てきます!!」


 俺の名前を改めて聞いてヴァイスはあからさまに狼狽える。まあ、反応としては予想できた。どんな一般市民でもいきなり貴族と同じ部屋で一年間過ごせと言われても困惑するだろう――――と言うか変に拗れた人生観を持つ貴族がこの事実に耐えられない、侮辱されたと思うだろう。一度目の俺もそういう手合いだった。


 しかし、今は微塵もそんなくだらない思考は持ち合わせていない。結局は同じ人間だ。|等しく世界に試されるし《・・・・・・・・・・・》、|等しく龍を殺すことだってできる《・・・・・・・・・・・・・・》。


 ────しかし、まさかあの勇者にこんな反応をされるとはな……。


 想像もしなかった展開と勇者の反応に俺は少しずつ冷静さを取り戻していく。


「そう身構えないでくれブライトネス。ここは学院だ、身分も何も関係ない。同じ学び舎にこれから通う同士じゃないか」


 何処かの王子殿下も同じようなことを言っていたが、言としては全くその通りだと思う。そこに関しては全面的に同意だ。


「へ?お、俺が一緒の部屋でもいいんですか?」


 俺の言葉が相当予想外だったのか勇者殿は不安そうに尋ねてくる。やはり俺の知ってる勇者と反応が違いすぎて感覚が狂う。

 いや、思い返せば彼がこの学院で〈勇者〉や〈八人目の継承者〉として頭角を現し始めたのは二年生頃の話で、入学当初はこんな感じだったのかもしれない。


 ────今の彼は俺の知る勇者とは言葉通り違う存在なのかもしれない。


 そう思うと、先ほどまで過去のトラウマがビシバシと抉られていたのに、それすらも少しづつではあるが落ち着いてきた。


「逆に俺みたいな変な奴と同室で君は大丈夫か? もし嫌だったら学院側に相談して部屋の変更を……」


「い、いや!そ、そこまでしてもらうのは……!!」


「無理はしないでくれ。これから一年は同じ部屋で暮らすことになるんだ。いわばここは学院の中でもっとも気が休まる場所じゃなければいけない。なのに変に気を遣う相手と一緒だとそれも難しいだろ?だから無理は厳禁だ」


 なんてもっともらしいことを言っては見たものの、すべては自分の為だ。いくら記憶にある勇者と今の彼が違うからと言って、まだ変な鳥肌は立つし、不意にトラウマが這って出そうになる。


 人間そう簡単に気持ちを整理できる生き物ではないのだ。角部屋は惜しいがここは自身の心の安寧の為に同居人の変更を試みるべきだ。


 ————それもお互いが納得できる理由を作ってだ。


 明らかに勇者殿も貴族との同室はできればしたくないと言った様子だし、自然な流れと言えよう。


 ────我ながら完璧な作戦ではなかろうか?


 なんて自画自賛していると件の勇者殿は何やら肩を震わせていた。やはり予想通り、俺なんかと同じ部屋と言うのは嫌だったらしい。そうして彼の口から飛び出た言葉は────


「な、なんてできた人なんだ!!」


「は?」


 全く予想外のものだった。何やら勇者殿は至極感動したと言わんばかりに立ち上がり、そして衝動のままに捲し立てた。


「貴族っていうのは横柄で怖くて、一般市民のことを同じ人間とは思ってないって婆ちゃんが言ってたけど全然そんなことないじゃないか!」


「いや、普通にそういう手合いの奴もいると――――」


「けどブラッドレイさんは全然違ました!今日初めて会う俺の、しかも一般家庭出身の俺なんかのことを気遣って、本気で心配してくれるなんて……俺の中にあった貴族の固定観念が一気に覆されました!」


「そ、それはよかった……」


 先ほどの大人しい雰囲気は何処へいたのか勇者殿は大変興奮した様子だった。


 ────こんな性格だったか?


 ますます今までの認識との差異が生まれてしまう。本当に誰だこいつ。


「あ……ご、ごめんないさい!俺ったら変に興奮しちゃって……」


 思いのたけを吐き出して漸く冷静になったのか、興奮した様子から一転して勇者殿は顔面蒼白になる。多分「流石に無礼を働きすぎた」とか思ってそう。俺はそれを気にせずに話を元に戻す。


「構わないよ。それで同室の件はどうする?」


 尋ねてみたはいいものの、俺の望む答えとしては一つ。ここで彼が「変えましょう!」と言ってくれればこの厄介ごとは解決するわけなのだが――――


「お、俺なんかで良ければ……ぜ、是非!ブラッドレイさんなら俺、変に緊張せずに過ごせると思います……!!」


「あ、そうですか、それはよーござんした……」


 何故か勇者殿は先ほどの態度から一転して俺との同室を受け入れた。


 ────何故に???


 俺は笑顔を取り繕いながら、困惑しっぱなしだった。


 何故か、同居人が勇者になってしまった。

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