表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

153/153

最終話 クレイム・ブラッドレイ

 命からがら、忌まわしき世界を見下す七龍が一体の〈影龍〉を打倒し、アリスや爺さんを蝕んでいた祝福(ノロイ)も綺麗さっぱり消え去って、俺の最重要目標は果たされた。


 その後は国の英雄として祭り上げられたり、パーティーでフリージアに公開プロポーズをするなんて突発イベントなんかもあったりしたが、終わり良ければ総て良し、これが英雄譚や童話物語であったならば「めでたしめでたし」で話の幕は下ろされたことだろう。


 けれども、現実はそんな物語の様に明確な終わりは訪れることは無く。その後も何事もなかったかのようにクレイム・ブラッドレイの人生は死ぬまで続いていく。


「よっこいせ────っと……」


 そんな二度目の人生の中でとても濃密な日々────あの〈龍伐大戦〉から今日でちょうど十年と少しが経とうとしていた。現在、俺は領民たちと一緒に農作業に励んでいた。


 「平和だねぇ~」


 天気は快晴、今日も鍬をこさえて広大な農地をせっせかと耕していく。


「レイ様!まーた大事な仕事をほっぽり出して畑に来たんですか?」


「畑仕事だって大事な仕事だろ?」


「それはそうですが……そう言うことではなくてですね……」


「心配しなくても領地の仕事はしっかりしているさ。それでもずっと机に向かっているのは俺の性分じゃない。こうやってみんなと畑をしてる方が何倍も楽しいしな」


「私たちはとても助かりますが、後で奥方様にこのことがバレたら……」


「…………その時は一緒に謝ってくれない?」


「勘弁してくださいよ!?」


 休憩の合間に領民達とそんな軽いやり取りを交わす。今となっては随分と打ち解けられたものだ。最初、ここの領主として統治を始めた頃は随分と警戒されたものだが……やはり、親交を深めるには一緒に汗水流すのが一番である。


 旧グレンジャー領、海岸部に位置する広大な陸地こそが俺事────クレイム・ブラッドレイ辺境伯がクロノスタリア国王たるクロノス・クロノスタリアに下賜され、統治を任された領地であった。


 結局のところ、俺はブラッドレイの家督は継がずに〈龍伐大戦〉での功績やそのた諸々の活躍を称えられて個人的に爵位を賜ることになった。それを聞きつけた爺さんが俺に自分が統治していた領地を譲るなどと言い始め、これを良しとしてしまった王国の計らいで、俺は学院を卒業してすぐにこの領地の統治を始めることとなった。


 まだ学院を卒業して、社会経験の下地もないクソガキに丸投げするにはなかなか鬼畜なその所業に、当初の俺はブチ切れ、そうして慣れない領地運営に死に物狂いで奔走した。幸いと言うべきか、元々爺さんが統治していたところに挿げ替える形だったので色々と下地はあったわけだが、まあいきなりまだ年端もいかないクソガキが領主になると聞いた領民達の不信感は凄まじかった。それが、例え先の大戦で龍を殺した英雄とは言えだ。


 それでも何とか、色々な人────主に数年ほど領地運営を丸投げされていた爺さんの秘書兼執事の従者と、一緒に領地に着いてきたフリージアや従者たちのお陰でこうして領民達と畑仕事をできるくらいの関係性を築けるようになった。


 世間では俺の事を〈龍血魔帝〉なんて呼び、〈比類なき七剣〉と並ぶ……いや、それ以上の強さと王の信頼を得た龍騎士だと民衆は湛えてられているらしいが、この領地にいるときの俺はただの冴えないお飾り領主であり、毎日領民と一緒に畑仕事をしている凡夫だった。性根は依然として、目立たず平穏な日々を追い求めている。


 そう思えば、今の俺は色々と違いはあれど概ね、最初に掲げた目標を達成できていた。


「死ぬほど頑張ったもんなぁ……」


 思い返されるのは数年前の記憶。忌まわしきクソトカゲを倒した後も、俺の周りではトラブルが絶えなかった。その中でも一番記憶に強く残っているのはクロノス殿下の王位継承権争いだ。


 学院生活最後の年に、まだまだ壮健な前国王陛下が王の座を辞して、二人の息子のどちらかに王位を譲ると言い出したのだ。この突然の宣言に俺達民衆は疎か、周辺国でさえ驚愕し困惑した。そこからはどちらの王子が王位を継承するのかで大騒ぎ。選挙や、様々な両派閥の貴族の策謀が渦巻き、これに俺は彼の守護騎士として一時的に加勢した。最終的に、クロノス殿下は学院の卒業と同時に王座に即位し、俺はあれよあれよと辺境伯として領地を賜った。そのお陰(?)もあって今はこうして変な貴族の柵に縛られずにのんびりと人生を謳歌している訳である。


 ────本当に皆には頭が上がらない。


 独り立ちした俺の代わりにブラッドレイ家の家督を継ぐことになったのは言わずもがなアリスであり、彼女は現在父ジークの元で色々と仕事を覚えている最中であった。最初こそ、様々な責任を彼女一人に任せてしまうことを俺は良しとせずに、彼女には自由に自分の人生を進んでほしかったのだが……彼女としては家督を継ぐことに何ら不満は無く、寧ろ意欲的であった。


 なんなら裏で手をまわして俺を王都から別の辺境領地へと追いやって家督を奪い去っていった────と言うのは半分冗談であり、アリスは幼い頃に零した俺の話を覚えていたのだ。


 それはジルフレアとの模擬戦で意識を失い、目を覚ました時のこと、


『そもそも彼を倒す必要がないし、さっきも言ったけど()()()()()()()()()()()()()()()。望む日常を守れるくらいの力があればそれで十分、もう高望みはしないって決めたんだ。それは(・・・)一回目の時に身をもって思い知ったよ』


 本当に何の気なしに零したこの言葉を彼女は覚えていて、それを叶えるために色んな人と手を組み、協力して俺を様々な柵から解放してくれた。


「お兄様の夢は私の夢であり、これは私なりの恩返しなのです!だからお兄様が気に病むことはないですし、私としては全く不満なんてありません。寧ろ、やる気に満ち溢れていて、お兄様の成し遂げた偉業を超えるつもりでブラッドレイ家を更に繁栄させていきます!!」


 とは我が愛しの妹君の言葉であり、当初、今の言葉を直接言われた時は感動に打ち震えて普通に泣きそうだった……てか泣いた。


「マジで俺の妹が天使すぎる……!!」


「またレイ様の発作が始まった……」


「いつものことだべ、気にするだけ無駄だ~」


 改めてアリスの素晴らしさを再認識していると、領民達に白い眼を剥けられる。


 ────あれ?なんか扱いが雑じゃないですか???


 流石に冷たすぎるその反応に悲しくなってくる。俺の硝子の心が簡単に砕けそうになるが、それを帳消しにする存在が俺の胸に突撃してきた。


「パパーーーーーーーーッ!!」


「おおっと────」


 飛び込んできたのは幼い頃のフリージアによく似た一人の少女。白銀を思わせる長髪には疎らに朱色が混じっており、とても幻想的である。俺の胸に顔を埋めて気持ちよさそうに頬ずりしているその少女は────


「こらフレイ、急に飛び込んで来たら危ないだろう?もしお父さんが受け止められなかったらどうするんだい?」


 俺と彼女(フリージア)の大切な娘の一人である。今年で五歳になるまだまだ遊びたい盛りの可愛い愛娘殿は俺の質問に満面の笑みで答えた。


「大丈夫よ!だってパパはいつもわたしのことを受け止めてくるもん!!」


「そうかぁ、大丈夫かぁ……」


「うん!!」


 ────なんだこの可愛いすぎる生き物……あ、俺の娘か。いやね?マジで可愛すぎる、天使すぎる、世界一すぎる。


 反射的に親バカを発動しているとフレイは頬ずりに満足したみたいで、思い出したように手に持っていた手紙を手渡してくれる。


「パパこれ!ヴァイスおじちゃん(・・・・・)から手紙が届いたから持ってきたの!!」


「おお、ありがとう……あと「おじちゃん」は止めてあげような?マジでヴァイス気にしてるから、せめて「おにいちゃん」にしよう……最悪「おねえさん」でも可だ」


「おじちゃん!!」


「うーーーーーん、可愛いから許す!!」


 親友であり、一番弟子である勇者殿には大変申し訳ないが、娘が可愛すぎるから甘んじて「おじちゃん」呼びを受け入れてもらいたい。そんな勇者おじちゃん(・・・・・・・)から届いた手紙の内容を確認してみれば、近いうちにこの領地に訪れる旨であった。


 ────仕事の次いでって書いてるけど、絶対に無理やりねじ込んだだろ……。


 彼の考えが透けて見える。


 学院を卒業してからのヴァイスの活躍は目覚ましい。王国騎士団、そうしてその特別部隊の〈錬魔剣成〉へと入団した彼はその圧倒的な実力を示し、たった一年で〈比類なき七剣〉へと成り上がり、つい最近その第一席の座に就いたと聞いた。世間では彼を〈光の勇者〉や〈麗しの勇者〉なんて呼び、その人気は実力や容姿も相まって絶大だ。そんな今をときめく最優の騎士様がごくまれにこのブラッドレイ領に出没すると言うのも噂になっているとかいないとか。


「てか来すぎなんだよあの勇者殿は……」


 本当にちゃんと騎士団の仕事をしているのか疑いたくなるレベルだ。何かにつけてここに来ては俺と模擬戦やら鍛錬をして帰っていく。なんだかどこぞのクソジジイと同じ道を歩んでいそうで、俺はとても親友殿の行く末が心配である。


「レイ様!そろそろ作業を再開しましょう!」


 溜息を吐いていると一人の領民が声を掛けてくる。それに俺は反射的に返した。


「おーう!そんじゃあフレイ、お父さんは畑仕事に戻るからお前もお家に戻りなさい」


「大丈夫!!」


 続けて抱き上げていた愛娘を下ろし、優しく諭すと件のフレイは自信満々にそう言った。一体何が大丈夫なのか、俺は言葉の意味が分からずに聞き返す。そうして、そのことに後悔をした。


「ん?大丈夫って何が?」


「あのね!そろそろ()()()()()()()()()()()大丈夫なの!!」


「なん……だと……ッ!!?」


 娘の爆弾発言に俺の全身にイヤな汗が噴き出る。そうして唯一の頼みの綱である仕事仲間に視線を送れば────


「あ、そうだ!そういえば妻に呼び出されていた気が────」


「お、俺も愛犬のポチの散歩にいかなきゃ────」


「オイラは急にお腹が痛くなって────」


 蜘蛛の子を散らすように畑から退散し、既に俺を見捨てていた。


「この裏切り者ぉ!!」


「何が裏切り者なの、レイ???」


「ひぃッ!!?」


 背後から聞こえた冷徹な美声に俺は情けない声を上げて、それと同時に死を覚悟する。振り返るとそこには白銀の長髪を靡かせる絶世の美女がまだフレイよりも幼い男の子────クレイズを大事に抱きかかえ、仁王立ちでこちらを睥睨していた。


「や、やあ、愛しのマイスイートハニー……今日も気絶しそうなくらい綺麗だね。綺麗すぎて一瞬、女神さまが俺をあの世へお迎えに来たのかと思ったよ!ははっ!!」


「あら、嬉しい言葉をありがとう。貴方もとても素敵よ?でも、残念ながら私は女神さまみたく慈悲深くはないし、優しくも無いの────わかるわよね、レイ???」


「…………ハイ」


 詰んだ。終わった。試しに愛しの妻の横に控える従者のレビィアに助けを求めてみるが、無言で頭を振られる。あ、本当にダメなんですね、今回ばかりは死ぬしかないんですね。


 最後の希望を失った俺はそのまま首根っこを捕まれて屋敷へと連行される。


「ご、ごめんなさい!何も言わずに畑仕事に言ったのは悪かった!謝るよ!

 でも丹精込めて育ててきた野菜たちが……畑が俺を呼んでいるような気がしたんだッ!!」


「言い訳はそれで終わりかしら?それなら黙って連行されてちょうだい。今日はもう屋敷から一歩も出歩くことを許さないから覚悟してね、レイ?」


「ひぇ────」


 満面の笑みを浮かべる彼女はしかいながら眼だけは笑っておらず、相当ご立腹なことが伺える。どうやらこれから俺は無限労働地獄に囚われることになるのだろう。


 どうやら、俺の平穏なスローライフはまだ完全には訪れてくれないらしい。それでも俺はこんな人生を追い求めていたのだと思う。


 ────儘ならないね……。


 一番最初に思い描いていた人生とはだいぶ違う。けれどもそれは言ってしまえば当然のことで、なんなら今ある未来は俺が────傲慢怠惰なクレイム・ブラッドレイが思い描いていたモノよりも、何倍も何十倍も何百倍も素晴らしい未来の数々だった。それは境遇はどうであれ、俺がこれまで努力した結果であり、何よりもかけがえのない財産となった。


 まだまだ俺の二度目の人生は続いていく、それこそ死ぬまでずっと、今度こそやり直しなんて聞かない本当の人生が────


 ・

 ・

 ・


 けれど、それを語るのはここまでにしておこう。


 何せ、唯一の傍観者である〈刻龍〉は満足気に、読みを終わった本を閉じるようにそこで彼の時詠みを止めたから。


「いやぁ~満足した!これ以上、盗み見るのは無粋、野暮、蛇足てもんだ。さてさて次はどんな……誰の人生を盗み見ようかな???」


 それは無限に、生命の数だけ存在する物語の数々が並んだ本棚を楽しそうに見つめるようで、何者も訪れることの無い〈刻の霊峰〉にて、今日も世界を見下す七龍が一体は新しい誰かの未来を盗み見る。


 何故か?


 それこそが彼の龍に「生きている」実感を与えてくれるからであり、それこそが彼の龍にとって龍生であり、生きると言うことだからだ。


「端役でも、君の物語の一部に成れたことを光栄に思うよ────クレイム・ブラッドレイ」


 麗しの龍はそう微笑むとまた別の物語に意識を落とした。



 ~終章 龍伐大戦編 閉幕~

 これにて完結となります。

 簡単にですが、ここまで本作を読んでいただき、応援してくださった読者の皆様にここで感謝を。本当にありがとうございました。

 もし面白いと思っていただけましたら、フォローや評価、コメントをしていただけると励みになります。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ