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第149話 未来への一歩

「表を上げよ、クレイム・ブラッドレイ」


「ハッ────!!」


 王城、玉座の間にて俺は今、王の御前で恭しく傅きゆっくりと顔を上げた。


 厳かで、少し緊張感が張り詰めたその場には多くの王国貴族や将軍級の騎士、もちろん〈比類なき七剣〉なども参列しており、この歴史的瞬間を目に焼き付けていた。その中にはクロノス殿下やヴァイス、フリージア等々、見知った顔もいる。騎士や〈比類なき七剣〉なんかはその身に纏った鎧甲冑の右胸に勲章が飾られており、それらは今しがた間の最奥にて立つライカス王から授与されたものだ。


 そうして俺も今、国王陛下から今回の〈龍伐大戦〉の活躍を称えられ、叙勲されることになったのだがどういう訳か俺だけ一人で、しかも一番最後に叙勲されていた。


 ────どうしてこうなった?


 これが全く分からない。


 目が覚めてから今日で丁度一週間、流石に目覚めて直ぐで俺の体力は戻ることも無く。身体の本調子が戻るまで〈龍伐大戦〉の終戦と勝利を祝う為の催物は控えられていたのだが、ここまで本格的な叙勲式があるとは予想していなかった。


 あったとしても軽く一言二言、国王陛下から祝辞を貰ってはいお終いくらいにしか考えていなかったし、叙勲されるにしてもみんなで仲良く貰うのを想定していたのだ。だから、このパターンは本当に聞いてない。


 ────てかなんで俺だけ一人なんだよ。え、もしかしてハブられてる?もしかしなくても嫌われてる?いじめられてる???


 そんな被害妄想をするくらいには俺の精神は不安定になっていて、今すぐにお家に帰りたかった。


「吐きそう……」


 誰にも聞こえない声量で素直な感想を零す。


 いろんなお偉いさんに囲まれて、まるで今回の主役みたいに持て囃されると落ち着かなさすぎる。……いや、実際に彼らはそういう認識で俺の叙勲式を見守っているのだろうが、ほんとにやめて欲しい。一度目の愚かなクレイム・ブラッドレイならばいざ知らず。目立たず、慎ましやかな人生こそを追い求める俺からするとこれは一種の拷問である。


 ────早く終わってくんない???


 内心は愚痴の大行進(オンパレード)であるが、仮にも公衆の面前、捉え方によれば晴れ舞台である。勿論、この場には父や目に入れても痛くない我が妹────アリスもいる訳で彼女に情けない兄の姿を見せない為に精一杯虚勢を表面上に張って取り繕っているのだ。正直に言えばその虚勢も既に限界で、我が儘が許されるのならば一刻も早くこの公開処刑を終わらせてほしかった。


「貴君には感謝してもしきれない。今回の諸悪の根源である〈影龍〉を打倒し、多くの民の命を救ってくれた。本当に感謝する」


「いえい────余りある光栄にございます。私は当然の責務を果たしたまでです」


 ライカス王が勲章を事前に準備した側近を伴って俺の前に立つ。彼の感謝の言葉に俺は反射的に素で言葉を返しそうになってしまうがそれをぐっと堪えて何とか取り繕う。


「くくッ……聞いたかジーク。レイの奴、この状況に我慢が出来ずに素が出そうになったぞ……!!」


「静かにしてください叔父上……神聖な叙勲の場でですよ」


 正確な場所は把握できないが、爺さんの笑いを噛み殺す声とそれを咎める父のやり取りが聞こえる。あのクソジジイ、後で絶対にシバく。ふつふつと沸き起こる怒りを何とか沈めて、平静を取り繕っているとライカス王が言葉を続ける。


「クレイム・ブラッドレイ────貴君の今回の〈龍伐大戦〉での活躍を讃え、〈龍伐者〉の称号を与える。どうか今後も王国の為にその力を揮ってほしいと思う」


 俺が静かに立ち上がると他の叙勲者とは違った徽章が胸に飾られた。それは今回の大戦で一番の功労者に与えられる特別なモノであり、たかが学院生の子供が頂くには余りある代物である。それでも眼前のライカス王は、周囲の人々はそれが当然かの様に俺を真っすぐに見ていた。


「ありがたく頂戴いたします……」


 何とか俺は言葉を絞り出して、恭しく頭を下げる。途端に玉座の間を包み込むような拍手が巻き起こった。


「ッ!!?」


「さて堅苦しいのはこれくらいにして、ここからは祭りに宴だ。城下町は既にもう始まっている、私たちも楽しもうではないか」


 拍手の圧と音に身体を情けなくも盛大に震わせて驚いていると、先ほどまでの堅苦しい雰囲気から一転した国王陛下が朗らかに笑みを向けてくる。既に祝賀会の準備は別の会場で整っているらしく、叙勲された玉座の間にいた全員が移動を始める。


 何とも呆気なく、そしてすんなりと終わりを告げた叙勲式に俺は実感が湧かず、呆然としながらもその流れの後を追うことにした。


 ・

 ・

 ・


 そこはクロノスタリア城内で最も広く、王族の披露宴なんかでも扱われる有名な広間であった。名を「刻祝の間」と呼ばれ、そこには先ほどの叙勲式には参加していないが叙勲された他の上級騎士や関係各所のお偉いさんなども集められて、沢山の人で賑わっていた。


「クロノスタリアの未来ある繁栄に乾杯ッ!!」


「「「乾杯!!」」」


 長ったらしい挨拶もほどほどに会場は既に雑多な喧騒に包まれていた。


 今回の活躍を労う騎士達に、貴族連中は興味深げに〈比類なき七剣〉達から今回の戦いの話に聞き入り、うら若き淑女たちは自分好みの騎士や貴族との縁を造ったり深める為ここぞとばかりにアプローチなんかを仕掛けている。はたまた今後の貴族界を優位に進めるためにゴマすりに奔走する輩なんかもいるが……まあ、謂わばこれは社交界の一種であり、そういったのもお決まりの光景であった。


 各々が自由に、楽し気に交流に興じている傍らで俺の元にも先ほどから目まぐるしく色々な人が挨拶と言う体で俺に話しかけてきていた。


「今回の大戦のご活躍は聞き及んでおります!是非、今後は我が〈メイルベル商会〉を御贔屓に────」


「あはは、どうもー……」


「お久しぶりですなクレイム様、覚えておいでですか?以前に一度だけ社交界でお会いしたことが────」


「えーっと、そんなこともあったような……?」


「クレイム殿!機会があれば是非騎士団に来てその強さの秘訣を伝授していただけませんか!!?」


「機会があれば是非~」


「私、■■■■家が長女の■■■■と申します!クレイム様にはもう既に心に決めた方などはいるのでしょうか!?いなければ是非私とお近づきに────」


「ど、どうなんですかね~???」


 様々な国に支店を持つ大商会の会長から始まり、全く身に覚えのない貴族のおっさん、王国騎士団の騎士達に囲まれて、果ては見目麗しき貴族の御令嬢があからさまな挨拶をしてくる。


 ────き、切りがねぇ……。


 次から次へと群がるように色々な人が話しかけてくれる。その全てが賞賛であったり賛辞であったりと大変にありがたいことなのではあるが、正直に言わせてもらうと勘弁してほしい。


 こちとらずっと家に引きこもって鍛錬ばかりしてきた社会不適合者だぞ? それなのに次から次へと容赦なく話しかけてきやがって……。


「これが社交界の洗礼ってやつなのか……?」


 やはり止む気配のない人の波に戦々恐々としていると、それを見計らったように救世主が現れる。


「楽しくご歓談しているところ申し訳ないが、ちょっと俺の大切な戦友を借りてもいいだろうか?」


 俺と群がる貴族たちとの間を遮るように割って入ってきたのは何ともパーティー慣れをして場数の余裕さが垣間見えるクロノス殿下であった。不意な王族の登場に、今まで遠慮なく来ていた群衆の動きが一瞬で鈍る。


「ッ────クロノス殿下!?」


「ど、どうぞどうぞ!」


「戦場で戦った仲間同士、積もる話もあるでしょう!」


「邪魔者の私共は外しましょう!」


「気遣い、感謝するよ」


 そうして、有無を言わせない殿下の雰囲気に群衆は簡単に屈した。


 ────んなバカな……。


 あれほど逃げようにも逃してくれなかった人の群れがこうも呆気なくいなくなり呆然としてしまう。するとそんな俺を見て殿下は苦笑をした。


「随分と人気者だなレイ。流石は今回の主役と言ったとこかな?」


「勘弁してくださいよ殿下……凄く助かりました。あいつら人の気も知らずに容赦なく突っ込んでくるんで────」


「あははっ、それが貴族や商人と言う者さ。パーティー慣れしていないレイにいきなりあれは荷が重すぎたかな?」


「おっしゃる通りで……」


 今まで張りつめていた気を一気に脱力させて、俺は殿下と軽口を交わす。まさかあれほど警戒していた殿下とこうして何の気兼ねなく会話を……ましてやリラックスできるとは……一度目の人生では在り得ない光景である。


「これ、お腹、空いてるでしょ?」


「ありがたく頂くよ、シュビア嬢」


「うん」


 いつもの如く殿下の隣にはシュビア嬢も居て、気を遣って料理を数品盛った皿まで用意してくれていた。


 こういった場は食事よりも人との交流に重きを置くので、人に囲まれると全く料理に手を付けられないこともザラである。正に今回の俺はその典型例で、この差し入れはマジで助かる。遠慮なく料理にがっつく俺を見て殿下は楽しそうに笑った。


「本当に腹が減っていたんだな、これなら持ってきたかいがあると言うものだ。なあ、シュビア?」


「はい、そうですね」


「かたじけないです」


 一瞬にして料理を平らげた俺を見て、殿下は言葉を続けた。


「全て、終わったな」


「────はい。クロノス殿下とシュビア嬢には本当に助けてもらいました。ありがとうございます」


 感謝の意を示そうとすると殿下とシュビア嬢は頭を振る。


「それはこちらも同じだ。国を救ってくれてありがとう……それに友の頼みを聞き届けるのは友として当然のことだ」


「それでも言わせてください────ありがとうございます」


 本当に二人には助けてもらった。最初は俺の方から結構距離を取って、結構失礼な態度を取っていたのに、彼らが居なければ今のクレイム・ブラッドレイはいなかったかもしれない。だから、例えこの二人が当然のことをしたと思っていても、俺はそれを当然だとは思わないし、しっかりと誠意は見せたかった。


 改めて、頭を深く下げた俺を見て殿下たちはやはり穏やかに笑って見せる。


「本当に律儀だな」


「そんなことないですよ」


「いいや、律儀さ────それで、ちょっとした疑問なんだが、レイは()()()()()()()()()()?」


「え?」


 唐突な殿下の質問に俺は首を傾げる。


「いや、急にこんな話をしてすまない……だが、やはり気になってしまってな。龍伐を成し遂げた英雄が思い描く未来の展望を是非とも聞いてみたいと思ったんだ」


「展望、ですか……」


 冗談交じりに殿下は言うが、それは確かに彼の本音でもあるのだろう。そうして俺は思い出したようにその言葉を反芻する。


 本来────二度目の人生が始まった当初は全てを投げ出して、平穏なスローライフを送るのだと息巻いて、調子に乗らず、そこそこの実力を付けて隠居しようなんて考えていた。しかし、それが〈影龍〉によって全て狂い。俺はつい先日まであのクソトカゲを殺し、アリスと爺さんの祝福(ノロイ)を解くことだけを考えて生きてきた。


 その目的が成された今、改めて俺は────クレイム・ブラッドレイはどんな人生を思い描くのか?


「……正直、何も思い浮かびませんね」


「────そうか」


 それは本心から出た言葉であった。


 今はただ目的に向かって我武者羅に走り続けてきた結果を受けての休憩期間のように思えて、全く思いつかないと言うのが正直なところだ。勿論、平凡で平穏なスローライフを諦めたわけではないが、それを実現させるには当初と条件が違いすぎるし、望む理想も変化してしまった。だから、今はゆっくりとこの遅れてやってきた達成感に浸っていたいような気もする。


「急にこんなことを聞いて悪かったな!もし、行くところに困ったのならいつでも俺のところに来い。好待遇で近衛騎士に召し抱えることを約束しよう」


「ははっ、それはとても魅力的ですね」


「だろう?」


 俺の何ともパッとしない答えを聞いて、殿下はやはり冗談交じりに言った。やはりこの人は最初からブレないな。


「それじゃあ、そろそろ俺達は行くよ。パーティー楽しんでくれ」


「はい、ありがとうございます」


 そうしてクロノス殿下とシュビア嬢は別の貴族の元へと挨拶に行ってしまう。そんな二人を見送り、俺はふと空になった皿に視線を遣る。


「もうちょっと食っとくか」


 幸運と言うべきか、先ほどの殿下の牽制がまだ効力を発揮しているのか俺に声を掛けようと機会を見計らっていた貴族たちはまだ周囲を警戒していた。この隙を逃す道理はなかった。


 ────折角の王城のパーティーで振舞われる料理だ、是非とも色々と堪能したいところだ。


 なんて思考を巡らせながら、足早に料理などが並べられているテーブルに近づくとそこには一人大食い大会をしている勇者殿────ヴァイスが居た。


「全然見つからないと思ったら、こんなところにいたのかヴァイス」


「あ、レイくん!」


 声を掛けると彼は勢いよくこちらを振り向いて満面の笑みを向けてくる。その口元には料理のソースや食べかすなんかが付いており、テーブルの上には空になった皿の数々が重ねられている。こいつ、いったい一人でどれだけ食べたんだ?


「レイくんも料理を食べにきたの?」


「まあ、そんなところだ」


「俺のオススメはね!どれも絶品なんだけど、その中でもこの肉料理とスープ!」


 日々の鍛錬で鍛え上げられた彼の鋼の胃袋はそれでも満足することは無く、依然として料理を口に運びながら美味しかった料理を教えてくれる。郷に入っては郷に従え────は少し違うかもしれないが、この会場の料理を一通り食べた彼の言を信用して、俺はオススメされた二品を食べてみる。


「おお、確かにこれは美味いな。肉は絶妙な塩と焼き加減だし、このスープもいろんな食材の出汁が感じらて深い味わいだ」


「でしょでしょ!?流石、レイくんなら分かってくれると思った!!」


 思わず漏れ出た感想を聞いて勇者殿は嬉しそうに破顔する。その屈託ない表所に、俺はふと反射的に言葉を紡いでいた。


「改めて、ヴァイスには色々と迷惑をかけたし、助けられたな……本当にありがとう」


 今回の〈龍伐大戦〉、影の主役は彼と言っても過言ではない。〈影龍〉を直接倒した俺に注目が向けられているが、その後の始末は彼無くしたは不可能だった。


 何となく覚悟して、事前にヴァイスに頼んでいたこととは言え、俺は〈影龍〉を倒した後すぐに龍の血に耐え切れず龍人に成り、〈魔〉に呑まれて自我を失い暴走してしまった。あのまま彼が俺を止めてくれなければ、今頃俺がどうなっていたのかは考えたくもない。だからこそ、俺の不始末をしっかりと押さえつけてくれた彼には感謝してもしきれない。


 そんな俺の言葉を受けて勇者殿はあっけらかんとして答えた。


「何言ってるのさレイくん!お礼を言うのは俺の方だよ!」


「え?」


「だって、レイくんが居なかったら今の俺は居ないも同然なんだ。レイくんがあの時────学院の寮で優しく接してくれて、クラスで虐められていた俺を救ってくれて、しかも強くなるために鍛錬を付けてくれて……それが無かったら今の俺は存在しない!感謝するのは俺の方で、レイくんが迷惑に思っていることなんて俺からすれば全く、これっぽっちもそんなことないんだよ!寧ろ、レイくんに恩返しができてうれしいし、頼りにされて嬉しい!」


 屈託のない彼の言葉に俺はどう反応していいのか分からなくなる。


 まさか彼があの時の事をそんなに恩義に感じているとは思いもしなかった。だって、俺としてはただやりたくてやったことなのだ。我慢できなくて手を出してしまったようなものだ。言ってしまえば自己満足で、けっこう無茶苦茶な事をした記憶だってある。だからこんな感謝されるようなことじゃあ────


「だから、お礼を言うのは俺の方!本当にありがとう!!」


「そう、か……」


「うん!!」


 言いたいことが言えて満足した勇者殿は元気よく頷くと、再び食事を再開する。どうやら彼の一人大食い大会はまだまだ続くらしい。願わくば、彼がこの会場の料理を一人で全て平らげないことを願うばかりである。


 何となく、俺はこれ以上料理を食べる気にはなれなくて、ヴァイスの元を後にして人気の少ないテラスに移動することにした。


「はぁ……」


 陽が完全に落ちて、薄暗いテラスはぼんやりと夜空に浮かぶ月に照らされていた。流石にこの時間ともなると外は肌寒くて、人気がないのも納得だった。しかしながら、今はその寒さが心地よく思えて、ぼんやりと夜空を見上げながら先ほどの殿下たちやヴァイスとのやり取りを思い返す。


「感謝してる……か────」


 それは彼らに限らず、今日は色んな人に同じようなことを言われた。


 俺からしてみればその言葉はむず痒くて、どこか自分に贈られるには分不相応な言葉に思えてならない。なにせ一度目の人生は人に感謝されるのとは真逆の事をして生きてきたのだ。結局のところ今回のことだって自分の為にしたことであって、誰かに褒められるような高尚な理由なんてない。全部、自分の不始末、尻拭いをする為に奔走した結果なのだ。


「慣れねぇなぁ~……」


 だから、なんだか感謝されるのは違う。俺のような────怠惰で傲慢なクレイム・ブラッドレイに贈られるには過ぎた言葉に思えてしまう。


「何が慣れないの?」


「────え?」


 そんな自問自答をしていると不意に背後から聞き馴染みのある声がする。反射的に声のした方へ振り向くとそこには────


「漸くしつこい貴族連中から抜け出せたわ」


 何処か不機嫌で、疲れた様子の白銀の少女がいた。


「フリージア……」


 その姿は普段の制服姿とは違って、蒼いドレスに包まれていた。彼女の代名詞とも言えた白銀の長髪は肩口でバッサリと切りそろえられ、まだ見慣れない所為かちょっと違和感を覚える。けれどもそれは本当に一瞬の事で、綺麗な彼女にはどんな髪型であろうと似合ってしまって、正直に言えば普段とはだいぶ違った雰囲気と装いに見惚れてしまった。


「こんなところで何してるのよ、英雄さん?」


「勘弁してくれよ……いろんな人に言われすぎて若干ゲンナリしてきてるんだ」


「あらそうなの?その割にはさっき、可愛い女の子に「英雄さま!」なんて囲まれて満更でもなかったようだけれど???」


 何処か棘のある彼女の言葉に、しかして俺は頭を振る。


「────んなわけないだろ。なんなら知らない女性にいきなり囲まれて過去のトラウマが再発しかけたわ……」


 脳裏に過るのは学院に潜む怪異────基、淫魔集団のエロフ達である。マジであの時の事がトラウマすぎて、女性に囲まれると恐怖が反射的に思い返されるのだ。奴らが俺に植え付けた傷の根は深すぎる。エロフ許すまじ……。


「トラウマ……?まあ、他の女に鼻の下を伸ばしていないならそれでいいのよ」


「はぁ?」


 嫌なことを思い出して身震いしているとフリージアはわざとらしく咳払いをして話を戻す。


「それで、こんなところでなにしてるのよ?」


「何って別に……ちょっと疲れたから静かなところで一休みってのと、ちょっと考え事をな」


「……考え事?」


「ああ」


 可愛らしく小首を傾げる彼女に俺は言葉を続ける。


「今日はいろんな人に感謝される日だなぁ~とか、この先の未来の展望をぼんやりと考えてた」


「展望……」


 思えば彼女とも一度目の人生では考えられない程に長く濃い付き合いだ。最初はまあ当然なことながら酷く毛嫌いされて、かと思えば人生の大半は彼女に大きく振り回された。俺の目立たない凡人ムーブが封殺されたのは全て彼女が原因と言っても過言ではないだろう。


 ────それでも、今思えばそれも悪くないって思えちまうな。


 終わり良ければ総て良しとはよく言ったもので、今では彼女に感謝する程だし、本当に彼女にも助けられた。


「フリージアにも本当に色々と助けてもらったよ、ありがとうな」


「別にそんなことは────」


「いや、本当にフリージアには助けられた……言葉だけじゃ足りないくらいにな。だから何か困ったことが在ったり、助けが欲しい時は言ってくれ。俺にできることなら────いや、仮にできないことだとしても、お前の為なら俺はなんでも協力するし、叶えてやるよ」


「ふぇ!?」


 俺の続けられた言葉を聞いて彼女は急に奇声を上げて、急にこちらに詰め寄ってくる。


「い、今!なんでも叶えるって言った!!?」


 白肌の頬を紅潮させてフリージアは確認するように尋ねてくる。その何処か緊張した様子に俺は困惑しながらもハッキリと頷いて見せる。


「え?ああ、うん。言ったけど……なんだフリージア、顔が赤いぞ?もしかして夜風が体に障ったか?それなら中に戻って────」


「まだ話の途中でしょ!それで!本当に何でも叶えてくれるのよね!!?」


「だからそう言ってるだろ……え、なに?お前、俺にどんな無理難題を押し付けようとしてんの?」


 流石にここまで念を押されて確認されると不安になってくる。しかし、漢クレイム・ブラッドレイ、一度吐き出したつばは飲み込まない。どんな無理難題が来ようとも真摯に向き合うつもりである。


 そうしてこのまま自身の願いを言おうとしているフリージアの次の言葉を待った。件の少女は何度も深呼吸をして、顔を真っ赤にさせて、十分な時間を使って準備を整えると、漸く言葉を紡いだ。


「────わ、私の側にずっと居て!!」


「おう、わかっ────へ?」


 溜めた割には短い彼女の言葉。どんな難題が飛んで来ようとも一つ返事で俺は彼女の願いを叶えて見せようと身構えていたが……え、今この公爵令嬢はなんて言った?


「だから!今後の人生、ずっと私の側に居て欲しいって言ったのよ!なに!?もしかして叶えられないの!!?」


 思わぬ願いの内容に思わず聞き返してしまうと、彼女は発狂したように捲し立て、更に顔を真っ赤にさせた。


「いや、別に叶えられないわけじゃないけど────本当にそんなのでいいのか?」


「んな!?人が思い切って言ったお願いを「そんなの」呼ばわりとは何事よ!!」


「いやだって俺達婚約者だし、別にこのままお前が俺との結婚を拒まなければずっと一緒にいることになるだろ……」


「────」


 激昂した勢いで殴り掛かってこようとするフリージアを制止して、俺は至極順当な仮定の話をする。しかし、それを聞いた少女は何故か絶句してしまい、壊れた人形の様にぽかんと大きな口を開けてしまった。


 ────花も恥じらう乙女がそんな間抜け面を晒すのはどうかと思うよ?


 なんてアホな事を考えていると、今度はわなわなと肩を震わせて物凄い形相でこちらを睨み、そして叫んだ。


「だって貴方、私と結婚するの嫌そうだったじゃない!!?」


「いッ!?」


 耳を劈くほどの悲鳴にも似た彼女の言葉はまだまだ続く。


「周りが私たちの事を「婚約者」って認識してるとそれとなく否定しようとしたり!私はできるだけ長い時間、レイと一緒に居たいのにあなたはさり気なく距離を取ろうとするし!頑張ってレイの好みを知りたくてオシャレしてみても全然気づいてくれないし!可愛いって言ってくれないし!手だってつないでくれないし!エッチなこと全然してこないし!!」


「ふ、フリージアさん?」


「そりゃあレイがアリスとフェイド卿を助けるために必死で、一生懸命で、そんなことしてる暇がないってのは分かってたけど……それでも、少しぐらいは意識してくれてもいいじゃない……そんなに私はレイにとって魅力のない女なの?」


 宝石を思わせる蒼い双眸には大粒の涙が溜まり、今にもそれらは決壊しそうで、何よりも俺と彼女との間には明らかな認識の齟齬があった。


「そんなことは……俺はてっきりフリージアは俺みたいな男なんかと結婚なんてしたくないものばかりと。実際に小さい頃にそう言われた記憶あるし……」


「言ったけど!確かに言ったけれどもね!?だとしてもいったい何時の話をしてるのよ!!六年半もあれば人の気持ちなんて簡単に変わるにきまってるでしょ!!?」


「いや、でもハッキリと本人の口から聞くまでは断言なんてできないだろ……?」


「逆に!あんなに!べたべた貴方の周りをうろついて!剰え!貴方の寝室に忍び込んで!()()()()()()()()()()()()()()()!嫌いなわけないでしょ!普通にメチャクチャ結婚したいわよ!!レイと一生一緒に添い遂げたいわよッ!!と言うか、剣術大会の時に「愛してる」って言ったじゃない!!?部屋で「好き」って言ったじゃない!!?」


「あれは俺を元気づける為の言葉的な……?」


「そんなわけないでしょ!?全部本気よッ!!どういう解釈の仕方よ!?バカなの!?アホなの!!?」


 遂に堪えが効かなくなったフリージアは俺の胸ぐらに掴みかかり、勢いよく右手を振りかぶる。


 ────こ、これはかなりお怒りだ……!?


 こんな祝いの席で婚約者と喧嘩をして、しかも思い切り殴り飛ばされたのでは洒落にならない。何とかして今すぐに激昂した彼女を宥める必要があるのだが、如何せんその妙案が都合よく思いつくはずもなかった。


 ────どうすればいい!!?


 脳を最高速で回転させて、思考を巡らせるがやはり上手く考えはまとまらない。意識を目の前に戻せば振りかぶられた拳は今まさに俺の顔面を貫こうとしていた。


 ────ここまでかッ……!!


 反射的に目を瞑り、次の瞬間に襲い掛かるであろう衝撃に備える。しかし────


「…………あら???」


 実際に振りかぶられた右拳が俺の顔面を貫くことは無く、力なく俺の胸を小突く程度で収まる。予想に反した現実に俺は呆けた声を上げると、いつの間にか俺の胸に顔を埋めていた婚約者殿はぼそりと呟いた。


「────って言って……」


「え?悪い、なんて???」


 だが間が悪いことに俺の耳はその言葉を聞き逃してしまう。怒られるのを覚悟で聞き返すと今度はしっかりとこちらを見上げて彼女は大声で言った。


「私と結婚してもいいと思ってるならプロポーズして!ずっと一緒に居てくれるって誓って!!」


「────はい?」


「最初は親同士が勝手に決めた政略結婚だったけど、私はもうそんなつもりはない!本当にレイが好きだから、レイを愛してるから結婚したい!それを証明するためにちゃんとプロポーズして欲しい!あと、私まだレイから好きだって言ってもらったことないじゃない!!そんなの不公平よ!!」


「えぇ……」


 これまた予想外なフリージアのお願いに俺は困惑する。どうやら彼女は俺が思っているよりこの件を重く受け止め、考えていたらしい。


 言いたいことを言い切った眼前の少女は我慢ならなかった涙を零しながらこちらを真っすぐに見つめる。これはもう彼女の言う「プロポーズ」とやらをしなければ今度こそ殺される雰囲気だ。それを抜きにしたって、乙女心的にこういうのは男から言ってほしいのだろう。


 ────それになんでも叶えるって約束しちゃったしな。


 思えば、二度目の人生へと死に戻ってからこんな日が来るとは予想もしなかった。こんなにも彼女に慕われるほどの関係を築けるとも思わなかった。ただ、一度目の破滅の未来を阻止することだけに、平穏に生きていくことだけを考えった結果がこれならば、随分と出来すぎなような気もする。


 ────本当、人生と言うのは何が起こるか分からない。


 それを悉く思い知らされる。


「……一回しか言わないから、絶対に聞き逃すなよ?」


 深呼吸をして、俺はフリージアを見つめ返す。覚悟を決めた途端に心臓の鼓動が急加速して、音が異様に煩く、体内に響き渡る。


 まだ今後の人生をどうするかはわからないし、何も決まっていない。仮にやりたいこと、理想を見つけたとしても正直、自分の思い描く未来を掴み取れるかなんてのは不明だ。何もわからないことだらけで、不安だらけ、けれども今、この瞬間に俺は────クレイム・ブラッドレイは思い描く理想の一つを手に入れた。


「俺、クレイム・ブラッドレイはフリージア・グレイフロストの事を愛している。どうか俺とずっと一緒に居て欲しい……結婚しよう」


「ッ────ハイ!!」


 それはここまで俺の事を想ってくれる一人の少女と一緒に幸せになると言うこと。


 満面の笑みで頷く彼女はやはりとても綺麗で、一度その気持ちを言葉にした途端に今まで抑え込んでいた感情が溢れ出てくる。そうして俺は、つい先ほどからテラスの入り口付近で俺達のやり取りを盗み見している観衆(ギャラリー)の存在(フリージアは気づいてない)を認めて、


「この前はお預けにしちゃったからな────」


「え?ッ────!!」


 それでも今の告白を噓にしない為の証明(くちづけ)をする。


 完全に虚をつかれ驚愕した様子のフリージアに、その背後からは俺達の誓いを祝福する歓声と野次とが爆発するように沸き起こった。その日、俺達は改めて、今度は自分たちの意思で婚約者になった。


 それが、クレイム・ブラッドレイが全てを終えた後に初めて行った未来への行動である。


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