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第148話 顛末

 酷く、懐かしい夢を見た。


『ぎゃはははッ!これでもくらえ真っ白女!!』


 それは幼き頃の愚かな自分。同い年の、白銀の長髪が綺麗な女の子に悪戯をしては上機嫌に高笑いをしている。悪戯をされた少女は悲しそうに表情を静めて、見たくないモノから目をそらすように背を向けてしまう。


『おいそこのお前、邪魔だ!クレイム・ブラッドレイ様の道を塞ぐとは生意気だなッ!!』


 自分勝手で調子に乗っていた自分。大した努力もせずに、生まれ持った才能に胡坐をかいて傲慢に、怠惰に生きてきた愚か者だ。


『愛してます、クレイム様……』


『ああ、俺もだよレビィア……』


 騙されているとも知らずに悪事に手を染める自分。どれだけの人に迷惑をかけて、どれだけの人を不幸にしたのか、その時の俺にはそんなのどうでもよくて、ただ眼前に迫る肉欲に溺れていたクズだ。


『ふざけるな!この俺が何をしたって言うんだ!』


 終いには唯一信じた女性にも裏切られ、公衆の面前で反逆者として晒上げられた。


『この際、誰でもいい!助けてくれ!!』


 それでも死にたくない一心で、これまで迷惑をかけ続け、信頼関係も何もないただの他人同然の顔見知り達に助けを乞う。しかし、誰に助けを求めても誰も手を差し伸べてくれるはずが無く、愚かな自分は絶望するしかない。


『やれ』


『あ────』


 最後は首を無残に切り落とされて死んだ。痛みや、苦しさに藻掻く猶予すら与えられない。何せ、一瞬の出来事だ。視界がぐるりと一回転したかと思えば暗転するように何も見えなくなってクレイム・ブラッドレイの一度目の人生は幕を閉じた。


 どうしてこんな夢を今更見ているのか? 何となく察しはついていた。


 ────終わっちまったか……。


 自分は死んだのだと。忌まわしきあのクソトカゲを殺し、龍の力に抗えなかった情けない龍人────クレイム・ブラッドレイは光の〈勇者〉の手によって打たれたのだと。最後にした約束をヴァイス()はきちんと果たしてくれたのだ。


 ────最後に申し訳ないお願いをしちまったが……。


 けれども、どうしてまだ自分はこんな独白をできているのか。


 ────死んだのなら、潔く消えればいいものを……。


 眼前は真っ暗で、これが所謂「死後の世界」だとで言うのだろうか。本当に最後の最後まで俺と言う人間は生き意地が汚い。こんな状況になってもまだ意識だけでも生に縋ろうとしているのだから、自分のことながら笑えない。


 そんなことを考えていると不意に光が薄らと差し込んでくる。その感覚には覚えがあって、瞼の裏から陽の光を感じるような温かさと既視感は果たして────


「……は?」


 深い眠りから目が覚めるときと全く同じ感覚であり、俺は目を開けて意識を覚醒させた。


 見覚えのある天井、見覚えのある周囲の景色、そこは一度目と二度目の人生で何度も過ごした自分の部屋であった。けれども俺はあの時、確かにヴァイスの必殺の一振りで死んだはずだった。だと言うのにこれはどういうことだろうか。


 ────まさか、また〈刻龍〉が刻の権能を使って俺を過去に……!!


 それはまるであの時と────一度目の人生を終えた直後と同じ感覚であり。俺は急いで自分の姿を確認する……が、姿見に映った自分は全身が痛々しく包帯に包まれていて、見るも無残な大けがを負った目つきの悪い見覚えのある青年であった。


「よかった……」


 ホッと胸をなでおろし、安堵する。どうやら最悪の事態────三度目の人生のやり直しが起きたわけではないらしい。


「あのクソトカゲ二号もしばらくは力を使えないって言っていたし当然か……」


 寝起きの所為か、まだ頭の回転が鈍い。以前、〈刻龍〉が言っていたことを漸く思い出して俺は再びベットに身を深く沈みこませた。


 眼が冴えるにつれてどんどんと自分の状況がどれだけ酷いのかを思い知る。全身が軋むように激痛を訴えて、無数にある傷口は塞がっている途中の所為なのかむず痒くてたまらない。何よりも全身を駆け巡る魔力と血液の感覚がおかしい。まるで決して交わることの無い水と油を無理やりに調和させて瓶の中に閉じ込めているようなその違和感が何よりも不快感を覚えた。そうして。自覚する。


「そうか……死ななかったか────」


 俺は本当に生きていたのだと。


 その理屈はイマイチ分からない。あんなことをして、自我を失い完全にバケモノへと成り果てた自分が今もこうして全く何の不都合も無く生きていられるのか、それが全く分からない。


 改めて体内を巡る血に意識を傾ける。どういうわけか体内に流れる龍の(チカラ)はとても静かで暴れだす気配はない。あれほど身体を蝕み、苦しめ続けていた吸血衝動は微塵も湧き起らず、〈魔〉に堕ちた意識も元通りだ。


「……どうなってるんだ???」


 誰かにこの要領を得ない状況の説明をしてほしかったが、生憎と部屋には自分一人で放置されていた。


 人の気配は感じられる。これなら呼べば誰か来てくれるだろうと思考を巡らせたところで────


「レイッ!!」


「目が覚めのですね、お兄様!!」


 部屋の扉が静かに開かれる。聞き覚えのある声に部屋に入ってきたのは二人の少女────フリージアとアリスだった。中に入ってきた二人は目覚ましている俺を見て驚き、咄嗟にそばに寄ってくる。そうして容赦なく俺に抱き着き、その勢いのままに泣き出してしまった。


「うぉっと……!!」


「よかった!本当に目が覚めてよかったわ!!」


「もうこのまま一生目を覚まさないのかと……!!」


「ちょ、二人とも落ち着け!傷が……!開いてまた酷いことになっちゃうから!?」


 嬉しい再会。当前のように俺の前に現れてくれたアリスに、無事に生き残っていたフリージアを見て嬉しく思うが、それを上塗りするかのように全身を激痛が襲う。もう情緒がぐちゃぐちゃである。


 詳しい話を聞こうにも、二人の少女は絶対に離すまいと俺の身体に依然としがみ付いて鼻水垂らして泣いている。嬉し泣きしてくれるのは良いんだけれども、その勢いで人の寝巻で鼻をかむは止めようね? ばっちぃからね???


 ますます状況が混乱する中で、呆然としていると更に部屋に誰かが入ってくる。


「今回は随分と遅いお目覚めだなレイ!」


「……おい、助けろ爺さん」


「なんで?」


 誰かなんてのは声だけで分かるクソジジイだ。俺の置かれた状況を見て茶化してくるクソジジイに俺は助けを求めるが奴は一向にムカつく笑みを浮かべるばかりである。どうやらこの爺さんは俺を助ける気はないらしい。


 ────目が覚めて早々、ご挨拶だな。


「じゃあせめて説明ぐらいはしろ。〈龍伐大戦〉はどうなった?」


 腹を立てていても仕方がないので俺は代わりに説明を求めた。そうして眼前の爺さんはさも当然の様にひらひらと右腕を動かして(・・・・・・・)、言葉を続けた。


「御覧の通り、全て終わったよ。お前は〈影龍〉を見事殺し、俺とアリスの祝福(ノロイ)を解いて見せた」


「じゃあ俺がこうなっている理由は?」


「そいつの説明は簡単だ。レイ、お前一ヵ月も目を覚まさなかったんだぞ?」


「────は?」


 そうしてその言葉に俺は素っ頓狂な声を上げるしかなかった。


 ・

 ・

 ・


 爺さんの口から語られたのは今回の事の顛末であった。


 龍伐を成し遂げ、大戦は終わりを迎えた。ごく一部ではあるが〈影龍〉に心酔した狂信者たちによってザラーム平野と帝都の戦火は直ぐには引かなかったらしいが、その残り火を悉く目の前の老兵が鎮火させ、本当に綺麗さっぱり終わらせたのだとか。


 ────祝福(ノロイ)が解けた瞬間には王国を飛び出して戦場に姿を現していたとか、やっぱこの爺さんは頭がイカレてる。


 予定にない爺さんの登場に、その時の戦場は両軍ともに困惑しただとか……本当に心中お察しします。


 戦後処理としては帝国は主を完全に失い、代役として国の頭目に祭り上げられた帝国貴族の一人が王国に完全降伏を申し出て、今回の騒動のしりぬぐいをする為に様々な賠償を支払ったり、王国の属国になることで話は落ち着いたらしい。


 元々いた皇帝一族は龍によって滅ぼされ、独裁者として君臨していた〈影龍〉も世界から消えた。ある意味で、帝国が国として存続していくためには属国化するのが最適解とすら言えたし、王国も慈悲を以てそれを承諾したのだ。


 ────まあ、みんながみんな龍の被害者みたいなものだしな。


 そんな協議が俺の寝ている間に行われていたようで、漸く王国側は戦後処理が一段落してきたのだとか。王都や近辺の街村にも戦火は広がることなく、本当に戦争が起きていたのか不思議なくらいには平穏だったと言う。こう言っては帝国側には申し訳ないが、変な飛び火が起きなくてよかったと思う。


 次に俺の身体の事だ。


 完全に死んだと思っていた俺がこうして無事に生き残り、目を覚ませた理由の全てはアリスのお陰だった。彼女の身体に流れる”血”の姫君の力によって俺の身体を蝕んでいた龍の力や〈魔〉の吸血衝動は抑え込まれ、一命を取り留めたらしい。完全に身体の中から消えたわけではなく、依然として体内には二つの力は健在であるが今は彼女の力によって安定しているとのことだ。


 ────助けられてばかりだな……。


 そうして最後はアリスと爺さんの祝福(ノロイ)だ。


 目が覚めて、二人の姿を見た瞬間に何となく察しはついていたが問題なく祝福(ノロイ)は二人の身体から消え去り腕も視力も魔法も元通りになった。これに関しては本当に良かった。


 泣きじゃくるアリスの紅玉を思わせる双眸には確かに爛々と光が宿っていて、微塵も動く気配のなかった爺さんの腕は以前の様に自由に動き、元気すぎるぐらいである。その二人の姿を見ただけで、これまでの全てが────後悔や息苦しさが晴れて、これまでの努力が、血反吐を吐いた全てが報われた気がした。


「本当に、全部終わったんだな……」


「ああ」


 語られた数々の事の顛末を聞き終えて、俺は深く息を吐く。


「お兄様!アリス、アリスは────!!」


「あーもう、いつまで泣いてるんだよ。見ての通り……とはいかないが俺は生きてるし、アリスも目が見えるようになったんだ。そんなに泣いてたらせっかくの可愛らしい顔が台無しだぞ?」


「ひぐっ……お兄様ぁあああああああああ!!」


 依然として俺の胸で泣きじゃくるアリスの頭を優しく撫でて宥める。すぐ真横から「私も撫でろ」と無言の圧力で公爵令嬢が訴えてくるので序でにそれも撫でる。


「ふふん────!!」


 満足げにだらしない笑みを零す婚約者にも心配をかけたと思うと申し訳なく思う。最後まで残っていた問題が自分だと知ると罪悪感が這って出てくる始末だ。


 漸く落ち着き始めた二人を見て、爺さんは最後にと言葉を紡ぐ。


「とりあえず今は安静にしてろ。後で医者とかに様態を見てもらって、問題がなさそうならこれから忙しくなるぞ」


「これから?なんで?」


 爺さんの言葉に俺は首を傾げる。考え得る限り、もう目が覚めた頃には全てが終わっていて俺が何かに引っ張り出されるようなことは無いだろう。何処に忙しくなる要素があると言うのか────


「おいおい、今回の大戦の主役、英雄が目を覚まして何も起きない訳が無いだろう?今回のお前の活躍を湛えて、王国総出でこれを祝うと国王陛下は仰せだぞ?」


「……マジ?」


「大マジだ」


 爺さんの言に俺は絶句する。そんなに大したことは────まあしたのだろうが、別に俺はそんな褒められるようなことをしたつもりはなかった。


 龍を殺した理由は至極個人的なものだし、その副産物的に王国を救ったようにも思えるがそれは全くの勘違いだ。それに俺一人では今回の勝利はなかったわけで────何が言いたいかと言うと、こうして俺だけ讃えられると言うのは釈然としない。


「まあ、レイの考えもわかるにはわかるが、お前はもう少し自分のしたことを自覚した方がいい。その功績を考えれば今回の主役はお前で決まりだし、誰も異論はないさ」


「……」


 俺の思考を見透かしたように爺さんが最後に沿う言葉を付け加えて、部屋を後にする。


 そうして取り残された俺はまだまだ泣き止む気配のない二人の少女の頭を屋しく撫で続け、とりあえず思考を放棄……基、問題の先延ばしをすることに決めた。

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