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第147話 英雄参上

 遠くから龍の嘶きが戦場に轟いた。


「「「…………」」」


 一瞬の静寂。誰もがザラーム平野に響き渡るその咆哮に耳を傾け、剣を揮う腕を止めて、意識を向けて、空を見上げていた。


〈影龍〉の眷属竜が忽然と戦場から姿を消し去ってから、戦況は確実に王国軍に傾いていた。しかしどういうわけか最後の最後で押し切れない。それどころか帝国軍の勢いが一層に増している気がする。それこそ自分の身を顧みずに、道連れでもいいから殺すと、やけ気味にだ。


 これによって王国軍の兵士は怯み、被害は僅かながら、しかして着実に広がっていきその数を着実に減らしていった。加えて仲間を庇って〈比類なき七剣〉も半分が重傷を負って前線から轢かざるを得なかった。その現状を受けて帝国側の士気は増すばかりで、やはり状況は芳しくない。


 どんどん帝国側に抑え込まれていく。焦れば焦るほど仲間は死んでいき、最優の騎士たちも自分の身を守るので精一杯であった。そんな折の今しがたの咆哮、そして明らかに動揺が伝播し始める帝国軍。


 ────何が起きた?


 何とか最前線に残り、戦線の崩壊を食い止めていた〈比類なき七剣〉の一人────ジルフレア・アッシュフレイムは一瞬にして戦場を支配した異様な空気に困惑した。


 既に〈灼熱魔帝〉と呼ばれた彼も魔力が底を尽きかけ、代名詞とも言える炎魔法がまともに扱えない状態。何とか日々の弛まぬ鍛錬により磨き上げられた剣技で仲間を鼓舞し続けるがそれにも限界があった。そんな時に龍の咆哮だ、身構えずにはいられない。


 ────今の嘶きは〈影龍〉の……?いや、それにしては少し声に違和感がある……。


「まさか、新しい龍が現れたわけじゃないよな……?」


 冗談交じりに思い浮かんだ可能性を吐露するがその実、彼の予想は正しく、帝都では新たな龍が誕生し今しがたの嘶きは産声のようなものでもあった。


 その事実を戦場にて、疲労困憊の彼が知る術が無いのは言わずもがな。まるで時間が停止したかのような静寂に依然としてどうすることもできない。正直、このまま何も考えずに、全てを放棄してぶっ倒れたい。魔力はもう無いに等しいし、全身は軋むように激痛を訴えてきている。こうして立っていることすら不思議なくらいには彼の身体は限界を迎えていた。


 ────だかって、ここで全てを投げ出すわけにはいかない……!!


 ここまで戦ってきた仲間の為に、国に残してきた大切な人々の為に、今もまだ幼い子供の身でありながら龍と対峙している尊敬するべき騎士たちの為にも、ジルフレアは自分が諦めると言う可能性を自分自身が許しはしなかった。


 それは強者の矜持。能力のあるものが果たすべき責務でもあった。だからこそ彼はボロボロになりながらも全身全霊で戦場に立ち、剣を揮っていたのだ。


「ウォオオオオオオオオオ────」


 そうして、自身を鼓舞するように灼熱の騎士は心に炎を灯して雄たけびを上げようとする。


「────わははははははははははははははははははははッ!!」


「…………え???」


 しかし、そんな彼の奮起は戦場に似つかわしくない、高笑いと一陣の剣風によって遮られた。


 その嫌に耳に響いて、過去の恐怖を呼び起こさせる声に王国側の兵士たちは聞き覚えしかなく、〈比類なき七剣〉であるジルフレアも思わず声のする方へと反射的に視線を飛ばした。そうして戦場に唐突に姿を現したのは紅血の騎士────


「────戦争は終わりだ、阿呆共ッ!!」


 フェイド・ブラッドレイ(・・・・・・)だった。


「なッ────フェイド様!!?」


 その姿にジルフレアは驚く。


 何せ、彼は〈影龍〉の祝福(ノロイ)によってその身は蝕まれ右腕と魔法の力を封じられている。その影響で彼は現役を退き、今は隠居して後世────細かく言えば自分の弟子の育成に注力していた。それでも彼は当然のように強かったが、戦場で戦えるほどではなかった。だから彼は今回の戦争には最初から参加することは無く、万が一の時の為に王国を守護すると言う理由で王都に留守番をしているはずなのだが、


「どうしてあなたがここにいるのですか!?王都の守護は!!?いや、そもそも貴方は右腕と魔法が使えず、到底しっかりと戦える状況では────ッ!!?」


「わはははははッ!お前の目は節穴かジルフレア!?俺は今、俺史上一番の最盛期真っ只中だ!!!!」


 なのにどういうわけか今の彼は自由に右腕で剣を揮い、全盛期────いや、それ以上の膂力で魔法を扱って、帝国軍を蹴散らしていた。


 全く、微塵も想像できなかった眼前の光景に絶句するしかない最優の騎士。しかしながら彼以外の────特に彼の英雄に直接指導を受けていた世代の騎士はあの時と何ら変わらない英雄の姿に歓喜していた。


「ああ……嗚呼ッ!これは何かの夢か!?まさかあの紅血魔帝が戦場に帰ってきやがった!!」


「傍若無人、理不尽極まりない俺らの鬼教官様がご帰還なさったぜ!!」


「ははッ……やっぱあの爺さんバケモン過ぎるだろ……」


 たった一人で、瞬く間に帝国軍を殲滅していく紅血の騎士の姿に感化され王国軍の騎士や兵士たちの士気が一気に盛り上がる。逆に言えば、この終盤に来ての理不尽の援軍によって帝国側は絶望していた。


「こ、こんなの無理だ……!!」


「影の力も無くなった!スカー様が倒された!?」


「もう駄目だぁ……お終いだぁ……!!?」


 この事実が示すところは何なのか……。ジルフレアは今しがたのフェイドの言葉とそして帝国軍の反応とを合わせて逡巡し、そうして思い至る。


「そういうことなのか……!!」


 彼が────クレイム・ブラッドレイがやってのけたのだと。この〈龍伐大戦〉の終焉を告げる「龍伐」を成し遂げたのだ!


「いつまで呆けてるつもりだジルフレア!!」


「────!!」


「このふざけた戦いを終わらせるぞ!ついて来いッ!!」


「ッ────ハイ!!」


 そこからのフェイドの大立ち回りは凄かった。ついさっきまでその身を祝福(ノロイ)に侵されていたとは思えぬほどの戦いぶりに王国軍も呆れかえるほどだ。


 あれほど拮抗していた戦況は一瞬で覆り、既にその均衡は絶対に覆らないモノとなった。戦うべき理由と仕えるべき主を失った帝国軍はみるみるうちに戦意が喪失し、これ以上無駄な血を流さない為にも一人の英雄が戦場に現れてから僅か数十分で完全降伏の意思を告げた。


「なんだ、もう終わりか……」


 それを見て彼の英雄は何処か残念そうに、まだ暴れたりない様子で蹂躙を止めた。それを見てジルフレア達は改めて思う。


 ────やはり彼も人ならざるバケモノの類であったらしい。と。


「よし、そんじゃあ俺は次に行く!」


「え?いったい何処に────ああ……」


「大事な弟子の出迎えにな!!」


 そうしてたった一人で戦争を終焉させた英雄はその流れで颯爽と帝都へと走り出したのであった。

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