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第136話 反転遊戯

 帝国最強の騎士に与えられる称号────〈五天剣〉。


 元々は代々国を治める皇帝とその国に住まう民を守る為の剣である五人の騎士は今や世界を見下す超越種が一体の〈影龍〉の体の良い小間使いに成り下がっていた。


 先代皇帝────ルインドベル・シェイドエンドが崩御してからどれほどの時間が経過しただろうか。シェイドエンドは皇帝の死を悲しむ間もなく、ひっそりと、けれども確かに彼の龍によっていつの間にか支配されてしまった。


 そうして〈影龍〉が帝国を納めてからは実に帝国最強と謳われた五天剣の存在も君主である〈影龍〉のみにしか意味を為していなかった。その数は以前まで五人であったが、クレイム・ブラッドレイとの一件で敗れてしまったタイラス・アーネルの席は未だ空席であり、〈影龍〉は新たにその席を埋めることもなかった。


 それは偏に〈影龍〉の怠慢によって人員の補充がされなかったわけではなく、様々な理由が絡み合った結果なのであるが……それでも彼の龍が齎した結果なのは変わりなかった。


 そうして今、クロノスとシュビアの眼前に立ちはだかった黒灰の騎士はその〈五天剣〉の第四剣であった。


「私の名はラミア・ガーロット。シェイドエンド帝国〈五天剣〉が一振り、そして影龍(・・)スカーシェイド様に仕える黒影騎士団の一騎士です。失礼ながら、お二人のお名前を伺っても?」


 クレイム達が完全にこの庭園からいなくなったのを確認していると、眼前の騎士はいつの間にかシュビアの拘束魔法から逃れていた。そうして恭しく名乗りを上げる。


「「……ッ」」


 その柔らかく高い声音から眼前の騎士は女性であることが察せられるが、それよりも二人は気づかぬうちに拘束から逃れた騎士に警戒を高めざるを得なかった。


 帝都────それもこの帝城に〈五天剣〉がいることを二人は予想していた。今もザラーム平野にて乱戦状態の王国軍と帝国軍。それを率いているのは〈五天剣〉と同格の〈比類なき七剣〉、それもその全員が陣頭にいる。果たして平野の主戦場に割かれた〈五天剣〉は如何ほどか、その正確な数は今のクロノス達には分からないがここに一人いると言うことは戦場の戦力差は明らかに傾く。


 普通ならば王国側がこの戦争に負ける要素はない。しかし、そこは〈影龍〉が率いる軍勢だ。王国側の予想だにしない戦法で以てザラーム平野を混乱に陥れているかもしれない。そのことを加味すると依然として平野の戦況は五分、油断は許されない。


 しかし、少なくとも目の前にいる騎士で平野にいる〈五天剣〉の数が減った。相手は明らかに格上、だが大見え切って仲間を送り出したのならば下手な姿は見せられない。


 ────全力でやるだけだ。


 クロノスは改めて兜の緒を締める。


「クロノス・クロノスタリアだ」


「シュビア・グラビテル……」


 少しの間を置いて二人は名乗りを上げる。それを聞いて何処か喜色の色を声に滲ませながら騎士は嘯いた。


「まあ!まさか王国の第二王子様だったとは……!それにお隣は婚約者様?大貴族のお二人がわざわざこんな敵地まで────相当、あの”血”の守護者の人望は厚いのね?」


「「……」」


 兜越しに首を傾げながら、しかして二人は女の質問には沈黙を持って返答とする。眼前の騎士の一挙手一投足に神経を研ぎ澄ませる。


 先ほどの四阿からの移動と拘束魔法からいつの間にか抜け出した身のこなし、たった二度の動きだけで警戒するのには十分すぎるほどに眼前の騎士は異質であった。そんな二人の思考を他所に女騎士は緊張感のない声で嘆く。


「そんなに怖い顔をしないでよ~……って言っても無理か。本当はこんなことしたくないのだけれど……これも命令だものね────」


 そうして黒灰の女騎士はゆったり赤色の槍を構え直して、冷たく言い放った。


「死ぬ気で抗いなさいな、そうじゃな罪悪感で押しつぶされそうだわ」


「「ッ!!」」


 刹那、女騎士はいつの間にかクロノスの直前まで肉薄し、赤色の槍を鋭く喉元に突き放った。


「クロノス様!!」


 攻撃の余波によりシュビアは咄嗟の後退しか許されなかった。魔力の発露はあの騎士から感じ取れなかった。ならば今の超速移動はどういう原理で引き起こされたものなのか。


 ────単純な身体能力……?いや、そんな事よりも!!


 思考が一瞬だけぶれる。まずはクロノスの安否確認が一番であるが────


「おお、流石は王子様。殺すつもりで行ったんだけどなかなかやるね~」


「舐め、るなッ!!」


 激しい鋼鉄の激突音と怒声。衝撃によって風が巻き起こり庭園の花が舞い散る。そこには既の所で槍を自身の宝剣で去なすクロノスの姿があった。戦闘の火蓋は既に切られた。クロノスの安否も確認できればシュビアは即座に体内の魔力を熾して魔法を発動させる。


「〈過重檻(グラジェイル)〉!!」


 それは彼女の魔力によって範囲してされた区画の重力が本来よりも重くなると言う魔法技。重力の重さは使用した魔力量によって変わるが────今回は十倍の重力負荷がかかるように設定をしていた。


「ッ!」


 長年の付き合いでクロノスはシュビアの魔法の予備動作を完全に把握しており、いち早く彼女が指定した区画からの離脱に成功する。そして女騎士はそれよりも数秒遅れて魔法の予兆に気が付いた。


 ────間に合うものか!!


 自身の魔法が確実に女騎士を捉えた!そう確信したシュビアであったが結果として────


「あら、またあの重くなる魔法?発動も速いし、油断してたらさっきみたいに圧し潰されちゃうわね~」


「んな!?」


 女騎士はまたしても不可思議な加速を遂げて、シュビアの魔法範囲から難なく逃れた。在り得ない光景に彼女は困惑し、気が動転しかける。しかしそこはすぐ隣まで来てくれたクロノスの言葉で平静を取り戻す。


「落ち着けシュビア。何も知らなければあの騎士がやっていることは意味不明だろうが、その種が分かれば呆気ないものさ」


「クロノス様……」


 脂汗を額にじっとりと浮かばせながらも毅然とした態度でクロノスはシュビアを宥めて見せる。そうして一旦距離を測り直した女騎士は態とらしく嘯いた。


「あらぁ?もしかしなくても私の能力ってバレちゃってる?」


「当然だ。王族ともなれば機密事項である帝国の〈五天剣〉の能力だって知り得ることは可能だ。それに────」


 女騎士の言葉に余裕の笑みを浮かべるクロノス。その言葉はまだ続く。


「────厳密に言えばその能力はお前ではなくて、その魔槍(・・)の能力だろう?」


「うーん、ご名答!完全にバレちゃってるわねぇ~……」


 クロノスの言葉に依然として女騎士はおどけて見せる。気が付けば彼女の手に携えられた槍の色が赤色から青色へと変色していた。


 ────伝え聞いていただけだが、実際に目にすると厄介な力だな……。


 クロノスは内心でぼやき、改めて青色へと変色した魔槍────〈双極の磁槍(リベルツヴァイ)〉を見る。


〈五天剣〉第四剣、ラミア・ガーロット────別名〈反転遊戯〉のラミア。その能力は魔槍〈双極の磁槍〉が主である。彼女が先代皇帝より下賜された魔槍は双極性の磁場をありとあらゆるモノに付与し、操作すると言う能力を持った武器だ。ありとあらゆるモノ……詰まるところ人や物体なんでもありの規格外の範囲であり、自由自在に付与した磁場で巧みに戦況を欺き、異様な攻撃速度で敵の命を刈り取る。


「赤は「+」、青は「-」、二つの属性を地面や俺達……自分自身にでさえ付与して高速起動の動きを可能としている」


「あらあら、本当に全部筒抜けみたい」


 困ったような素振りでおどけた女騎士はその反応とは裏腹に余裕綽々と言った感じだ。その実、自身の手の内が割れたところで彼女は眼前の子供二人に負ける気はしなかった。逆に言ってしまえば、クロノスはここまで分かった上で眼前の騎士に勝てる未来が見えなかった。


「それじゃあそろそろ本気で行きましょうか……貴方たちはどれだけ私についてこれるかしらね?」


「ッ────チっ!」


 気が付けばまたも魔槍の色が赤へと変化している。それに気が付いたのと同時に女騎士は動き出した。クロノスは咄嗟に周囲を見渡した。


 魔槍の色は「赤」、ならば自身と隣のシュビア、その他のどこかに「赤」か「青」の色の属性付与が見られるはずだった。忙しなく双眸を動かして最速で、しかし最短で細かな周囲の変化を見つけ出さなければいけない。


 そんなの言ってしまえば無理難題な話であって、仮に運よく属性付与の目印を見つけられたところで────


「クロノス様!背中に「青」の属性印が……!!」


「遅すぎるよ~。そんなちんたらしてたら目印を探してたらその内に私は君たちを百回はめった刺しにできるよ?」


 女騎士の言葉通り、攻撃を許す明確な隙に成り得る。シュビアの言葉でクロノスは即座に自身が攻撃の標的にされたことを悟り、防御の体制を取ろうとするがその前に騎士に魔槍が彼の肩を鋭く貫く。


「ッ────ぐ、ぁが!!?」


 苦悶の絶叫。視界に鮮血が舞い、深く抉り抜かれた槍が肩から引き抜かれると更に大量の血が噴き出た。


「大丈夫ですか!?」


「人の心配をしている場合かな~?」


 痛みに耐えかねて崩れ落ちそうになるクロノスの元にシュビアは反射的に駆け寄ろうとするが、それが許される道理はなかった。


「ッ!!」


 不意にシュビアの眼前へと肉薄してきた女騎士。その表情は兜に隠されて伺えないが、漏れ出た声は酷く呑気なものであった。


「貴方たちは婚約関係なのよね?なら、同じ「青」色の印をプレゼントしてあげる」


「〈過重────」


「だから遅いって~」


 気が付けば魔槍の色はまたも変化、「青」色へと成り替わって、シュビアの左胸にも同じ印が付与された。


「同じ属性は決して交わらない。どんなに近づきたくても世界がそれを許してはくれずに反発しあってしまう────」


 青色の魔槍の穂先がシュビアの左胸を貫こうとする。しかし穂先がシュビアの装備を突き破ろうとした瞬間に激しい斥力が発生して、彼女は弾き飛ばされるように四阿の方へと激しく吹き飛んだ。


「────ぐ、はッ!!?」


「それってとっても残酷で悲しいことだと思わない?」


 二重の意味(・・・・・)でとでも言いたげな女騎士の言葉。


 色とりどりの花弁が舞う戦場。その光景はどこか幻想的で、しかし巻き起こっている事象を考えれば何処か似つかわしくないちぐはぐな光景にも思えてしまう。そんな中舞う花弁が不自然に揺れた(・・・・・・・)


「ッ────なッ!!」


「声と気配を押し殺したのは正解。でもね、そんなハッキリと魔力の熾りが感じ取れちゃったら「気づいて」って言われてるようなものなの」


 不意に女騎士の背後の空間に飛んだクロノスの急襲は難なく防がれてしまう。苦し気な彼の表情に騎士は冷徹に対応する。


「そんなお粗末な攻撃で私を殺せると思っているなら勘違いも甚だしいわね────あなたも一緒に飛びなさいな」


 またもや魔槍の色が「赤」に塗り替わる。そうしてクロノスの胸にも「赤」の属性印が刻まれて、先ほどのシュビアと同様に四阿の方へと弾き飛ばされる。


「あがッ!!」


 大理石で作られた四阿はもはや原型を失い。その残骸の上には仲良くくっ付いた二人の姿。


「はぁ……啖呵を切るくらいだから期待したけれどこれじゃあとんだ期待外れね。戦闘技術と魔法の練度もお粗末すぎる。もう少し戦えると思ったのに……」


 心底残念そうに女騎士は言葉を漏らす。その最中でもクロノスとシュビアは微塵も動かずに呼吸をするだけで精一杯であった────否、そのように見せかけていた。


「シュビア、ちょっと無茶をする。ほんの数秒でもいいからあの騎士の動きを止めてくれ……」


「────承知、しました。このシュビアに、お任せください……」


 その瞳には先ほどのような絶望の色は見えず、確かな希望を宿している。


「行くぞ!!」


「はいっ!!」


 短いやり取りの最中、しかして次の瞬間には二人の距離は離れていた(・・・・・)


「へぇ、互いの魔法で強制的に魔槍の属性付与を無効化したか」


 同じ「赤」色の属性を付与されているクロノスとシュビア、本来であれば決して女騎士が付与を解かない限り引力によってくっ付いたままの二人は互いの血統魔法によってその距離を無理やり話すことに成功した。


 ────予想通りだ!


 片や空間に逃げ込み、片や重力魔法によって自身をその場に留めた。ぶっつけ本番で試したがクロノスの予測が的中し、そうしてここからが更なる博打であった。


「まあ、離れたところで長くは持たないだろうし、それに王子様の位置は魔力の熾りでハッキリとわか────ッ!!?」


 悠長に魔槍を「青」色に変化させて先にクロノスから仕留めることに決めた女騎士はしかし、次の瞬間にはその余裕そうな表情を驚愕の色に変化させた。


「座標が複数(・・)!?」


 そう、本来であれば【瞬空魔法】の空間から飛び出る座標は一つで十分。しかし、今の魔力制御がお粗末なクロノスではそれでは逆に自分の位置を晒してしまうことになる。ならば、その飛び出る位置を無数に用意して偽装すればいいと考えたのだ。


 ────そんな、簡単な話じゃないけどな!!


 事実、今の未熟なクロノスではそもそも複数の座標を魔力でマーキングするには相当な脳の処理能力と魔力が必要となり、そこまでの忍耐と技術を彼はまだまともに扱えはしない。


 計三十の座標設定、そしてそれを維持するための魔力供給。頭蓋を鋸で擦切られているような激痛に、大量に血を抜き取られるような虚脱感、ハッキリ言ってこんなことするなら死んだ方が楽に思えてしまう。それでも彼は自分の身を削ってでもこの方法を選択した。


「それなら属性付与を変更して貴方の攻撃を半自動で弾き返せば────」


「それは、無理でしょう?だって、あなたの魔槍の力はあなたが視界に収めた人や物じゃないと、作用しない」


 先ほどの余裕は消え失せ、二人に言い聞かせるように女騎士は叫ぶ。けれどもそれを自身に掛けていた重力拘束を解き放ち、女騎士へと飛び込んだシュビアが否定する。


「なに……を!!」


 魔槍の色は「赤」、対してシュビアに刻まれた属性付与は「青」だ。つまりは引力の関係。引き合うように彼女は魔槍に急接近していく。その自殺行為にしか思えない彼女の行動に騎士は咄嗟に魔槍の色を「青」に変えた。


「いいの?一度、属性を変えたら他の全部も付け直し(・・・・)なんでしょう?」


「ッ……なぜそれを────!!」


「だからあなたは、ずっと私たちを視界に入れて戦い続けた」


 それは一見すれば戦闘に於いては当たり前、相手をしっかりと見て戦うのは常識であった。だからこそ魔槍の欠点を巧妙に隠すことができた。


「一体いつから……!!?」


 怒鳴り詰問する女騎士。しかし、シュビアはその質問には答えず、魔法で以て返答とした。


「ここまで近づければ十分に届く────〈巨万の十字は龍を(グラビテル)も繋ぎ留める〉!!」


 それは極わずか、人ひとりを丁度囲めるかと言った範囲をしていして発動するグラビテル家の秘奥技。数千倍の過重を範囲内にいた全てに課す、断罪の十字架だ。


「まず────」


 女騎士は身の危険を察して咄嗟に回避に転じようとするがもう遅い。既にシュビアの魔法は完成しており、例え魔法の効果範囲から殆どその身を反らすことができたとしても確実に残った部分に魔法は振り落ちる。


「あがぁぁぁあああああああああッ!!」


 鳴り響く断末魔。彼女の放った〈巨万の十字は龍を(グラビテル)も繋ぎ留める〉はギリギリで残った女騎士の右足に全ての重力が降り注ぎ、圧し潰した。

 明らかな隙、行動を強制的に制限された女騎士は魔槍の力で何とか逃げおおせようとするが、それを見逃す道理は彼にはなかった。


 丁度、女騎士の目の前の座標に飛んだクロノスはそのまま地べたを這いつくばる女騎士の首を無常にも刎ね飛ばした。


「これで終わりだ────」


「やめ────」


 舞い散る彩鮮やかな花弁が噴き出た鮮血によって上書きされる。呆気なく地面に落ちた無数の花弁の傍らには鎧兜が打ち砕かれ、その素顔を露にした女性の首が転がった。


「何とか、勝ったな……」


「はい……」


 そんな異常な光景を見届けて二人の少年少女は死闘の終わりを実感する。結果は見事勝利ではあるが辛勝、見るも無残に二人は瀕死の状態であった。


 それでも勝ちは勝ちである。クロノスとシュビアは互いに身を支えながら、何とか先に進んだ仲間の元へと向かった。

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