第134話 帝都侵入
きっと、今頃ザラーム平野は激しい戦火の渦に飲み込まれていることだろう。けたたましい雄叫びと甲高く鳴り響く剣戟音、どこかから魔法の詠唱とそれによって齎された爆発音と苦し気な絶叫……実際に眼にしたわけでもないのに脳裏にはありありとその光景が想像できてしまう。
「さて……」
龍伐大戦が始まって約二時間が経過しただろうか、俺達は〈龍伐大戦〉の開戦と同時にスイルベルの森を抜けて、帝都〈シャードスケイド〉へ侵入していた。
初めて足を踏み入れた帝都はザラーム平野で繰り広げられている光景と比べてば不気味なくらいに平和で静かだった。そこは龍が納める国の首都なだけあってか、他の国とは異なる外観に異様な雰囲気が内包されている。至る所に黒い龍を象る紋章が掲げられ、大戦の影響からか外を歩いているのは武装している兵士のみだ。
────いや、一般市民は非難しているのか。
当然と言えば当然の話だ。いくらあのクソトカゲの身勝手で戦争が始まったからと言って、それに仕える人間の全ての倫理観が無いわけではない。王国と同じように……いや、それ以上に死の危険に近い帝国に住まう無辜の民が逃げているのは必然とも言えた。
────それでも、全員が全員逃げられてるわけじゃない……。
帝都の中でも貧困層の住民が住まう区画。その路地裏から盗み見るに、警戒巡回している兵士に混じって一般市民の姿も見受けられる。
「レイ様、行きましょう」
「……ああ」
その光景に申し訳なさと罪悪感を覚えながらも、俺はレビィアの先導に着いて行く。
何の騒ぎもなく、平然と帝都の中に侵入している俺達だが、本来ならば帝都の中に入るには城壁の東西南北の各一つにしかない関門を通らなければならない。だがそこは森の時同様、レビィアのお陰で何とかなった。
暗殺貴族である彼女の家系は帝都の至る所に張り巡らされている裏道や隠し通路を把握しており、その中でも極めて古く、立地や利便性の観点から既に使いもに殆どなっていない隠し通路を使って中に侵入できた。
勿論、俺達の陣営に帝国出身のレビィアがいることはあのクソトカゲも把握しているだろう。だから少なからず帝都内の情報が漏れ出て隠し通路にも細かく警戒網を張っていると思っていたのだが、意外にもそれはなかった。
「多分、全ての隠し通路を警戒するのは不可能かと思います。確証はありませんが、採算が合わないかと……」
とはレビィアの言であり。彼女の話によれば帝都内には何百通り隠し通路や避難経路が張り巡らされており、それら全ての通路を警戒するのは実質的に不可能とのことらしい。
────だからと言って安心できるわけじゃない。
どこか嫌な感覚を覚えながらも俺達は依然隠し通路を使って〈影龍〉がいる帝城を目指す。
現在地が前述した通り貧民区画、北門と西門の丁度狭間に位置する居住区核である。ここから帝都の中央に位置する大通り周辺を目指し、更にここから南東へ行った先に件の帝城はある。
まだ帝都の中に入ったばかり、巡回中の兵士たちにバレぬように進まなければならないので本来よりも倍以上の時間を掛けて進んで行く必要がある。目的地までは複数の隠し通路を経由して向かし、これも出来る限り何処かしらに問題があって使用頻度の少ないものを選んでいた。
「ここら辺の道も経年劣化が酷いのでお気を付けください」
異様に天井の低い通路、今にも崩れ落ちそうな石階段、下水が近い所為か変な異臭がする水路……正しく誰がこんな道を通るんだと言わんばかりの、言ってしまえば悪路を進んで行く。
泥や汚れなんて気にしていたら負けだ。今回の為に気配を希薄にされる効果が付与された魔導外套が支給されたからって気にしない。一つ、数千枚の金貨が飛ぶほどの価値があるものだけれども気になんてしていられないのだ。
────アリスを助けるための尊い犠牲となってくれ……。
嫌に後ろ髪を引かれるような感覚を覚えながらも、レビィアは先へ先へと進んで行く。予め、事前の打ち合わせで帝都内の土地構造や使用する通路の概要は把握しているが、それでも彼女を見失って逸れでもしたら面倒だ。
それに、帝城に近づくにつれてあのクソトカゲは何かしらの罠やら待ち伏せを用意しているだろうと踏んでいた。何せ、俺達が今進んでいる道は帝城へと続く道なのがから、それつまり緊急時用の逃走経路としても扱われる道でもあると言うことだ。加えて、帝城に近づくにつれて隠し通路の数は限られていくし、そこまで行ってしまえば警戒の目星も付きやすくなる。
────今はザラーム平野での大規模な戦闘が始まったばかりで帝国側もその対応に気を取られているだろうが……。
クソトカゲの目的は平野の戦争意外にも俺との勝負だってある。やはり近づけば近づくほどに警戒はされていて当たり前だ。それは俺自身も重々承知していた。
だから城前の道はどれも警戒されて当然だ。
「とは思っていたが、これは中々……」
延々と続くとも思われた悪路横断もここまでまともな休憩も取らずに先導してくれいていたレビィアの制止で終わりを告げる。
帝都の大通りから、そこで分岐している水路を抜けてジメジメとした地下通路を渡り、そこの行き止まりで上へと昇れば丁度、城門前にまで出る筈だった階段の出口付近でその気配に気が付いた。まだこちらの姿と気配は発覚していない、バレぬように影から外の様子を伺うとそこには一目見ただけで数百人ほどの騎士や兵士が城門前の警戒に当たっていた。
「ど、どういたしますか、レイ様?」
手厚いクソトカゲからの贈り物にレビィアは不安げに尋ねてくる。敵がいるのは予想していたが、その予想の斜め上を言っているのだからそりゃあ驚いて、狼狽えてしまって仕方がない。そもそも今回の彼女は戦闘員ではないのだ。
「最初から消耗される気満々だな……」
まあ、こうなってしまえば仕方がない。一旦表に出れば身を隠す場もないしあの数だ、身を晒すのは大前提と言ってもいい。ならば、隠密行動はここまでと行こう。
「────よし、こうなったらもう変な気を使う必要はない。後は野となれ山となれ……好き勝手に暴れよう」
今まで我慢してきた分の欲求不満を全て精算と行こう。なにぶん、慣れない隠密行動の所為でうちの戦闘狂は今か今かと外に出て暴れるのを心待ちにしている。
「やった!どっちが多くあの騎士達を倒せるか勝負よ、レイ!!」
こうなってしまった彼女を止めるのは至難の業だし、今回に限ってはその必要もない。思う存分、暴れてもらおう。