第131話 嘆願
王国と帝国の国境線上にまたがり広がっているザラーム平野。そこをあのクソトカゲは〈龍伐大戦〉の戦場とし、互いの軍勢が衝突することに仕向けた。そこから王国側が如何にして帝都までの進路を立ち塞がる帝国軍を押しのけて、帝城にて居を構え待ち受けるクソトカゲを撃破し、囚われの身である”血”の姫君を救い出せるかの……この攻城戦が要であり、絶対に成し遂げなければならないことである。
それは国を巻き込んだ大戦であり、少なくない人々の命が犠牲になるであろう戦い。改めて、あの〈影龍〉の外道具合が伺える。あのクソトカゲは自分の国に住まう無辜の民を一切合切度外視して、自分の思い描いたやりたいことを好き勝手に押し付けて、これまた好き勝手に遊ぶことしか頭にないらしい。
流石は世界を見下す超越種が一体、その思考回路は平凡な生命種では理解できずイカレているとしか思えない。
そうして俺がこの大戦で与えられた役割は、ザラーム平野にて帝国の兵力を引き付けている王国の本隊を隠れ蓑にして帝都に潜入し、行けるところまで隠密で〈影龍〉へと接近しその首を打ち取ることだ。
あのクソトカゲは正面から夥しい数の王国軍が帝都へと攻め入り、自分の打倒を成し遂げんとする兵士たちを返り討ちにする────と言ったような筋書きで今回のような大戦の規定を言い渡してきたのだろうが。わざわざその筋書きにこちらが付き合う必要はない。
王国がが注力すべきは如何に〈影龍〉を欺き、隠蔽し、急襲を仕掛け、囚われたアリスを奪取するかであり、大真面目に命を散らして戦争することではない。卑怯だなんだと言われようとも、死人に口無し、勝てばそれが正解なのだ。
けれども、相手はあの超越種である。王国とは別に、俺個人との勝負にも拘っていた様子のあのクソトカゲは十中八九俺の動きを警戒しているだろうし、このような搦め手を警戒しているだろう。
恐らく、帝都とその周辺地帯には〈影龍〉の側付きの戦力が手厚く配備されるだろうし、隠密行動と言えどアリスの元まで辿り着くのは一筋縄ではいかないだろう。それらをいかに去なし、力を温存して、最速最短距離で影龍のところまで辿り着くかが課題であり、この作戦の肝である。
故に、俺には国王陛下からどの部隊よりも優先して俺個人の部隊編成と指揮権を与えられた。最低五人────最大でも七人程度に納めなければ隠密行動には向かない────を自由に俺が選ぶことができる。例えそれが〈比類なき七剣〉でも無条件にだ。これは一貴族のそれも実戦経験が皆無に等しい学生に与えるには過ぎた強権だ。
それでも〈影龍〉に指名され、〈刻龍〉が自身の領域に招いたと言う実績を考えれば国の判断としてはそれに掛けるしかないのが実情なのだろう。
「あのクソトカゲをぶっ飛ばすために俺と一緒に戦ってほしい」
そうして今俺は諸々の事情や状況を信頼できる仲間に打ち明けて、頭を下げていた。
様々な好待遇と部隊編成権を得た俺がなぜ国の最高戦力や実戦経験豊富な騎士では無く、眼前の彼らに部隊参加を嘆願したのか?
確かに陽動の意味もある平野の戦地に主な戦力────〈比類なき七剣〉や騎士達────を集中させて、相手の戦力を平野に集中させたいと言う思惑もあったが、そんな小難しい話を抜きにしてもその理由は至極単純だった。
「俺はまだまだ未熟で、愚かで、不十分な人間だ。到底俺一人の力じゃあのクソトカゲを倒すことはできない。危険なのは当然、生きて帰れるかも定かじゃない危険な作戦にもなる。けど、どうか皆の力を貸してほしい!!」
この人生で一番信頼できる彼らだから、互いの戦い方の癖や魔法の扱い方などを熟知している、勝手知ったる仲の彼とならばこの大戦を戦い抜けるとそう思ったからだ。
流石にいきなりこんな話をされても、事前に話を聞いてその概要を知っていた殿下は抜きにしてもフリージア達は困惑したことだろう。俺も直ぐにこの答えを貰えるとは思っていない。しっかりと話を嚙み砕いて、自分で考える必要だろう。
「返事を直ぐにくれとは────」
「戦うわ」
「……は?」
いの一番に返事をしたのはフリージアであった。あまりの返答の速さに気の抜けた声が出る。と言うか、まともに考えもせずに直ぐに答えて欲しいことじゃあ────
「俺も戦う……ううん、一緒に戦わせてほしい!」
「他でもないレイの頼みだ、もちろんだとも」
「うんうん」
「わ、私も地の果てまでご一緒します!」
フリージアを宥めようとするがそれに被さるように勇者殿や殿下、グラビテル嬢にレビィアまで即答だ。いや、ちょっと待て欲しい。
「フリージアだけじゃなく他の皆まで……お、お前ら本当に俺の話聞いてたか?そんな頼んだ俺が言うのも変な話だがこれはそんな簡単に決めていいことじゃ────」
「簡単なんかじゃないわ」
「はぁ?」
「私たちはレイのお願いだから即決したの。これが良く知りもしない騎士や権力者のお願いでも一つ返事で「はい、戦います」なんて返事しないわ」
全員を代表して語ったフリージアの言に他の四人は同意するように頷く。そんなさも当然の事のようかに頷く彼らに俺はどう反応すればいいのか困ってしまう。なにせ、信頼してる仲間たちとは言えこうもあっさりと快諾してもらえるとは思っていなかったのだ。
────ど、どうしてこうなった?
……いや、これもまた一度目の人生では在り得なかった、二度目の人生があった俺だからこそ手繰り寄せることのできた結果なのだろうか。
胸中に何とも形容しがたい感情が沸き上がってくる。上手く言葉が思い浮かばずに、何度か間抜けに口を開閉させて……そうして俺は漸く言葉なんとか絞り出した。
「────ありがとう……!」
なんだか屋敷に戻て来てからは感謝してばかりなような気がする。本当に助けられてばかりだ、クレイム・ブラッドレイ言う男は何処まで行っても誰かの手を借りて生きている。それでもその事実が、助けてくれる誰が居ると言う事実が、何よりも俺は────
「なによレイ、そんな震えるほど嬉しかったの?」
「ッ!!」
そう、嬉しかったのだ。
手を一生懸命に伸ばしても、誰もその手を取って助けようとはしてくれない。その恐ろしさを知っていたからこそ、俺は強くなろうと決心したのだ。誰の手を狩り必要もないくらいの圧倒的な強さに焦がれたのだ。けれど、やっぱり俺なんかがそんな強くなれる筈もなくて、俺が本当に求めていたのはこうやって誰かに頼れる強さだったのかもしれない。
「ははっ……今更、そんなことに気が付けるのか……」
自嘲気味に、けれども確かな喜色が漏れ出た声から滲む。
随分と遠回りをしたものだ。けれどもこの場面で自分の気持ちに気づけたのは大きな意味を持つ。それだけで俺は今まで足踏みをしていた覚悟に踏ん切りをつけられる。だから、この頼みもこの際に言ってしまうべきだった。
「本当にありがとうみんな、感謝してもしきれないよ」
改めて俺を言い、俺はこんな無理難題を快諾してくれた仲間たちを見渡す。
「それと申し訳ない。もう一つ皆にお願いしたいことがあるんだ」
「何よ。今更、お願いの一つや二つ増えたところで変らないわ、気兼ねせずに言ってちょうだい!」
何とも力強いフリージアの言葉とそれに続くみんなの言葉。そうして更に言葉を続けた。
「皆の血を俺に分けて欲しい」
果たして俺の口から放たれのは〈刻龍〉の助言を聞いた時からずっと頭の片隅にあった可能性、決戦に向けて必要な確認作業でもあり。それは〈影龍〉を殺すうえで肝心要の重点にも成り得る、それと同時に想像を絶するほどの危険を孕んだ諸刃の刃でもあった。