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第128話 来訪者

 予想通り、陽が丁度天高く頂点に上る頃に馬車は王都クロックロンドに到着していた。馬車はそのまま軽快に関所を難なく通り抜けて、幾分か活気を取り戻し始めている城下町を走り抜けて行く。


「クロノス様、ブラッドレイ様、王城に着きました」


 昨日今日とここまで運んでくれた御者の声で殿下と俺は馬車から降りた。


「ここまでありがとう。助かったよ」


「ありがとうございます」


 挨拶もほどほどに、馬車から降り立つとそれを待ち構えていたかのように────その実、待ち換えていたのであろう────一人の従者がすぐさま俺達の元へと駆け寄ってくる。


「無事お帰りを嬉しく思います殿下、ブラッドレイ殿!長旅のところお疲れでしょうが直ぐに謁見の間までお越しください。陛下や臣下の方々がお待ちです!!」


 恭しくお辞儀をして見せる紳士服に身を包んだ従者。表面上は平静を取り繕ってはいたが、見るからに彼は慌てた様子を隠しきれずに、何処か焦燥気味だ。


「ああ、分かっている。レイ、すまないがもう少し付き合ってくれ」


「勿論です。早く行きましょう」


 そんな従者を宥めながら殿下はこちらに目配せをした。それに異論はない。「こちらです!」と急かされるように俺達は従者に先導されながら昨日と同じ謁見の間へと歩き出しす。


 城内は昨日と今日で随分と雰囲気が違った。昨日までは何処かどんよりと暗い雰囲気が漂い、廊下を歩く人影も全く見られずに静寂に支配されていたが、今は一転して忙しなく多くの従者や騎士が中を行き来をしていた。


 その表情はやはりどこか暗く、纏う雰囲気も明るいものでは決してなかった。人によればそれは鬼気迫る様相であって、言い表せぬ焦燥感を彼らを突き動かしていた。


 ────戦争が始まるんだ……。


 分かっていたことではあるが、城内の彼らを見て再認識する。城内を忙しなく闊歩している彼らはこれから始まる戦争(ソレ)の準備の為に仕事へと駆り出されているのだ。それは考えようによっては残酷なことで、何とも慈悲の無い話であった。


「ッ────」


 広い廊下を歩きながら無意識に拳を握る力が強くなる。


 いつまでも絶望はできない。少しでも生き残る確率を引き延ばすために、無理やり動いているにしたって、そんな現実に直面させてしまった事実が許せなかった。無意識に俺は横を通り抜ける彼らから目を伏せる。


 そうして無数の人とすれ違いながら進むといつの間にか目的の部屋の前まで辿り着いていた。


 赤と金を基調とした見るからにこれから入室する者を威圧し、緊張させる豪奢な扉。その両脇にはこの中に不審事物が入らないようにと扉を守護する近衛騎士が二人だ。騎士らは駆け足で殿下と俺を先導する従者を見て、一層に身を正し背筋を伸ばした。


「お待ちしておりました、クロノス殿下、ブラッドレイ殿。既に中にてライカス王と他の皆々様がお揃いでございます」


「ああ。通してもらうぞ」


 その内の一人が中の様子を端的に話してくれる。それを殿下は認めて、眼前の扉に手を当てた。重苦しくもしかし滑らかに扉が開き、謁見の間へと俺達は入った。


「クロノス・クロノスタリア、クレイム・ブラッドレイ、〈刻の霊峰〉より戻りました」


 謁見の間へと入場し、出迎えてくれたのは騎士の言葉通り、〈比類なき七剣〉と陛下の腹心である少数人であった。後ろの扉が静かに閉まり、数歩ほど歩くと殿下と俺はすぐに傅いて、部屋の奥にある玉座に俺達を待ち受けていたであろう国王陛下に帰還の言を述べた。


「うむ、よく無事に帰ってきてくれた。帰ってきて早々、疲れている二人には申し訳ないのだが詳しい話を聞かせてもらえるだろうか?」


「分かりました。レイ、頼めるか?」


 表を上げて発言の許可が許される。殿下はこいらに視線を向けると眉間に皺を寄せてどこか申し訳なさそうだ。どこまでも民を思いやる殿下の心遣いにこっちが申し訳なくなる。


 実際にあの龍と会って話をしたのは俺だし、その内容もここまで殿下には説明していないのだからここで詳細を語るのは俺の役目だ。だから、そんな「責任を押し付けて申し訳ない」みたいな顔はそもそも筋違いなのだ。


「ええ、もちろんです」


 俺は殿下を宥めるように笑みを取り繕って、ライカス王の方へと視線を向けた。


「それでは僭越ながら、不肖クレイム・ブラッドレイが〈刻龍〉リーヴェンクロクタスの言葉をお伝えさせていただきます」


「うむ。よろしく頼む、クレイムよ」


 ライカス王が頷いたのを認めて俺は言葉を続ける。


「まず、今回の〈龍伐大戦〉で彼の龍の参戦は望めません」


「ッ!!それは……誠か?」


「はい」


 俺の言に陛下や謁見の間にいた重臣たちの絶望したように息を呑んだ。まあ、自分たちの主であり、超越種である龍の参戦が不可能なんて事実は悲報でしかない。周囲の子の反応は当然であり、これは分かり切っていたことだ。それを踏まえて俺は臆せずに言葉を紡ぐ。


「彼の龍はとある世界との契約により、自身の領域に縛られている状況とのことです」


「世界との……契約?」


「はい、詳しい話を伺うことはできませんでしたが権能を使いすぎた代償だと〈刻龍〉は言っていました」


 要領を得ない陛下の言葉に俺は頷くしかない。


 あのクソトカゲ二号は自身の力を行使して世界に干渉しすぎたかなんかで、権能をほとんどを縛られているらしい。仮に領域である〈刻の霊峰〉を自由に離れられたとしても、〈影龍〉に対抗出来得る力を有していないのだ。全くもって自分勝手な話である。


 ────まあ、俺が言えた話じゃないか……。


 内心で自嘲しつつ、言葉は反射的に吐き出る。


「それを踏まえて彼の龍は〈影龍〉と戦う知恵を私に授けてくれました。今回の〈龍伐大戦〉、王国側は争奪戦であり帝国は防衛線です。そうして〈影龍〉の発言などこれを踏まえた上で〈刻龍〉は私単独での〈影龍〉撃破策を提案してきました」


「「「ッ!!」」」


 やはりと言うべきか、彼らの主である〈刻龍〉の言葉とは言え、その内容に彼らは絶句していた。


 それもそうだろう。彼らはもっと希望的で、画期的な助言を彼の龍に求めていたのである。こんな賭け事のような無謀極まりない助言を求めていたわけではない。最初、この提案を聞いた時、俺もふざけているのかと思ったが続けられた言葉を聞いて、そう一蹴できるほどあの龍の提案は馬鹿げてると思えなかった。思えなくなってしまった。


「とある方法を使えば、私のような凡人でも〈影龍〉を打倒し得うると彼の龍はお考えです」


 だから、彼らもきっと続きを聞けば納得するだろう。……いや、納得するしかないのだ。


 ・

 ・

 ・


 謁見の間での報告を終えて、俺はその場を後にした。


 結局のところ陛下たちは〈刻龍〉の提案した策を基に今回の大戦に向けて部隊の編成や作戦を立てる運びとなった。その流れで俺にも今回の大戦に限りではあるが個人的な部隊の編制権限を与えられた。


「最低でも五人……ね」


 ある種それは、今回の大戦で遊撃部隊のような役割を務めることになった俺への配慮であり、ライカス王の最大限の温情でもあった。


 その証拠に今回の部隊編成は何よりも俺の部隊が最優先され、その人選も自由に選んで良いとのことだ。つまりそれは俺個人で王国の直属であり王の剣である〈比類なき七剣〉の編成権も有していると言うことであり。高々、なんの実績もない一学院生である俺なんかに与えるには過ぎたものであった。


 それに────


「ある意味、これは都合が悪いか……」


 俺としてはその与えられた権限は鎖でもあった。


「どうしたもんかな……」


 大きく息を吐いて嘯く。一旦、思考を止めて俺は数日ぶりに感じる我が家へとたどり着いていた。屋敷に戻った同時にどっと疲労感が全身を襲った。どうやら自分が思っていた以上に俺の身体は限界にあったらしい。


「ッ!お戻りになられたのですねクレイム様!!」


「ああ、ただいまカンナ」


 呆然と屋敷の入り口で立ち尽くしていると丁度玄関を通りかかったカンナと遭遇する。彼女は慌てた様子で俺の方まで駆け寄って恭しく一礼をした。


「王城でのお勤め、ご苦労様でした。食事やお湯の準備はございますのでいつでもご用意できますがいかがなさいますか?」


「ありがとう。今直ぐには大丈夫かな、部屋でちょっと休むことにするよ」


「畏まりました。それではごゆっくりと疲れを癒してくださいませ」


「……本当に、ありがとね」


「いえ、当然のことをしたまでです」


 再び一礼をしたカンナにお礼を言って、俺は自室がある二階へと会談を上って向かう。


 やはりと言うべきか、〈龍伐大戦〉の影響を受けて屋敷の中は忙しない。ブラッドレイ家のその役柄もあってか、その家に仕える従者たちも大戦の準備などに駆り出されているのだ。そんな中で自分だけのんびりと自室で休むのは後ろめたい気持ちが湧かないではなかったが、俺はその罪悪感をぐっと飲みこんで自室に戻った。


 これまた久しぶりに感じる自室の扉に手を掛けると、不意に部屋の中に誰かの気配を感じ取った。


 ────なんで俺の部屋に?


 不審に思ったが、部屋の中から感じる気配や魔力の流れは身に覚えがあり、疑惑は浮かびつつも警戒する間柄でもなかった。なので直接、先客に尋ねてみよう。


「人の部屋で勝手に寛いでいるのは公爵家の御令嬢としてどうなんだ、フリージア?」


 部屋に入って飛び込んできたのは無遠慮に人の寝具の上に腰を掛けて寛いでいた白銀の少女だった。彼女はこちらを見て一瞬だけ目を見開くと、柔らかく微笑んで言葉を紡いだ。


「おかえりなさい、レイ」

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