表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

127/153

第124話 瞬く時詠みの龍扉

 無数に蔓延り、侵食するように巣食う迷宮をその山々に内包しているアレステル山岳地帯は正に冒険者たちからすれば宝の山、金鉱脈と同義であり、迷宮から湧き出る財貨を求めて古くから多くの冒険者がここに訪れた。


 その過程で無数の迷宮を攻略するための拠点としてその麓には村が形成され、これが瞬く間に冒険者たちが持ち帰った迷宮の遺物によってその規模を拡大させ、その結果として国の中でも無視できない影響力に存在となった。これが迷宮都市の成り立ちである。今やクロノスタリア国内でもかなり重要な────それこそ大国と並ぶほどの経済力と権力を持ち得る────立ち位置となっている迷宮都市の役割は、無数の迷宮とそれに群がる冒険者の管理と、そこから排出された資源の輸出であった。


 そして俺達がそんな迷宮都市〈アレスガント〉、その元締めでもある冒険者組合に来た理由は至極単純であった。


「お待ちしておりました、クロノス殿下。お話は既にライカス陛下から伺っております」


「急な訪問で申し訳ない。本来ならば正規の手順と手続きを踏まなければならないだが……」


「殿下は何も悪くありません。事態が事態だと言うことは我々も重々理解しております」


「────助かる……」


 多くの冒険者で賑わう冒険者組合。その中に入るなり無数の荒くれ者たちの訝しむ視線と、綺麗に整列をした職員たちが殿下と序でに俺を出迎えた。


 予想外の光景に俺としては内心、それなりの衝撃を襲ったのだが……対してそれに全く驚かず動じた様子もない殿下は淡々とここの頭目であろう男性と言葉を交わす。


 ────名前は確か、ゴルドウィン・リージンスだったか?


 巌のような巨躯に、筋骨隆々とした剛腕には無数の切り傷。短く切りそろえられた藍色の髪を整髪料で整え、今は〈冒険者組合〉なんてお役所仕事などしているが以前は死線乱れる冒険者業に身を投じていたであろうことは聞くまでもない。〈比類なき七剣〉に勝るとも劣らない冒険者の生きる伝説とは彼のこと。


 一度目の人生でもその名声を耳にしたことはあった。だが実際に目にするとその迫力は段違いであり、息を呑んでしまう。こいつは確かにバケモノだ、あの老兵と同じ波動を感じる。


「────それでその隣の方が……」


「ああ、クレイム・ブラッドレイ。今回の招待者だ」


 過去の記憶を掘り起こし、驚嘆していると唐突に話の矛先がこちらに向けられる。平時でも鋭く射抜くような組合長の視線に無意識に身体が強張り、臨戦態勢を取ろうとした。


「お噂はかねがね。彼のブラッドレイの後継者にお会いできて光栄です」


「そ、そんなに畏まらないでください。私の方も彼の有名な〈黄金旋風〉殿とお会いできて感無量です」


 抜刀しようとした手を寸前で堪えていると、巌のような体躯が綺麗に折り曲げられて思わずぎょっとする。反射的にこちらも頭を下げて何とか無害アピールをしておこう。


 ────迷宮都市の主に嫌われるのは勘弁だ。


 初対面でいきなりとんでもない無礼を働きそうになったことに内心でひやひやしているとゴルドウィンは態勢を元に戻して俺達を奥へと招く。


「それでは〈霊峰〉の入り口までご案内いたしましょう。どうぞ、こちらです」


「頼む」


 殿下はそれに付いていく。全くもって二人の会話を聞き逃していた俺はイマイチ流れの要領を得てはいないが黙ってその後についていった。


 ・

 ・

 ・


 そもそも、どうして俺達は真っすぐに本題である〈刻龍〉に会いに行かずに迷宮都市、延いては冒険者組合なんぞに足を運んでいるのか?


 その理由は簡単であり、俺達はこれからこの山岳地帯に無数に蔓延っている迷宮の一つに行くわけで、そうしてこの山岳地帯の迷宮に入る為には冒険者組合の許可が必要だからだ。


 山岳地帯にある迷宮は一部例外を除いて全て迷宮都市────クロノスタリアの管理下にあり、誰彼構わずに勝手気ままに迷宮に入れるわけではない。この山々にある迷宮を攻略したいのならば冒険者組合……つまり国から正式な許可が必要となり、その許可を貰えた人たちの事を〈冒険者〉と呼ぶのである。


 勿論、冒険者ではない俺はこの〈冒険者〉にならなければ迷宮に入ることはできない。この国の貴族だからとかそう言った身分を振り翳すアホな思考はこの業界じゃなんの役にも立たない。しかし、今回はそういった一般的な許可が必要な訳ではなかった。


「ここから少し暗くなります。足元にお気を付けください」


 冒険者組合の広いエントランスを抜けて、国の要人が通されるであろう建物の奥の通路の更に奥、いかにも何百年も前からそこにあると思わしき巨大な鉄扉の中に案内される。ゴルドウィンの言葉通り、扉の中は薄暗く、光源となる松明が壁に立てかけられてはいるが意味を為していない。


 ────随分と仰々しいな……。


 明らかに外とは異様な雰囲気。一般人が足を踏み入れることが許されないであろう場所、それには覚えがあって迷宮に入った感覚と似通っていた。


 その予想正しく、ここは王族とそれに許可された人間しか入れない迷宮の入口(・・)であるらしい。そうしてこれが俺達が冒険者組合に訪れた理由。この迷宮の入口を管理している冒険者組合に用事があったのだ。殿下の言によればこの先に龍が────〈刻龍〉がいるのだと言う。


 ────正直、全くピンとこないな。


 実際に通路を進めど、いまいち現実味がなかった。〈刻龍〉に会うと言うことは理解していたが、まさか龍がこんな近場……それも迷宮鉱山にいるなんて思わなかった。と言うか未だ半信半疑だ。


「────私の案内はこちらまでです。後は申し訳ありませんがお二人だけでお進みください」


 どれだけ通路を歩いただろうか、不意に前を歩いていた大男の足が止まる。その先には先ほどよりも古びた、赤錆が目立つ鉄塊の扉が聳えていた。


「ここまでありがとう、ゴルドウィン」


「礼には及びません。これが私たちの役目ですので……どうか、ご武運を」


「ああ……とは言っても俺は何をするわけでもないんだがな」


 殿下とゴルドウィンが固く握手を交わす。すると組合長殿は今度はこちらに向き直った。


「クレイム殿も、どうかご無事で」


「あ、はい。どうも……?」


 流れで俺も彼と握手をするが、やはりどこか温度感と言うかそういのが違う。変な違和感を覚えているとゴルドウィンは最後の仕事言わんばかりに鉄塊の扉を軽々と開けてくれた。


「……いない?」


 促されるままに中に入るが、その部屋に件の龍はいない。と言うか、巨大な龍が入れるほどその部屋は広くなかった。


 やはり薄暗いその部屋に困惑していると扉の閉まる低く唸るような音が部屋に響いた。それと同時に中の明かりが勝手に灯り、全容を露にした。別に可笑しなところは一つもない至って普通の石造りの部屋だ。やはりいくら見渡せど龍などいる筈もなく、それどころかその部屋には何もなかった。


「……?」


 やはり俺は違和感が拭えないでいると、そうしてひとりでに部屋の中央へと殿下は立ち、こちらに振り向いた。


「色々と説明もせずにすまない、レイ。本当はちゃんと話したかったんだが、俺も余裕が無くてな……」


「そんな────ッ!!」


 申し訳なさそうに眉根を下げる殿下、そんな彼に俺は頭を振ろうとして────不意に彼は今まで納めていた魔力を体外へと発露させ、部屋中を自身の魔力で満たし始めた。それに呼応するかのように部屋の明かりは強くなり、部屋の床には今まで全く見えていなかった幾何学模様の光が浮かび上がる。


 急な事態に驚き身構える俺を無視して、殿下は言葉を続ける。


「ここはクロノスタリア王家が先祖代々、管理し守り続けてきた()の間だ。この下に描かれた魔法陣は王家の血にしか反応せず、そして〈刻龍〉様がいる霊峰へと繋がる門でもある」


 部屋中に満ちる魔力の密度はどんどん増していく。依然として光は強くなり、視界が埋め尽くされるほどだ。そうして殿下は己の全ての魔力を振り絞る中で苦し気に言葉を紡ぐ。


「所謂、「転移魔法陣」ってやつだな。今回、俺は呼ばれていないから〈霊峰〉にはレイ一人で行ってもらうことになる。そっちに着いたら道になりに上を目指してくれ、そうすれば〈刻龍〉様は君を待っている」


「ちょっとま────」


 言いたいことを言うだけ言って、殿下は有無を言わさずに詠唱した。


「〈瞬く時詠みの龍扉(クロノスタリア)〉」


 瞬間、部屋が遂に光に覆いつくされ、飲み込まれる。


 次いで全身を妙な浮遊感が襲った。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ