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第120話 謁見の間

 人が通るには天井も道幅も広すぎる廊下を歩いていく。数歩先にはこの国の王子であるクロノス殿下が先導してくれていた。普通に考えたら物凄い状況である。国王と謁見すること自体がもう普通ならあり得ないことなのに、その謁見の間まで案内してくれているのが王子殿下なのは更にあり得ない。


 ────普通は従者や王城騎士とか、臣下とかだよな……?


 わざわざ彼がこの役に名乗り出てくれたのかは定かではないが、まあ状況からしてその予想通りなのだろう。何せ、彼は身内にはとても世話を焼き、優しいのだ。


 ────一度目の人生で、そんな話を聞いたことがある。


 その実、一度目の人生でもクロノス・クロノスタリアは従者や仲間をとても大事にして、常に周囲には彼を取り囲むように人がいた。まさか今回の人生ではいつの間にか自分もその「内」になるとは思いもしなかったが……まあ状況が状況だったし不可抗力と言う奴だろう。


 閑話休題。


 真紅の絨毯が延々と続き、その上を遠慮なく踏み進んでいく。ここまで、すれ違う人影はいない……と言うよりも人の気配が全く感じられなかった。王城と言うのはこんなに閑静で、人気が皆無なのかと勘違いしそうになるが、そんなはずがなかった。


 普段は多くの役人や使用人、巡回の騎士で城内は人とすれ違わない方が珍しいくらいだ。それがこれほどまで人がいないのか────全ては昨日の影響、クソトカゲが齎した忌々しき現実に過ぎない。誰もがまたあの恐ろしき龍が現れるのではないかと息を潜めているのだ。


「緊張、しているか?」


 嫌に静寂が鼓膜を振るわせる違和感。そんな不快感を打ち消したのは眼前を歩く殿下だ。彼の言葉に対して俺はどう答えるべきか少し考えて、


「意外と……してないですね」


 案外平静な自分の心境に気が付く。それを聞いて殿下はこちらを軽く振り返って直ぐに前へと視線を戻した。


「────そうか」


 その短い返答に反して殿下は何処か浮足立っているようで……有り体に言ってしまえば緊張しているようだった。


 流石に血の繋がっている家族に会うと言えど、やはり国王陛下との謁見と言うのはそういうのとは勝手が違うのだろう。本来ならば俺だって彼の何倍も緊張をして、吐きそうになっていたことだろう。


 けれど現状がそんな余裕さえ与えてくれない……ただ、いつも通りに振る舞えていないだけなのだ。それはまだ悪い夢の最中のようで、緩く、纏わる泥濘にずっと足を取られているような気持ちの悪い感覚だ。


 そんな短いやり取り以降、特に俺と彼の間に会話はなく。気が付けば謁見の間の前まで辿り着いていた。豪奢な扉前の両脇には鎧具足と帯剣をした騎士が門番をしており、すぐに殿下を見て敬礼をした。


「お待ちしておりました、クロノス様!」


「中にてライカス王がお待ちです」


「……ああ」


 やはりどこか重苦しい雰囲気の騎士二人に、それだけで何となく中の空気が察せられた。


「準備は良いな、レイ?」


「はい」


 最後の確認と言わんばかりにこちらを見た殿下。その表情はやはりどこか不安げで、強張っていて、それを誤魔化すように口元を強く結んで開かれた扉の奥へと進む。俺もその後に続いた。


「……」


 初めて中に入った謁見の間はとても荘厳で絢爛であった。白亜の大理石が敷き詰められた床に、大きな窓は外の光を惜しげもなく取り込み、それが天井に靡く赤幕を透かしている。


 部屋の脇にはこの国の主を守護するために無数の騎士────〈比類なき七剣〉の全員が綺麗に整列しており、そのさらに奥にはこの国を支える重鎮の貴族であったり、臣下が少数人、こちらに無遠慮な視線を投げつけてきていた。その中には父────ジークの姿もある。


 そうして部屋の最奥、小上がりになった段差の上には王座があり、この国の主────ライカス・クロノスタリアが真っすぐにこちらを見据えていた。ある程度の距離まで中へと進み、そうしてすぐに殿下は国王陛下に跪いた。すかさず俺もそれに倣う。


「クロノス・クロノスタリア、クレイム・ブラッドレイと国王陛下の元に参じました」


「うむ、表を上げよ」


「はっ!!」


 お決まりのやり取り……らしいそれを経て、俺と殿下は顔を上げた。入った時は気が付かなかったが、改めて国王陛下の表情を目の前にするとそれは酷いものだった。


「わざわざこんなところまで呼び出してすまないな、クレイム・ブラッドレイよ」


「いえ。陛下のお呼びとあらば、不肖クレイム・ブラッドレイいつでも馳せ参じましょう」


 明らかに顔色は悪く、窶れ、覇気がない。今にも倒れ伏してしまいそうな不安感を募らせる。


「ははっ、聞いていた通り随分と聡明だな。これで剣術も相当の腕と来た、お前の教育の賜物かな、ジーク?」


 国王陛下は取り繕って笑って見せるがやはりそこに力はなく、痛々しささえ覚えてしまう。対して急に話を振られた父は至って冷静に答えた。


「ありがたきお言葉……ですが、愚息がここまでに成ったのは私の力ではなく、偏に叔父の力が大きいでしょう」


「で、あるか────」


 頭を振って謙遜する父に陛下は深く頷く。そうして周囲を見渡し、一つ咳ばらいをすれば言葉を放った。


「こうして皆に集まって貰ったのは他でもない。昨日の〈影龍〉の残滓の現界、そして〈龍伐大戦〉の宣戦布告だ」


「「「……」」」


 本題に入り、謁見の間にいた全員が表情を曇らせる。まるで、ここにいる全員がその言葉を理解しているかのような反応に、そうして、続けられた陛下の言葉に誰もが息を呑む。


「それと同時に今朝、帝国から正式に戦争を告げる布告状が届いた」


「「「ッ!!」」」


 それはつまりシェイドエンド帝国と戦争をすると言うことだ。


 ────いや、どうしてそうなる?


 しかし、俺としてはその理屈が理解できなかった。あのクソトカゲが俺とこの国に勝負を挑んだのは分かっている。そうして、帝国の裏にあのクソトカゲが関与していることもハッキリとしている。けれど、あのクソトカゲの気まぐれでした宣戦布告にどうして帝国まで乗っかる必要がある。龍対王国では無く、龍(帝国)対王国の図になると言うのだ。


 ────それじゃあ、まるで……。


 まるで、完全に帝国はあのクソトカゲの傀儡と言うことじゃないか、する必要のない戦争を無理やりさせられているようなものじゃないか。……いや、これも分かり切っていたことだ。世界を見下す超越種に逆らおうなんて、それどころかその超越種に仕えていると言うのはそれも覚悟の上なのだろう。


「ッ……」


 けれども、それでも納得できない。どうして関係のない多くの命まで平気で巻き込めると言うのか。それに、「龍伐大戦」の言葉の意味合いからしてやはりこれはただの戦争ではないのは明らかだ。


「────」


 件の言葉の意味を問おうにも、俺の今の立ち位置的にはそれも難しい。わざわざここに出向いた一つの目的が達せられない。


 依然として事態の深刻さを重く受け止めている重鎮たちや陛下を他所にイマイチ要領を得ない俺は蚊帳の外だ。変な歯がゆさを覚えていると、隣の殿下が言葉は発した。


「陛下、私とレイは昨日、〈影龍〉が言っていた〈龍伐大戦〉の意味を正確に把握できていません。誠に勝手ながら、今一度この言葉の意味を教えていただいてもよろしいでしょうか?」


「うむ。そうであるな、二人には知っておいてもらわねばならぬことだった。すまない────」


 臆せず陛下に直接進言をした殿下に救われた。そうして、申し訳なさそうに首肯した陛下は言葉を続けた。

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