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第119話 一夜明けて

 年に一度の〈刻王祭〉は招かれざる龍の出現により未曽有の大混乱によって幕を無理やり閉じた。


 やはり……と言うべきか、〈闘技場〉にて唐突に現界した〈影龍〉の残滓が発していた波力の余波は王都全体に伝播し、その姿も多くの人々の目に留まった。そうして誰しもがこう思ったことだろう。


『ああ、これから自分たちは世界を見下すあの龍に理不尽に殺されるのだろう』と。


 しかし、実際問題として彼の龍は王国にいた多くの民草に眼もくれず、一人の少女を攫い、好き勝手に宣戦布告をして、これまた唐突に忽然とその姿を消し去った。


 それは大半の祭りを謳歌していた人々からすれば、龍に殺されなかったことを喜び、助かったことを幸運だと世界に感謝することだろう。けれども、俺からすればその事実は何も納得のいかないことの連続だった。


「────」


 冗談にもなりやしない悪い夢をありありと見せつけられるような、無力でクソみたいな日から翌日、俺はクロノスタリア王城に呼び出されていた。


 何故か?


 その理由は分かり切っていた。昨日の影龍の騒動、その発言、それらに関する諸々の件だ。昨日、殿下からは「近々、王城に来てほしい」と言われていたが、まさかあの時の言葉がこんなにも早く実現するとは思っていなかった。二つの意味で最悪である。けれども、同時に都合がよかった。昨日のあのクソトカゲの言っていた言葉の意味を俺はしっかりと理解できていなかった。


 ────〈龍伐大戦〉とあのクソトカゲは言っていたか……。


 具体的な謁見の内容は正直、見当も付かないが恐らくこの単語絡みなのは間違いない。


「すぅー……」


 この国の国王────ライカス・クロノスタリアと正式に謁見をするなんて、一度目の人生ではありはしなかった。


 王城に来たことはあったが、それは大罪を犯し、この城の地下牢獄にぶち込まれた時だったし……正直、感慨なんてものはないし、思い出したくもないトラウマだ。


「一度目と比べたら偉い待遇の違いだな────」


 あの時は気分も牢屋の居心地も最悪だったが、こうして謁見前に王城内にある部屋の中でも特に矢鱈と豪勢な応接間に通されて、お偉いさんの準備を待つと言うのも居心地は悪いものだ。


「まあ、それもそうか……」


 俺個人としては今回、別に悪行など働いていないし、牢屋にぶち込まれる覚えは微塵もない。この対応はなんら可笑しくはないのだろが……それにしたって全然落ち着かない。


 嫌にクッションの効いたソファに座り直して、ぼんやりと部屋を眺めていれば扉の前で控えていた宮女と目が合う。


「ひぃ……!!」


 すると彼女は小さな悲鳴を上げて直ぐにこちらから視線を反らした。


 客人、それもこれから国の主と謁見をする人間に何たる無礼か────なんてクソみたいな貴族思考は微塵も浮かばない。それどころか、恐がらせてしまったことに申し訳なくなってくる。


 ────きっと、今の俺は本当に人殺しみたいな顔面をしていることだろう。


 鏡で確認したわけではないが、やんわりと自分の顔に触れてみれば変な違和感を覚えて、それだけで見当はついてしまう。


 表情は強張って、双眸も虚空を睨め付けるように鋭くなって大変ガンギマっていることだろう。それでもこればかりはどうしようもない。平時であればヘタクソな作り笑いの一つでもできただろうが、今はそれすらも出来そうにはなかった。いくら取り繕おうにも無意識に仏頂面になってしまうのだ。


「……」


 昨日と比べれば怒りは腹の底に落ちて落ち着いている。思考も冷静で、もう衝動のままに突っ走ることはしない。けれども、腹の底には怒りと一緒に、覚えがないほどの憎悪がふつふつと混じり込み、煮立っていた。


 表面はとても冷たいのに中身は沸点を超えた熱を帯びている。相反するものが同時に内在しているようなとても奇妙な感覚だった。それと同時に自分の未熟さや愚かさを痛感する。考えれば考えるほどに昨日の愚行、悪夢が反芻されて、思考は混濁していき、良くないことばかり考えてしまう。その度に冷静でいようと自らが歯止めを掛ける。昨日の夜からずっとそんなことを繰り返していた。


「はぁ……」


 また思考が(マイナス)方向に沈みそうになって、それを誤魔化すように部屋に用意されていた水差しに手を伸ばそうとすると徐に部屋の扉が開いた。


 誰が入ってきたのか……それはわざわざ視線を扉に向けるまでもなく声だけで分かった。


「ッ────昨日の今日で呼び立てしてすまないな、レイ……」


「いえ、大丈夫ですよ────殿下」


 部屋の来訪者は国の王子であり、学院の級友……でいいだろう、クロノス・クロノスタリアだ。


 殿下は部屋に入って俺を見るとあからさまに目を見開き驚いた様子だった。そりゃあ、そこの給仕さんにも目が合っただけで悲鳴を上げられるくらいの人相の悪さだ、今の俺は確実に王族と会うのに相応しい表情をしていないだろう。


 ────謁見前に出禁かな?


 なんて投げやり気味にバカなことを考えていると、殿下は俺の対面まで来て、のぞき込むようにマジマジとこちらの様子を伺ってきた。


「レイ、お前……もしかしなくても寝てないのか?」


「……え? 寝たか寝てないかで言えば……まあ寝てないですね。あ、もしかしてクマとか酷いですか? すいません……今から国王陛下と謁見をしようってのにそこまで気が回らなくて────」


「いそれはいいんだが……本当に大丈夫か?」


 傍から見て今の自分はそんなに酷い有様に見えてしまっているのか、殿下は先ほどよりも明確にこちらを心配してくれる。クロノス殿下に気を使わせてしまったことを申し訳なく思う。


「……いや、すまない。昨日の今日で大丈夫なはずがないな……もし、本当に体調が優れないようなら今日の謁見は見送ってまた後日にでも────」


「大丈夫ですよ、殿下。それにそんな悠長にしていられる時間もないでしょう?」


 言ってしまえば、俺の気持ちや体調なんてのはどうでもいいんだ。目を瞑ったところで眠れる気なんてしなかった。そもそも俺なんかが暖かくて、安心安全なベットの上で眠るなんてそんなことが許せなかった。


 全ては弱くて愚かな自分が招いた事なのだ。だからそんな自分勝手な理由で周囲を巻き込むわけにはいかない。見た目は酷くやつれた様に見えるかもしれないが、それほど体調は悪くはないのだ。


「だが……」


 俺の進言にそれでも殿下は食い下がる。優しいお人だ。俺みたいな自分勝手でクソみたいな人間にも殿下は手を差し伸べてくれる。


大丈夫です(・・・・・)本当に(・・・)


 だからこそ、余計に彼に気を使わせるわけにはいかない。俺は彼がここに訪れたことを何となく察して立ち上がった。


「もしかしなくても、俺のことを呼びに来てくれたんですよね?」


「あ、ああ……」


「それなら早く行きましょう。国王陛下を待たせるなんて、下手すれば極刑モノですよね?」


「いや、そんなことは────」


 冗談交じりに笑って見せるが、殿下は困惑気味だ。そりゃあ王族相手にこんな冗句を言っても受けるはずがない。


 ────ダメだ、思考が変な方向に飛んで行ってる。


 胸中で反省をして、それでも俺は漸くヘタクソな笑みを浮かべることができてホッとした。仏頂面でいるより、こっちの方が周りの人たちを怖がらせることも────


「ひぃ!?」


 ……いや、今の給仕さんの反応的にどっちでも変わらなさそうだな。


 それでも俺は笑みを崩すことはなかった。やっぱりどう考えても笑ってた方が人を殺しそうな顔よりはマシだ。そうして、殿下に先導されながら部屋を後にした。


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