第105話 開催
青空に色とりどりの花火が打ちあがる。それを見てその場にいた人々は歓声を上げた。遂に多くの人が待ち望んだ一大催しが始まる。
「ただいまより!〈刻王祭〉の開催を宣言いたします!」
城下町一のクロックロンド大広場にて特設された会場。そこにはやはり多くの人々が集まり、今日これから始まる祭りの開催を大いに喜んでいた。
「「「うおおおおおおおおおおお!!」」」
年の一度のクロノスタリア開国記念日────〈刻王祭〉。二日にかけて開かれるこの祭りには国内外問わず、たくさんの人がこの祭りを目当てに訪れる。例に漏れず一度目の人生、怠惰で愚かな俺もこの年一の祭りを酷く楽しみにして、祭り当日はそりゃあもう好き放題をしていた。
────無銭飲食、他の観覧者への迷惑行為、権力を振りかざして手当たり次第に気に入った女をナンパ……。
覚えているだけでこれだけ、更に言えば記憶が曖昧な所為で覚えてはいないがもっとヤバいしていたような気もする。何度思い返しても害悪が過ぎる。寧ろ、これだけの悪行を重ねておいてよく地下牢にぶち込まれなかったな。
「いやまあ、結局ぶち込まれたんだけど……」
なんならこの大広場で、公衆の面前で斬首刑に処されたわけだけれども、ゴロンと首を斬り落とされた訳だけれども……うん、思い出すのはやめておこう、これ以上は俺の精神が危ない。
「お兄様、どうかしましたか?」
苦々しい記憶が蘇り自滅しかけたが何とか意識を留める。今は一度目の愚かな自分とは全く違うのだ。俺は欲望に呑まれることなく、自制することを覚えたんだ。
「いや、何でもないよ」
不思議そうに小首を傾げるアリスに頭を振る。
「ねえレイ!早く行きましょう!!」
「ほ、本当に休んでもいいのかな?あとで大師匠に殺されないかな……?」
「れ、推しとお出かけ!!?」
逆に一度目の俺よりもやらかしそうなメンツがいるので気が気ではない。異様にはしゃぐ公爵令嬢に、何処か不安げな勇者殿、そして別の意味で盛り上げっているクソ女……。
「どうしてこうなった???」
どうして一度目の時よりも不安要素が増えてしまっているのか、これが全く分からない。いったい俺は何処で何を間違ったのか。
「ねえねえ!まずは何処に行く!?」
そんな愉快な五人で祭りを見に来ていた。
大広場を中心として無数に枝分かれする通りでは様々な出店や露店が軒を連ね、一層に賑わいを見せる。そうして祭りの中心地となる現在の大広場では入れ替わり立ち代わりで音楽隊や曲芸師などのパフォーマンスが見られるようになっている。そんな中で俺達の祭りの目的は当然ながら様々だ。
「とりあえず落ち着けフリージア、アリスもいるんだからゆっくりだ。先走って勝手にはぐれても文句は言うなよ」
「ぶー!!」
例えば、我先にと突っ走ろうとするこのお上り系お嬢様の目的は午後から闘技場で行われる剣術大会だ。それまでにできるだけ俺達と祭りの出店を回りたいのだろう。
「れ、レイくん。急に大師匠が出てきて「鍛錬だ!!」とか言わないよね?大丈夫だよね?」
例えば、隣でずっと周囲を警戒している勇者殿の目的も同様である。
「安心しろヴァイス。あの爺さんは今日の朝から用事があると言ってたから急に出てきて無茶苦茶なことは言ってこない……多分」
「レイくん!?」
この夏季休暇はずっと我が家で爺さんの遊び相手────基、手厚い指導を受けていたヴァイスはかなり精神が滅入ってるようで、そんな彼も午後の剣術大会に「参加しろ!!」と爺さんに言われたらしい。うん、実に魔剣学院の生徒らしいね。
「はぁ……やっぱ兄妹二人揃うと違う。尊さが段違い……」
「レビィアは……まあ、はぐれないように気を付けろ」
「はい!!」
クソ女は何故か既に満足げなので特に目的とかなさそう。触れないでそっとしておこう。そんなやり取りを交えながらも、俺達は祭りの喧騒へと飛び込んだ。
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大広場を中心としたときにフリージア達の目的地である剣術大会の会場である〈闘技場〉は北東に位置し、距離からすると歩いて一時間かかるかどうかと言った具合である。
当然ながら、その道中には祭りの出店などがあるのでそれらに足を取られながら進んでいけば倍以上の時間はかかってしまうだろう。
「あ!あの串焼きなんて美味しそう!」
けれどもまだ祭りは始まったばかり、彼女らが〈闘技場〉にたどり着くまでには十二分に余裕はある。
「ねえねえ!あの的宛てやらない!?勝負よレイ!!」
あるのだが……如何せんこの公爵令嬢、初っ端から興奮が最高潮である。そんなに腕を引っ張らないでくれ、千切るでしょうが……まあこの際、それは全然いい。祭りなのだ思う存分に楽しむのは個人の自由なのだが────
「おい、フリージア……」
「ん?なぁに、レイ?」
「お前、流石にはしゃぎすぎじゃないか?」
「……そう?」
可愛らしく小首を傾げる彼女の現状を今一度説明しよう。
両手には既に無数の串焼きであったりお菓子類が握りしめられており、頭にはどこぞの部族も顔負けなお面を被さり、脇には大きなぬいぐるみを抱えている。もうあれだ、完全装備だ。これが彼のグレイフロストの公爵令嬢だとは誰も思うまい。
────あなた、そんな臆面もなくはしゃげる人でしたっけ?
そうしてそんな大はしゃぎな彼女に気を取られていると、アリスたちとはぐれてしまった。
「ああ、はしゃぎすぎだよ……その証拠に三人と逸れたんだから。はぁ……これは見つけ出すのは苦労しそうだな……」
辺りを見渡せど見覚えのある人影は見当たらない。と言うか、祭りでいつもの倍以上の人がいるのだ、一度逸れればそれを見つけ出すのは至難の業だ。つまり、ほぼ不可能と言うことである。
幸いと言うべきか、アリスの側にはヴァイス達がいる。ここで直ぐの合流は無理でも目的地は一緒なのだ、〈闘技場〉に行けば落ち合うことは不可能ではないだろう。だが────
「あ、レイも食べたかった?しょうがないわねぇ~……はい!!」
「いや別に……って言うか自分の手で持ちきれないだけだろ。だからあれだけ買いすぎるなと……まあ貰うけどさぁ」
肉の串焼きをフリージアから手渡されてそれに噛り付く。行儀は悪いが、まあ今日は年に一度の祭りだ、誰も気にはしないだろう。
「えへへ」
二人で食べ歩きながら進んでいると不意に隣の少女がクスクスと笑う。
「なんだ、俺の顔になんかついてるか?」
「いいえ。そんなことないんじゃない?」
気になって何事かと尋ねてみるが返答はそんな曖昧なモノ。
「じゃあなんで笑ったんだよ……」
「ふふっ、別になんでもないわ」
依然として隣の少女は楽し気で、こちらとしてはそんな少女に気が狂わされる。
────この前の時もそうだったけど、本当に最近の彼女はどこかおかしい……。
その主な原因を俺は何となく自覚はしているが、やはり明確に、言葉にはできないでいる。それは偏に彼女の気持ちと向き合うのが面倒だとか、取るに足らないものだと思っているとかそういうわけではない。寧ろ、その逆であり、だからこそ今の俺では彼女の思いに応えられない……応えてはいけないのだ。
────あのクソトカゲを殺すまでは何が起こるか分からないんだ。生半可な気持ちではいられない。
もしかすればそれを成し遂げる頃、クレイム・ブラッドレイという人間は────
「どうしたの、レイ?」
「……いや、何でもない」
自問自答したところでどうにかなるわけでもない。
「〈闘技場〉に行く前にアイゼルのところによるぞ」
「ッ!そういえば今日は剣ができる日ね!!」
「ああ」
たらればの話、詮の無いことである。
だから俺は今日も気が付かないふりをする。隣の彼女の眩しすぎる笑顔に仄かに罪悪感を覚えながらも……。