白騎士と呪具。
さっきまで美女だったスーリオンさんが、一瞬で男性に変わって私は目を見開いた。
これって、変身?
えっと、それじゃあスーリオンさんは魔女?
混乱している私の目の前に立っているスーリオンさんが、眉を下げて申し訳なさそうに微笑んだ。
「すみません‥。きちんと説明もせずに占って欲しいとお願いしたから驚きましたよね」
「は、はい‥」
声!!
声までしっかり男性だ!しかもいい声だあ‥。
驚く私をよそにスーリオンさんは静かに椅子に座り、私も釣られて一緒に椅子に座り直した。
「‥申し遅れました。私は白騎士団の第二部隊の副隊長をしております」
「白騎士団!?」
白騎士団って言えば、王族近衛隊と引けを取らないくらいの実力があって、その勇ましさから男女ともに憧れるって感じの騎士団だよね?その副隊長ってすごくない?私がポカーンと口を開けると、スーリオンさんは小さく頷いた。
「‥先日、古代遺跡から呪具を発掘しようとする窃盗団を捕まえた際、窃盗団が盗みだした呪具が暴走してしまって‥、男性から女性に変化する体になってしまったんです」
「呪具!??しかも男性から女性??!」
とんでもない単語が出てきて、ますます口が開いてしまうんだけど!?
私の驚きようにスーリオンさんは小さく頷いた。
「‥そのご様子ですと、よく知っておられるんですね」
「魔女ですからね。呪具については一通り教えられます」
呪具って言ったら、そらぁ恐ろしいもんで、魔女の生き血やら人間の恨みを魔道具に組み込んで、呪いの道具‥つまり呪具にしてしまうものだ。それを使って気付かれないように人を殺したり、傷つけたり、仲違いさせたり‥、うん、つまりろくなもんじゃね!
あ、でも今は男性に戻ってるよね?
不規則に男性になったり、女性になるってこと?
そう聞こうとすると、我が家のドアをドンドン!と、誰かが叩いた。こ、こんな時にお客さん?どうしようかと迷っていると、スーリオンさんがニコッと微笑み、
「私のことは気になさらず‥」
「す、すみません。ちょっと失礼します」
うーん、なんてスマートな対応なのだ‥と、感心しつつドアを開けると、薬草を卸しているお婆ちゃんの孫のアルが息を切らせて立っていた。私より一つ下の男の子なんだけど走ってきたのか、よく見慣れた黒髪はちょっとボサボサで、茶色の瞳が不安そうに揺れている。
「どうかしたのアル?!」
「い、犬が‥姉ちゃんの犬が、家から逃げ出して‥」
「え!??」
アルの姉ちゃんとは、酒場で働くベルナルさんで‥女だてらに喧嘩は強いし、乗馬や畑仕事となんでもこなすスーパーお姉さんで、飼っている犬を溺愛しているのだ。‥ただ、その犬がなんていうか脱走癖があるのに方向音痴というね‥。
「怒られるね」
「だから!!俺は何もしてないんだって!あいつが勝手に縄を噛みちぎって逃げ出したんだ!」
「またかぁ〜〜〜‥」
「頼む!占ってくれ!!」
「‥あんた薬草屋のお婆ちゃんに感謝しなさいよ」
いつも私の薬草を買ってくれるお婆ちゃん。
その孫のアルは私が魔女だというのを知っているのだ。
仕事で必然的に会うから、バレちゃった‥という感じだけど、周囲には言わないでいてくれるのでその辺は感謝してる。
「‥私も犬探しをお手伝いしますよ」
「スーリオンさん?!」
いつの間にか後ろに立っていたスーリオンさんが私とアルを心配そうに見つめ、
「私の仕事でも犬は大事な相棒ですからね」
「い、いいんですか?」
「はい。犬探しも大事な仕事です!」
ふわりと微笑んだスーリオンさん‥。
白騎士団といえば品行方正、清廉潔白、でもって強い‥と三拍子揃った騎士団だ。こりゃモテるだろうな〜〜としみじみと思ったけれど、そんな場合じゃないな。アルはスーリオンさんに驚いて口をポカンと開けていたけれど、気にせず花の種の入った箱を持ってきた。
「アル、種を選んで」
「え、えーと、じゃあ、これ!」
丸い黒い小さな種を掴むと、私は急いで手を添えて、
『花の力よ、小さき者に力を貸して』
そう呟くと、アルの手がパッと光ってピンクの花が手からするすると生えてきた。
「どの辺に逃げたかわかるの?」
「多分‥」
「じゃあ聞いてみて」
「う、うん」
アルは急いでプチプチと花をむしっていくと、ハッとした顔をして、
「やっぱり、前に行った山に逃げたっぽい」
「山って言ったらあっちかぁ」
「川よりは良かったよ。あいつ一回溺れかけたし‥」
「エララさん、あの、山はどの方向ですか?」
「ええと、ここからだと東の方向です。ちなみに犬は薄茶色の少し長い毛で、足は短めです」
「わかりました。では一緒に行きましょう!」
スーリオンさんの言葉に頷いて、早速私とアルは外へ飛び出し、山の方へ向かって走っていくと、当然だけどスーリオンさんの足ってば早い!!私とアルはゼーゼー言いつつ背中を追いかけるけど、全然追いつける感じがしない‥。アルは若干へばりかけつつ私をちらっと見て、
「あ、あの人、そういや誰?」
「騎士さんだよ。さっきまで占ってたの」
「え!?騎士!?お前の占い当てにされんの?」
「ちょっと!?その私の占いを当てにして犬探ししてるの誰!?」
「‥俺ですね」
すっとアルが顔を横に背けたけれど、私の占いだって少しは当てにできる‥はず?
わんこ可愛いですよねぇ。
うちのわんこもよく逃走しておりました‥。