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銛、 広大無辺の大地より  作者: あま
小判鮫と釣り人
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一つの愚かで最高の選択


 あぁ、落ちていく。崖から落ちるように気絶し恐らく死んだ俺は真っ暗な世界を落ちていく。死後に堕ちるといえば地獄だ。俺は前世または記憶にないところでどう罪を犯したのだろうか。迷宮で目覚めてからというもの踏んだり蹴ったりで遂にはくたばったというのに裁かれもせずに地獄に直行。今の俺に当てはまりそうな罪なんてそうそうないというのに。強いて言うなれば動植物に対しての殺生くらいか?魔物を動植物にカウントするかどうかが論点になりそうだ。しかし、魔物は俺を殺しに来ているからそもそも正当防衛が成立しそうな気もする。うん。冤罪だな。再審請求───いや裁かれていないわけだから裁判請求か?───するしかないな。


 なんてことを考えていると体が地面に叩きつけられるような感覚がした。されど痛みはない。あれだ、夢でたまに見る崖から落ちて着地の時に全身ビクッとなるあの感覚に近い。立ち上がると今度は真っ白な世界だ。まるで色がない。だがここにきたことはある。


「────」

 声が出ない。音を感じない。なんか不思議な感覚だ。全体重かけて床に衝撃を与えても、跳びはねても、心音すら感じない。訝しんでいるといつの間にか俺は椅子に座っていた。机を挟んだ向こう側には人間態の神。


「思ったよりもギリギリになってしまったわね。」

「まったく状況が掴めないんだが?恐らくここが心象空間であることくらいはわかるが。」

 声を出したつもりはなかったが、俺は話しかけていた。

「ここは心相空間であることは確かよ。でも貴方はもう死んでる。ここは私が創り出した空間。」

「──本当に死んだのか?」

「ええ間違いなく。銛の中から観てたけど酷い有様よ。顔の皮膚がベロンと…」

「言うな。想像しなくない。で?死人になんの用だ?お別れ会か?」

「もしかしたらそうなるかもね。」

 小さな希望もかけて俺は聞いてみる。

「何だ?復活できる博打(チャンス)でもあるのか?」

「ええ。」

 その肯定を聞いた瞬間、筋肉が硬直するのが分かった。俺は半ば無意識に椅子を吹っ飛ばすように立ち上がる。

「落ち着きなさい。」

「いや落ち着けなんてしないだろ。もう一度希望(チャンス)を見せられたら期待せずにはいられない。今すぐにやらせてほしい。」

「もしかしたら今スパッと死んでおいたほうが楽かもしれないけど?」

「そこに生きてなければ苦も楽もないだろ?」

「…そうかもね。ただ説明はしておきたいわ。」

「分かった」

 俺は先ほどの起立によって吹き飛ばされた椅子を片手で掴み、引き寄せ、座りなおす。


「貴方にもう一度復活させる方法。それは『使徒化』よ。」

「使徒化?」

「そう使徒化。特定の信者を特別に神の直接の臣下として迎え入れる行為。使徒は神の奴隷とも表される地位。」

「──神様がた、あんたらの出す指令はそんなにキツくて笑えないのか?奴隷ってのはなかなか酷い評判じゃないか。」

「確かに悪辣な指令を出すものもいるでしょう。けどねそれよりもキツいことが2つある。1つ目は魔素関係。霊素と魔素は相性が悪い。使徒になると体内に貯蔵できる魔素が大幅に減少して、大規模な魔導がほぼできなくなる上に魔素の回復効率や成長効率が鈍化するわ。2つ目は『縛られる』こと。使徒として存在している時点で自由を得ることは永久になくなる。肉体だけでなく魂まで神に、私に縛られることになる。何らかの原因によって死んだとしても貴方はどこにも往くことはできず、役目をうけるその日まで眠り続けることになる。だからこそ使徒とは神の奴隷なの。」

 

 自由な死か束縛された生か。正しさは存在しない問いだ。ただ難しいというわけではない。

「それでも、使徒にしてほしい。」

 俺の本質的な願いは「迷宮から出たい」ではない。自分が誰かを知りたい。いやこれは前向きすぎるな。このマイナスに限りなく近い思いを言い表すならそうだ「規定されたい」。迷宮という狭い世界で目覚め神との交流はあったが基本一人で生きてきた俺は、誰とも交わらない生活をしてきた。言ってしまえば俺という存在は酷く曖昧だ。誰かにとっての誰かですらない。人間に現実性、現存性を打ち付けるのはいつだって他者だ。迷宮を出ることによって俺は誰かと出会い、他人からの感情という鎖で自分がこの世に存在したことを証明したい、「不確定な誰か」に埋もれないために。


 「後悔は──しないのね?」

 「ああ、約束する。俺はこの選択に後悔はない。」

 「では使徒化を始めましょう。では机に横たわって。」

 言われたように、椅子を足場にして机に足をのせ仰向けに寝る。なにが始まるんだ?こうしてみるとまな板の上の鯉のような感覚だ。俺は結局この神の作った線路を渡るしかない。

 「痛むから…耐えてね?」 

 神は申し訳なさを含んだような声で言い放ち、顔は控えめな苦笑いで満たされていた。この机はまな板ではなく、手術台だったのだ。冷や汗が額をつたい、伝った跡から嫌な寒さを感じる。 


 腹に手を突っ込まれる。直後、体の中の臓器を攪乱されているような痛みと違和感を感じた。

「ガホッガガ!」

 空気を吸い込むことすら厳しい。痙攣するような感覚だ。のたうちまわるほどの激痛だがどうしてか身じろぎ一つできはしなかった。突っ込まれた手は今度は背骨にそうように肋骨の内部を通って首の方にくる。裂かれるようにいたい。潰れるようにいたい。切られるようにいたい。締め付けられるようにいたい。刺さるようにいたい。へし折られるようにいたい。軋むようにいたい。いたいいたいいたいいたい。


 体が心を守るために普通は気絶するような痛みが手が通ったところから溶岩のような熱さと共に伝わってくる。首まできて一層強まった痛みが全身を支配し筋肉が収縮することで痙攣する。

「ぁ、あ」

 手が頭蓋の中まできて何かを握った瞬間に視界が一瞬暗転し、今度は太陽を見つめた時のような目を刺すような光がくる。息が詰まる。痛みはなくなった。


 視界が戻る。神はすでに手を引き抜き、こちらの瞳を覗き込むように見ている。

「…施術が必要でしかも麻酔なしで激痛なんて説明あったか?」

 目を逸らす神。崇められる神がそれでいいのか、と。

「その話は置いといて、もう体に戻れるわ」

「ああ、───最後に一つだけ質問していいか?」

「いいわ、できる限り答えてあげる」

「なぜここまでして俺を助ける?迷宮から出るという理由もあるだろうがそれだけなわけないだろう?」


 少しの沈黙ののち。

「そうね、一つ挙げるとすれば好奇心──かしらね。」

「そうか」



 「じゃ、体に戻してくれ。」


 そういったら、体に力が入らなくなり膝から崩れ落ちることになった。意識が切り取られるような感覚を味わったのち俺は第二の生を受け、目覚めた。

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