間幕 繋がり
ルマン神聖国 聖都サン・ルマン
私は夜明けの日に照らされた大通りを通り、この国一番の大きさを誇る礼拝堂であるルイス=ソフィア大聖堂の外観の荘厳さと美しさを目に焼き付けながら扉を開く。今日はこの国のランドマークであり、繁栄の証拠である大聖堂の景色を見る最後の機会になるかもしれないから私は回り道をしてまで正面から入場しようとしたのだ。
中に入ると朝の日差しが白のバロック様式の建築を柔らかく照らし、精巧に作られたレイヨナン式のバラ窓が側廊を飾る。入り口付近に描かれた神話の壁画はたとえ異教徒であろうと感嘆させるだろう。身廊には木造の椅子が整然と並び、高い天井と合わせて壮大さを醸し出している。
そんな聖堂の身廊の奥に人が一人、立っている。私がここに来るのはその人に会うことが目的でもあった。その人は身長は一般的な成人男性の1.5倍、肩幅は1.7倍もある、老人に差し掛かった巨漢で。私は少し早足になりながら彼に近づいていく。
彼まで大体残り20歩というところで彼は体を回してこちらを向く。
「おや、貴方でしたかロメル。最後に会ったのは…。」
「お久しぶりですラング神父…いえ今は大司教でしたか。最後にお会いしたのは4年前の軍入隊の時です。」
「ああ、時間が流れるのは滝のように早い。して、今日はなんの用で?」
「───今日は別れの挨拶をしにきました。」
ラング大司教は私の突然の申し出に驚きを隠せなかったようだ。驚きの表情から笑顔には戻ったがぎこちなく、脚や腕を忙しなく動かしている。
「なぜいきなり?」
「大司教の立場であればお分かりになるかと思いましたが、わが国は5ヶ月後に帝国に宣戦布告をします。今回の規模は前回の戦争とは比になりません。しかも──」
「まさか、侵攻軍に編入されたのですか?」
「──その通りです。」
大司教は持っていた聖典を取り落とす。
「し、しかし!なぜです?貴方が軍に入隊する際、役職は憲兵だと聞いていました。憲兵は基本戦場には出ませし侵攻軍といえども憲兵を他の兵科に変えるなど、憲兵隊が黙っているはずがありません。」
ラング大司教は聖典を拾いながら早口に訴えるがその答えはこうだ。
「先ほども言いましたが今回の戦争は今までの比じゃないんです。今回の戦争で帝国から新大陸開発の主導権を奪うことができなければ、いずれわが国は新大陸から追い出され世界の列挙の食い物になるでしょう。それを教皇も枢機卿も分かっている。憲兵隊といえども結局は一人の軍人です。この国のトップが聖職者でその全員が賛同していることにただの軍人になにが出来るのでしょう。」
この国には軍人になったら聖職者としての階位を捨てなければならない決まりがある。憲兵は兵科の中でもエリートの集まりで上位な職業であるが高位聖職者の権威を超えれるほどの強さはない。
ラング大司教の笑顔は陰り、焦ったような声で言う。
「今からでも軍をやめて、聖職者になりませんか?貴方のような勤勉な人なら10年と掛からずに司祭になれる。」
ラング大司教の言うことは最もだ。
ラング大司教は私の親代わりでもあった。飢饉によって生まれた私のような大勢の孤児を地方の神父で会った頃から養い、我が子のように可愛がりながら、己の道を研鑽し地方民でありながら聖都の大聖堂の管理大司教にまでなった男だ。私たち孤児と血の繋がりは一切ないが彼は私たちを愛する子供として、私たちは彼を尊敬する父親として生きてきた。だからこそ、私は言う。
「大司教、確かにそうすれば私の戦死は避けられるでしょう。でも、お断りします。だってご自身で言ってらしたでしょ?」
私は胸を張っていう。できるだけ笑顔を、莞爾を取り繕って。
「己が立たず誰ぞかが死ぬならば。己が立ちて誰かを生かせと。」
取り繕えているだろうか、この虚勢が剥がれてやいやしないか。不安になる。しかしラング大司教から焦りと心配の表情と動作は消えていて。
「そうですか。それならば、」
首に掛けてあるクロスのネックレスのクロスの部分を取り外し、差し出してくる。
「持っていきなさい。そして死ぬことを肯定し、生きることを放棄しないで下さい。生きて顔を見せに来なさい。」
それを聞いて涙がでそうになるが私は目元を堅く閉じ、クロスを受け取る。
「はい、おと───大司教。」
そうして約束して私は入り口へと、大司教は聖典を開いて祭壇の方へと向き直る。
聖堂は先ほどよりも強い光とステンドグラスによって色鮮やか彩られ、早起きな信徒たちが礼拝をしにきている。
出入り口を通り過ぎると活気のある大通りの声が響いてきた。
次の話から3章に入ります




