間幕 宗教動乱
遅くなりました
ザグラード大陸 ウィンストン帝国 中部
平日の朝から昼へ転換する時間帯。カフェの入り口近くのカウンター席で珈琲を飲みながら情報誌を読む男がいた。扉が開き、男に寄る影が一つ。
「よお」
男に寄る影は適当な挨拶をして右隣のカウンター席に腰掛ける。影は30代前後の女だ。挨拶から感じられる粗雑さとは真反対の整った容姿をしている。挨拶された男は挨拶を返すことなく皮肉を言う。
「この時間にここに来る暇があるとは、ね」
「今日は数少ない休日なんでね、そっちこそどうした?出張でここまで来てるんだろ?サボりか?」
実はこの二人は基本的に朝にここにくるのだ。
皮肉を言われたにも関わらず、気にする様子もなしに質問してくる。
「残念ながら違う。本当は北部の取引先との用事があったんだが、向こう方の本拠地でトラブルが発生したらしくてドタキャンを食らったんでねここで待機してるのさ。……サボりとも言えるのか?」
「そりゃ災難だ。あ、店主いつもの頼むよ。」
体格のいい店主はそれを聞いて頷く。この女は生まれも育ちも職もここなので店主とは長い付き合いのようだ。
「…そんな毎日食ってて金は問題ないのか?」
この男の言う「いつもの」とは多量の砂糖を入れた珈琲と果実のジャムを塗ったトーストであり、なかなかの値段である。この男はほぼ毎日のようにこれを食べる
「半年ほど前から同業者組合が輸出用製品の買い取りを常時してくれるようになったお陰で稼ぎが大幅に増えてね。それなりの贅沢もできるのさ。」
「家族に小言言われたりしないのか?」
「子供には飴玉数個くれてやれば文句はないし、夫には南部産のいい飯を食わせて金があるかぎり大丈夫。そんな火の車な家計はしてないし。」
「南部か…」
そう聞いて情報誌から目をはなし、顔がやや真剣になる男。
「そういや南部といえば、防衛戦争の気配がする。帝都から南部への物資運搬が大幅に増えてるのと神聖国のトップが公会議を開催したって話があった。」
男の表情は険しくなる。
「南部で防衛戦か。」
「しかも今回は規模が大きくて、20年前の前回と比べたら人員は倍近いらしい。」
「……そういやあんたは南部生まれか。」
「あぁ、南部で生まれ育ち成人と同時に帝都で就職したんだ。比較的内地とはいえ少なからず被害はあるだろう。」
男の目が望郷と心配の念に濁る。
「神聖国側もよく懲りないな。もう何回も返り討ちにあってるのに。いくら小規模の侵攻作戦でも数万近い人命が吹き飛んでるのに。」
帝国と神聖国の軋轢はおよそ700年ほど前からある。当時神聖国内での宗教裁判で異端判決を受けた宗派が現在帝国が在る場所に渡ったのがきっかけだ。
対立が深刻化したのはおよそ400年ほど前の出来事による。逃げた宗派が帝国の公式な宗教の一つに加わったのだ。もともと神聖国側は帝国に異端者の引き渡しを申請していたが帝国側はこれを拒否し続けこれに至ったので神聖国側は帝国に正式に宣戦布告。これ以来30〜50年毎に戦争を仕掛けに来ている。
「今回は20年しか間隔があいてない。にもかかわらず人員は倍近い?なんの冗談だ。あの国の国力から考えて、明らかに無理な動員だ、そこまでしてなにがほしい。」
「恐らく前回の休戦協定で帝国側に属したさ新大陸の土地の奪還と新大陸内での優位性の確保だろうね。」
新大陸の開拓は今のところ帝国と神聖国しか参入してない。帝国、神聖国と新大陸の位置関係と両国の技術力の差。さらに神聖国は異教徒である先住民を異端として民族浄化という名の虐殺をして先住民から妨害をうけているため新大陸開拓は帝国が神聖国に大きくリードしている。
女は言う。
「この流れのまま開拓が進めば恐らく新大陸の大部分は帝国所属になる。新大陸の開拓は大幅な領土拡大を狙うことができるラストチャンスだ。必死に主導権を握りに来るのも分からないでもない。」
実際のところ神聖国は帝国含めた列強国に経済面や国際的な立場で数段劣っている。だからこそ新大陸の開拓。新大陸の陸地は未だ大半が未開の地であり、資源量も未知数だ。開発が軌道に乗れば広大な領土と資源が手に入る。
しかし女は続けて
「でも、戦争の結果に関しては心配してない。今までと同じように帝国軍の人々があの頭に歪んだ聖書ねじ込まれた狂信者の獣めいた軍隊を鉄と血と屍の海に変えてくれるはずだからね。」
という。
「……そうか、そうかもな。」
男はそう言うと情報誌に目を戻し、無表情で紙面を眺める。女は立ち上がる。女の手元にある食器にはもう何も盛られていない。
「店主!お代ここに置いとくよ!」
元気の良い言葉を残して女は店を後にする。
「そうだと、いいんだがな」
男の見ている情報誌、今回一番の見出しは。
『北部に乗り捨てされた小舟多数』
世界観の紹介を1話投稿してもう1話間幕を投稿した後3章に入ります。




