【短編】元お嬢様な受付嬢はワンコ系イケメンに弱い
「エミリア。幽閉か、勘当か。選びなさい」
お父様の言葉に、待機していた使用人たちが青ざめる。
震えそうな身体を叱咤して、私は顔を下げることなく、お父様を見据えて、しっかりと声にした。
「勘当してくださいまし、お父様」
なーんて1コマも、かつてはあったわね。
「はい、では次の方〜」
長い列をサクサク捌くのは手慣れたもので、受付窓口のトレイに置かれたギルドカードを読取水晶板でサッとかざし、同時に依頼書にあるサインと名前の確認をおこなう。
「ナイジェールさん、今回はドットバウワスの討伐依頼ですね。依頼ランクについても問題ありません。こちら受付完了しますね」
「おう、いつもありがとな!」
「はい、それではいってらっしゃいませ! はーい、では次の方〜」
ここはパラボナ王国のとある都市にあるギルド会館。
かつて公爵令嬢として生きた国の、その隣国だ。
人生を大幅に変えざるをえなかったあの出来事は、エミリアの人生最大の不運だった。
公爵令嬢だった頃のエミリアは、王家からの要望で第2王子と婚約を結んでいた。しかし、彼から婚約破棄を言い渡された……貴族学校の終業式後にある全校生徒が出席するダンスパーティーという、最大限に注目を集めるような場所で。
理由は、ハミルト男爵令嬢に対する虐め。
事実無根、罪状というにはお粗末なその行いの数々は勿論何も思い当たらなく、そもそも校内でイジメがあったことが寝耳に水。ちなみにハミルト男爵令嬢とはクラスも異なるため面識もなく、貴族名鑑でチラッとお名前を目にした程度。しかし、運悪く、全ての事件のタイミングにエミリアのアリバイ証人はいなかった。
友人と思っていた者たちは気づいたらそばから離れ、味方もおらず、学校側からは自主退学を促された。残念ながら、エミリアは卒業する学年では無かったわけだ。
後から風の噂で聞いたが、実際には第2王子とハミルトン男爵令嬢の捏造だったらしい。それによる王家の御家騒動はもう知ったこっちゃない。もう公爵家を後にした私には関係のない話である。
そんなこんなで実家とは縁を切り、隣国パラボナにたどり着き、それからまた色々と縁があって、現在はギルドの受付嬢というポジションにおさまった。それがいまの私、ただのエミリアってわけ。
「エミリア、お疲れ様」
「あらジュリア、もう交代の時間?」
「ちょっと早いんだけど、今日いつもより早出だったでしょ、お昼行っておいで〜」
「ありがとう、じゃあ行ってくるわね」
窓口の革張り椅子から立ち上がり、少し背筋を伸ばす。
午前中ずっと座りっぱなしだった身体をほぐすよう、従業員入口へと歩き始めた。
ここ、ギルド会館はパラボナ独自の取組みだ。
冒険者ギルド、金融ギルド、商業ギルド、などなど、さまざまなギルドの窓口業務を委託されている。
大規模な都市では各ギルドが運営しているのだが、小規模な都市や町ではコストがかかる。パラボナは1日あれば馬車で国を横断できてしまうほどの小国だ。王都ですら母国の地方都市より下の人口と規模である、ギルド側も大国より差別化してしまうのは仕方ない。
様々な陳情が上がった結果、王族が発案し、数年前から国営で窓口業務の運営を一括で行なうようになったのだ。
ギルド会館の受付は、様々なギルドがあるぶん求められるスキルは結構高いが、その分お給金も良い。現在では王城の侍女の次に人気な、女性の花形のお仕事となりつつある。
母国にいた頃は面白い取組みだなと思い、王妃殿下にお話したこともあった。まぁ、母国に比べて小国であるパラボナの取組みなど、匙ほどにも興味もたれなかったようだけど。
従業員出口からギルド会館外に出て、今日のランチをどうするか考えているエミリアだったが、見知った姿が目に止まり、足を止めた。
「やあエミリア」
「あら、クロード館長。お元気……そうじゃないみたいね。どうしたんです?」
普段はやたらキラキラしたイケメンっぷりを振りまく金髪碧眼のギルド会館長さまが、今日は普段と違い、げっそりとした表情で、困り果てた感じに仕上がっていた。
そう、彼こそが私がギルド会館の受付嬢に推薦してくれた恩人である。
「大変なことになった」
「あら大変、頑張って」
「流石に内容ぐらい聞いてほしいな!!」
だいの大人が涙目になってこっちを見るな。
仕方ないなぁ、恩人の前に飲み友達だ。
「ランチの最中でよければ聞きますけど?」
「エミリアー!」
「うっざ抱きついてこないで!」
幻覚かな、犬の尻尾がぶんぶんと見えた。
ゆっくり相談ごとを聞くなら、つゆ草亭の半個室がいいだろう。私とクロードは、職場から少し歩いたところにある、アットホームな食堂に足を運んだ。木の温もりで暖かな雰囲気の食堂だが、大衆的な食堂より値段設定が高いため、ランチタイムでもあまり混雑していない。息抜きするには丁度良い店だ。
「いつ来ても良い雰囲気だな」
丁度思っていたことを、クロードも微笑みながら言った。
少しキラキラが戻ったらしい。
パラボナ王国の官僚であるクロードは、私の職場であるギルド会館の責任者だ。パラボナに到着した、行き倒れ状態の私をみかけ、善意で衣食住用意してくれた聖人である。
胡散臭いけどもね。
まぁ、いつも身につけている制服はまちがいなく王国文官のものだし、ギルド会館を仕切っているのは事実だから、一応彼について信頼はしている。
信用してないけどね。
もうね、令嬢やめるキッカケのせいで、人間不信なのよね。なにを聞いても一度は疑うようになってしまった。こればかりは仕方ない。
「それで?」
世間話が落ち着いた頃に注文した食事がテーブルについた。
つゆ草亭名物のフライ乗せオムレツスペシャルにナイフを入れながら、私は話を促す。上司と部下の会話に聞こえないのは、初回から飲み友達みたいな間柄が構築されてしまっているためだ。
「困ったことになった」
「なによ」
「エミリア、ダンスはできるか?」
「まぁ、わりと嫌いじゃないわ」
「パーティーに参加しないといけなくなったんだが、パートナーがいないんだ……」
「あなた、その顔なんだからパートナーなんて選びたい放題なんじゃないの?」
「ああ、まぁそうではあるのだが、その……圧が」
「あぁ……」
お互い24だ。この歳にもなると、ガツガツとくる相手は一線バリアを作ってしまう。
「なのでお願いだ、エミリア、一夜でいい、パートナーやってくれ」
「それ私にメリットあります?」
「そうくるよなぁ…」
同意しないエミリアに、フォーク片手に項垂れるクロード。
「あなた本当に人を誘うセンスなさすぎ」
「うっ」
「まず日程と時間を相手に告げることが重要ではなくて? それからドレスコード、主催の家、他にも色々あるでしょ。招待状は?」
「あー…う、うちの主催だし、聞いたのも口頭だったからうっかりしてた」
「あなた貴族だったの? それにしてはだいぶフランクね」
「い、一応、ギルド会館長をする身分に相応しい家柄であると自負している」
やけに遠回しに言う。家名言いなさいよ家名。
「ドレスや装飾品もこちらで用意する。ほんと頼む、人助けだと思って」
「しょうがないわねぇ。まぁ、一応恩人だし、いいわよ。でも今回限りね」
「本当か!」
パァッと子犬のようにキラキラがきらきらーっと過剰にキラキラして笑顔が眩しいクロード。
あー、イケメンってずるいなぁ。
「聞いてないんだけど…?」
発狂せずに踊り終えた私を誰か褒めてほしい。
「ご、ごめん」
用意のために向かった先のブティックで着付けを済ませた私を待ち受けていたのは、黒塗りに金色の装飾の馬車。
世界基準で黒塗りもしくは白で金色の装飾なのは、王族とそれに連なる者の証。
向かってみればパーティー会場はこの国の王城で、内容は建国記念式典の前夜祭。
当たり前のように王族専用通路をエスコートされ、王族の控室にて待機させられ、王族用プライベートサロンにて国王陛下王妃殿下に挨拶をし、舞踏会にて踊り始めるのも一番手。四方八方から飛んでくる嫉妬と困惑の眼差し、値踏みしてくる貴族、正体を知ったであろう母国からの来賓が噂話に興じる。これ明日の晩餐会も出席って本当ですか。
まさに四面楚歌。胃薬何錠飲んでも足りないわ。
「貴族どころか、王族、しかも王弟……」
「いやー、なんかこう、言うタイミング逃したというか」
しどろもどろなクロードは、せっかくセットされていた髪をガシガシとかきあげ、言い訳をつらつら述べる。会場のすぐそばの庭先の東屋で、ワイン片手にショボくれるレトリーバーである。先程の自信ありげな王族モードは一体どこへいったのやら。
「……それで? 2回連続で踊った理由は?」
超ド級な無茶振りの挙げ句、あろうことか、私のことを勝手に婚約者だとお披露目したわけである。
「………すまん! 逃したくなかったんだ」
ここぞとばかりに、真っ直ぐな瞳でこちらを見てくる。
ああ、もう。この数年、この瞳の押しに、何度折れたことか。
「エミリア元公爵令嬢、昔からずっと君を慕っていたんだ。行き倒れていた君を見かけた時は心臓が止まるかと思った。そして、君を見つけれたのが僕だという幸運に、神に感謝したよ」
ああ。そっか、だから貴方も家名を言わなかったのか。
私のことを知っていて、私が家名を言わなかったから。
だとしても。
「あのね…順番が逆なのよ」
はぁ、とため息をつきつつも、私は言葉を続けた。
「それならそうと、確固たる意思があるならばこそ、正々堂々と誘いなさいよ。王族とか関係ない。神に感謝するほど大切な想いなら、自分の心を誤魔化さないで」
私の言葉に、まるで考えたこともなかった、みたいな表情で、彼はこちらを見つめて。
それから、優しげな笑顔になった。
「そうだな。俺はエミリアが好きだ」
うう。ダメだ。その表情は、わたし本当に弱い。
「婚約するにあたり、条件があるわ!」
「なんなりと、レディ」
「まず身分ね。ご存知の通り、私はもう実家の公爵家とは縁を切っているから、それなりの養子縁組を用意していただかないと。それから結婚後ですけど、社交と行事ごとだけで人生を終わらせる気はないの。受付嬢は続けるの無理だとしても、生きがいになりそうな仕事を私にちょうだい」
前半はともかく、後半については予想外の言葉だったらしく、クロードは目をパッチリとさせた。
「ギルド会館の発案者、王弟とだけ聞いてましたけど、つまりは貴方だったのでしょう。ならば、王弟妃に新たな采配を振ることだって出来ますでしょう?」
「任せて」
キラキラと輝きを振りまく笑顔で、私の手をとり。
「もう逃がさないからね」
子犬と思ってたはずの彼は、猟犬のようなギラギラとした瞳で、私の心を射貫くのだった。
数ヶ月後。
「エミリア殿下、これ、どうしますー?」
「もう、ジュリアってば。その殿下ってどうにかならないの?」
「そりゃギルド会館はクロード殿下の島だったから私も含め何でもござれだったけど、ここ王城ですからねー? 壁に耳あり窓にメアリーですし」
「まだ結婚してないからね」
そのわりには口調だけ全力でフランクですけども。
王城、エミリアの執務室。
正式に婚約者となり、クロードの手配により王城に上がった私は、自らの部屋と執務室を与えられていた。
しれっと私の部下におさまった元同僚のジュリアは、実は侯爵令嬢で、クロードとは従兄弟にあたるとのこと。小国だからフレンドリーなんだよねと言っていたが、国が違うとこうも市井との距離感が違うのはとても興味深い。
「でもぁ、まさかここでもギルド会館の仕事を続けるとは思ってませんでしたけどねー」
「それだけ他国に興味いただけたというのは嬉しいかぎりだわ」
クロードにした要望はきちんと現実となり、王城にいる今も、私はしっかり仕事に取り組んでいる。
業務内容は、他国への技術提供部署の責任者ってところだろう。
「あら、この書簡、私の母国からだわ?」
「へぇ、エミリア様、パラボナ出身じゃなかったんですね」
「ええ。貴族ロンダリングしたのはそういう理由もあったの。でも、そのおかげでジュリアと姉妹になれたわ」
「えっへへー」
「ですから、結婚後も殿下とつけるのはプライベートではやめてほしいですわ、ジュリアお姉様」
「もー、エミリア様ってば天使!」
2人だけの部署のため、キャッキャうふふしていると、ノックと共にドアが開いた。
「やあ、仕事は捗ってる?」
「もう、クロード様。執務室だからって返答を待たずに入室はマナー違反ですことよ?」
ジト目で注意をするが、クロードにはどこ吹く風らしく、ニコニコと笑顔で私のデスクまで歩いてきた。
「早く君に会いたくてね、エミリア。前みたいにクロードって言ってくれないのかい?」
「そ、それは…ふ、2人のときだけにさせて…?」
「それは楽しみにしているよ、可愛い俺のエミリア」
あの発破をかけた日から、子犬系が猟犬になってしまって、心臓が持ちそうにありません。
結婚後、大丈夫でありますように……!!