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第8話 勇者エーヴァルト

そのまま一緒に居ることができず、刺繍を始めてしまったレーナを残して、部屋を出て来てしまった。昼食時なので、食堂へ急ぐ聖女や神官たちとすれ違うが、リーネは人気のない方へと歩いて行く。

 

気づけば、小鳥たちのさえずりが降り注ぐ薄暗い森の中、奥へ奥へと進んでいた。

ひとりになりたいとき、決まってリーネの向かう場所だ。

大聖堂の後方に広がる敷地内の中では一番大きな森で、滅多に人の立ち入らない静かな場所。

その奥に、寝心地の良い幹を提供してくれる大木があり、リーネはそこを目指していた。

リーネが聖なる大木と呼ぶ、不思議と心を軽くしてくれる木。

なだらかな丘のようになった地点に立つ大木で、うねるように這う木の根の周囲には堀のような、円形の池がある。まるで大木を守るかのように水が囲っているのだ。そこに映る青々とした葉が映る姿は神秘的に美しい。木の根と池の間には青々とした草が生い茂っている。

 

去来する感情を全て追い払い、感情を動かさないようにして、足だけを動かす。

ふいに、視界をぼおっと光る何かが横切った。

自然、目はそれを追う。


(蛍?)


光る虫といえば蛍くらいしか知らないが、てっきり夜に出てくるものだと思っていた。

曇り空で光がほとんど入らないといっても、今は真昼だ。鬱蒼と茂っているとはいえ、夜と勘違いするほど暗くはない。

蛍と思しき光は、ふよふよと宙を彷徨いながら、森の奥へと向かっていく。

どうやら、リーネの向かう方角と同じようだ。

目の端には蛍を捉えながら、リーネは湿った地面を踏みしめ、目的地を目指した。


遠目に、大木が見えたときには、蛍はいつの間にか消えていた。

どこへ行ったのだろうと頭の隅で考えながら、開けた場所に足を踏み出したとき、リーネはぎょっとして足を止めた。

いつもリーネが寄り掛かっている場所に、先約がいたのだ。しかも、見知らぬ男である。


(人? しかも男の……)


聖女の園にいる人間は限られている。その全員を、リーネは知っているのだ。そもそも、部外者がおいそれと簡単に入って来られる場所ではない。

目を細め、お気に入りの場所を陣取ってしまった男を観察する。

樹の幹に寄りかかり、軽く目を瞑る男は、よくみればずいぶん若そうだ。リーネよりは年上だろうか、二十歳前後といったところか。紺色のマントで身を覆い、黒い長靴(ブーツ)を履いている。彼の傍らには大きな剣が置かれ、何かあればすぐに手を取れるようになっていた。

髪は紺青色で、前髪は眉を隠すぐらいには長いが、あとは短めだ。マントで良く見えないが、体格はかなりがっしりしていて、いかにも戦い慣れた戦士といった風格がある。


「エーヴァルト……?」


つい口からこぼれ出た言葉に、まさかと思う間もなく、確信する。

そういえば、庭師親子が言っていたではないか。神官がエーヴァルトをここへ連れてきたと。そのときは、「リントヴルム。サーガ」のエーヴァルトと結びつけて考えようともしなかった。それどころではなかったからだ。


だが、間違いなく、彼は勇者エーヴァルトだ。

なぜか、妙な確信がある。

頭に浮かぶのは、律の記憶で見た、ドット絵の二頭身の姿。そして、攻略本に載った、美麗な絵の立ち姿だ。心臓が急に早くなった。信じられないが、彼こそがエーヴァルトだ。


そう思った瞬間には走り出していた。リーネは迷わず、仮眠をとる青年のもとへ駆け寄る。青年がぱっと瞼を開け、近づいて来るリーネにキッと鋭い視線を投げる。手は既に大剣の柄を握り、投げ出していた足もすぐ立ち上がれるよう膝をついていた。そのあまりに早い身のこなしに目を見張りつつも、リーネは青年の数歩前まで近づいた。


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