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第5話 リーネの本心

聖女の園は白い壁でぐるりと囲まれた楕円形の土地で、小さな村に匹敵するくらいの面積を誇る。その生涯を園で暮らす聖女たちへの配慮であるらしい。

園にいる聖女は五十人前後。儀式等取り仕切る神官は、二十人程度。住み込みの料理人や女中といった生活面を支える面々は十人程度で賄っている。


壁の内部にあるのは、時の神ザイツを象ったステンドグラスのある大聖堂と、聖女たちの住居である聖女の家。神官たちの暮らす白の館。その他、手伝いの者たちの住む居住地がある。あとは、畑と、水路を巡らせた庭園があるが、その他の土地はほぼ緑豊かな森だ。


一度は入れば、一生壁の内側と言われる先読みの聖女。

そんな園を、唯一外界と繋ぐのは、一本の白く細い道だ。正門へと続くその道は、白い石を配した石畳で、月の出る夜にはうっすら光って見えるらしい。リーネは一度も見たことがない。それは、消灯時間にでもなれば、扉という扉、窓という窓に錠が下ろされるからだ。


突き抜けるような青い空の下、その白い道をゆっくり辿りながら、リーネはぐるぐると思い悩んでいた。

丸三日間高熱に苦しみ、その後二日間でどうにか回復し、六日目の今日、ようやく癒しの間から解放された。真っ先にレーナに会いたかったのだが、今は朝の祈りの時間。病み上がりだからと免除されたリーネは、何となくぶらぶらと敷地内をぶらついていた。

五日間もの病人生活でなまった体を元に戻すべく、散歩中だということにしている。

実際は、じっとしていることができず、ひたすらに歩いているというのが正しい。


(律……律なの? 私)


何度繰り返しても答えなど出ないのに、無意味に自問してしまう。

高熱のときに見た、立木律という少女の記憶。

今も鮮明に、頭の中に刻み込まれている。

まるで、自分自身が彼女であるかのように。

父母の名も、生い立ちも、友人の名も、好きな色も、好きな本も、全て語ることができる。

 

彼女の記憶に触れたとき、紛れもなく自分は立木律なのだと思った。

だが、実際リーネはリーネだ。立木律であるはずがない。

前世か何かなのかとも思ったのだが、それにはなぜだか納得できない。

彼女は今も生きている。そういう確信があった。

だからこそ、頭が混乱するのだ。

 

「リントヴルム・サーガ」についてもそうだ。遊戯の世界に過ぎなかったはずのものが、自分の住む世界だとは到底思えない。思えないのだが——


「いたよね、聖女の双子が」


律の記憶から、「リントヴルム・サーガ」の世界に、脇役である双子の聖女がいたことは確かだ。しかも、名前は自分たちと同じだったはず。

こんがらがる頭を整理したくて、ふうと吐息を吐く。

そして、ふと足を止めた。


気が付けば、俯いて石畳ばかり見ていた。ぐっと背筋を伸ばす。

それから、視線を彷徨わせ、今度は踵を返して元の道へ。正門の方角へ進んでいたので、今度は裏門のあるといわれる方角へと向かう。


森の奥には裏門がある。

以前、そんな噂を聞いた。昔、魔法で堅く閉じられ、封印されたのだという。

聖女の園には必要以上に出入り口はいらないということだろうか。

そう考えると、逃げ道などないという気がして、気持ちが塞ぐ。


(こんな力、欲しくなかった)


奥歯を噛みしめ、両手を握り締める。爪先が掌に食い込むことも厭わずに。

先読みの聖女の力を認められた少女は、身分関係なく、強制的に園に送られる。

それほど、希少価値の高い力なのだが、一方で不安定な力でもある。

だからこそ、なるべく多くの力持つ者を集め、先読みのブレを小さくするのだ。各人の持つ力が小さく、不安定なために、多くの同じ力のある者を集め、先読みの精度上げる。


通常十人程の聖女で行う儀式だが、実際この中の半数ほどしか予知できず、その予知すら欠片のようなごくわずかな情報にしかすぎない。欠片をどうにか繋ぎ合わせ、ひとつの予知とする。だから、聖女一人の力というのは実にささやかなものなのだ。


(こんなちっぽけな力の為に、私たちは犠牲になる)


入り口はあっても出口はないとされる聖女の園だが、脱出する方法がひとつある。

先読みの力が完全に消失したと証明されることだ。

だが、そんな聖女は今までに数えるほどしかいなかったらしい。細く長く続く力なのだ。

聖女の園の森の中には、ひっそりとした墓地がある。そこには歴代の聖女たちが静かに眠っている。正門から出ることが叶わなかった聖女は、当然ここで一生を終える。ここで亡くなれば、必ず聖女の墓地へと埋葬されるのだ。亡骸が故郷に戻ることはない。本人がどんなにそれを望んでいたとしても。それがここの掟だ。

——死して尚、白い壁の内側に留まり続けなければならない。

冷たい土の下で眠る聖女たちのことを考えると、リーネの心はかき乱される。


「聖女になんて、なりたくなかった」


ぽつりと漏れた言葉。

吹き抜ける風が、スカートの裾を揺らす。

急に、視界が薄暗くなり、顔を上げると、薄い雲が太陽を覆い隠したようだった。

先程まで快晴だと思っていたのに、いつの間にか雲が増えている。

空気もどこか湿り気を帯びているようだ。

耳に届いた自分の言葉が、心に陰りを生んだ。リーネはまた俯いて、石畳を歩き始めた。



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