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第3話 名誉の負傷

それから数日後。

リーネは癒しの間の寝台で横になっていた。

つんとした薬草の香りの染みつく、白を基調とした病人を隔離するための病室だ。

肌に触れるシーツすらもひんやりと感じるほど、燃えるように体中が発熱していた。


(レーナ、大丈夫かな……)


どこか薄い膜がかかったような意識の中、リーネは姉のことを思い、気持ちが沈むのを感じた。


(アーダ、また何かしてきたらどうしよう)


元貴族令嬢で、そばかすの浮かんだいかにも意地悪そうなアーダの顔を思い浮かべ、思わず顔が歪む。

もとはといえば、病に臥せっているのも、アーダのせいなのだ。


『あなたの大切なお姉さまが、池の淵で座り込んでおりますわよ?』


いかにも悪役然とした微笑みを湛えたアーダが、行く手を遮るようにして、わざとらしく声を掛けてきたのは昨日の昼過ぎのこと。儀式を終えたリーネが自室に戻ろうと外廊下を歩いていたときだった。

足を止め、何事かとまじまじと見つめると、アーダとその背後に立つ取り巻き二人組がニヤニヤしていた。


『何だか蛙みたいにぺしゃんこで、今にも池に飛び込みそうでしたわ』


口元に手を当て、愉し気に笑う聖女たちを見て、リーネはさっと顔色を変えた。そして、すぐに蛙池へと急いだのだ。聖女の園にある池は、蛙池と呼ばれる、藻だらけの池しかない。胸騒ぎを感じながら、池に行くと、ひどく青ざめ、呆然として池の淵に座り込むレーナの姿を見つけた。池にペンダントが投げられたと言う。リーネは意を決して、藻の生えた緑色の冷たい池に飛び込んだ。どうにか底を攫い、無事取り戻したところまでは良かったのだが、その日の夜に高熱を出したのだ。



そして、一夜過ごして、今に至る。

生まれつき病弱なレーナと違い、リーネはめったに体調を崩さない。だからこそ、病気になるとひどく堪える。丸一日経っても熱は引かず、用意された香草入りの粥すら喉を通らない。


頭もガンガンと痛むし、節々も痛い。

けれど、レーナのことが気がかりで、おちおち眠ってもいられない。とはいっても、立ち上がることはおろか、身じろぎさえも苦痛だ。それに、例え動けても、病気が治るまでは会うことは許されない。できることといえば、ひとり気を揉んでいることくらい。


(そもそも、レーナは何もしてないのに)


勝手に嫌って、勝手に悪口を言う、本当に勝手な人たち。

そんな聖女たちを好きになれるわけがない。


だが、彼女たちがそういう態度に出る理由に、心当たりがないわけでもなかった。

 

ひとつは、レーナの兼ね備える唯一無二の美しさ。

本物の貴族令嬢以上に上品で、優雅。歩けば大輪が咲いたように華やかになり、微笑めば香り立つような気がするほど。この姉の持つ美貌が、他の聖女たちの心をささくれだたせるのだろうことは容易に想像がついた。聖女の園にいる男性で、歩くレーナを振り返らない者はいないのだ。


もうひとつは、レーナの力が極めて弱いこと。

ここに住むどの聖女よりも、レーナの力は劣っている。聖女たちしかいない場所で、その優劣を決するとすれば、それは先読みの力の強弱に他ならない。その点で言えば、レーナは劣等生だった。

 

美貌では敵わないから、能力のないことを嗤い、溜飲を下げている。それがアーダを筆頭とする聖女たちの姿だ。

世間では「聖女様」などと尊ばれているというのに、内面の伴わないことといったら。

リーネはそんな聖女たちと共にあることが嫌でたまらなくなることがある。


(ともかく、早く元気にならなくっちゃ)


ぎゅっと目を瞑り、胸に去来する様々な感情を追い出しにかかる。

身動きすら取れない、こんな最悪の状態で、悶々と悩んでいたってどうにもならないのだ。

今は身体を治すことだけを考えよう。

そう決めて、リーネはいつの間にか入っていた体の力を抜く。

熱も痛みも、眠れば一時は忘れられるはずだ。


(それに、次に目を覚ます時には少しはましになってるかも)


心をできるだけ空っぽにして、耳を澄ます。

今は祈りの時間で、全ての聖女たちは礼拝堂に移動しているため、物音ひとつしない。

とても静かだった。朝食にと粥を運んできた通いの少女が、カーテンを開けて行ってくれたので、部屋は眩しいくらい明るい。

目を瞑っていても眩しいくらいだ。

徐々に睡魔らしきものがやってきた。このまま、身を委ねてしまおうと、ほおっと息を細く吐き出す。

ふいに突然、体がふわりと浮いた——気がした。


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