表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

作者: 綾奈

みぃ、とその猫は鳴いた。

左耳に茶色、右目に黒をまとった、三毛猫だった。可愛らしいが、内心では何かを値踏みするような表情でこちらを見つめていた。なぜか、その顔には覚えがあった。


 その子に興味があるの、


と、ふと、声が降ってきた。見上げると、黒い髪を肩で切り下した、若い少女が立っていた。口元に微笑を浮かべた、美しい少女だった。


 気が合うのね。この子も貴方に興味があるみたい。


少女が猫の顎を撫でると、猫は心底嬉しそうに目を細めた。まるで、それ以上の幸福など無いという程、うっとりとした表情だった。少女はこちらに顔を向けた。


 随分、疲れているのね、


と、まるでこちらの状況を見透かされているようだった。




 次の日も、黒猫が軽快に建物の上を跳び回っていた。彼は痩せ細った体躯で、その切れ長の目でこちらを睨んだ。でも、すぐにまた次の建物に飛び移り、こちらのことなど気にも留めずに跳ね回っていた。どこかその様子には違和感を覚えた。


 あんな風になるまでには、少し時間がかかったの。


そうだろうな、と納得だった。少女は猫に手をかざした。


 最初は戸惑うけど、でもすぐ慣れるよ、なんでもね。


少女の足元には、体の小さな猫や眼の潰れた猫が甘えるように擦り寄っていた。少女は猫達のことをよく知っているようだった。


 貴方もこの子たちと仲良くなりたいのね


そう言われて、自分がずっと猫のことばかりを考えていることに気が付いた。




 その日は、丸々太った虎猫が、ゴミ捨て場のスクラップの上を占領していた。周りの猫達は、彼を遠巻きに見つめていた。その横暴さとは裏腹に、彼の瞳には、悲しみの色が有った。その光景には、どこか既視感を感じた。


 やめなさい、


と、彼女が現れて言った。その瞬間、猫達はいがみ合うのを止め、一目散に彼女の元へと駆け寄った。彼女は猫達の餌を足元に置くと、一匹一匹を丁寧に撫でた。彼女を取り囲む何十匹もの猫は、本当に幸せそうだった。


 さあ、貴方も食べなさい。


彼女がこちらに向けてそう言った。


 猫はいいよ、何も考える必要なんてないの。


彼女は微笑み、こちらに向かった。


 為すべき課題、周りからの重圧、人との交わり、

そんなものは忘れていいの。


彼女の掌が、顔に向けて伸びてきた。




 だから貴方も、私の「猫」にならない、




と、彼女に顎を撫でられた。とても心地よくて、彼女の掌に、顔を摺り寄せた。





その時初めて、自分が「猫」になっていたのだと、気が付いたのだ。





彼女の手を舐めると温かく、非常に柔らかかった。


頭を撫でられて、彼女に連なる猫達の最後尾へ加わると、華奢な彼女の後姿の向こうに、朝日が昇るのを見た。






















五月の半ば、連日の行方不明者が後を絶たないその町では、大勢の猫を連れた、一人の少女が目撃されている。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ