第279話 とあるサザンヌの男爵親子(前編)
「はーいフォレチトンからのツアーのみなさーん、こちらがサザンヌ国の海岸ですよー」
年が明けてから三週間が経ち、
冬の荒い海にも関わらず今日も観光客が訪れている。
(一応の領主だ、挨拶はせねば)
「遠路はるばるようこそ、私はサザンヌ国サゴンヘ領の領主、
チャコノ=ヴァリアットル男爵と申す、新鮮な海の幸を食べるツアーと聞いた、
それ以外は大した物は無いが、存分に楽しんで行ってくれたまえ」
こんな漁師町と呼ぶにも中途半端な場所へ、
なぜか好き好んでアルドライドとかいう国から大量に訪れる人々。
(まあ、たんまり金を落としてくれるから良いが)
地図で見るとサザンヌ北のメラン、
その北にずっと内戦状態で冒険者以外は出入りがお奨めできない国、
ナッスタだかいう広い国があった、あそこは呼び名が微妙にコロコロ変わる。
(そこの西北に広がるとてつもなく広大な砂漠、あそこに国があったとは)
そしてそこを突き抜けた北にあるのがアルドライドという国で、
今、私が言った国のルートを開拓してやってきたらしい、
とても信じられないが確かに観光客が大勢来ている、これが事実だ。
「領主様、アルドライドのサンネイズ商団から本日も贈り物です」
「すまない、金貨銀貨だけでなく、このような物まで」
「いえいえ、男爵様のおかげで儲けさせていただいていますから」
と、アルドライドはフォレチトンとやらの特産品を貰う、
先日はやけに少ない量の肉と思ったらなんと子供のミミック肉で、
これが濃厚、重厚で驚くほど美味であった、舌鼓を打つとはこの事であった。
(そして今日は特別に育てているというパーシブの実か)
この実はこちらの国、サザンヌでも見ない事はない果実であるが、
当たり外れが大きい事で有名で、外れを引くと酸っぱくてとても食べれた物ではない。
「男爵様、御心配なく、フォレチトン産パーシブは全て当たりでございます」
「そうかね」
「我が故郷でも、これ程美味しいパーシブの実は食べた事がありませんでした」
そう言って片膝着いて差し出しているのは獣人奴隷だ、
どうも私のイメージだとこういう獣人は話せてもカタコトで、
少しでも機嫌を損ねれば大暴れするといった先入観があるのだが。
(本当に紳士的だ、いや女性だから淑女的とでも言うべきか)
それでいてよく鍛えられている、
先日も暴れ馬を獣人奴隷ふたりが難なく捕まえていた。
「何もしていないのに悪いな」
「いえ、あの宿を提供していただいただけで、十分です」
そう、この漁師町にはかつて一件だけ宿があった、
しかし両隣の街が大きくなり客はそちらに取られ、
開店休業状態だった古宿をこのサンネイズ商団に引き取ってもらった。
(それがアルドライドからの観光客の拠点になるとはな)
二棟あるうち片方は廃墟になっていたのだが、
あっという間に建て直したのではと見紛う程に綺麗になり、
すぐに観光客が食事したり泊まったりしはじめた。
「それより聞きたい事がある、先日、観光客の親子が言っていたのだが……」
私は観光客が食事を終え、
灯台を観に行く列の会話が耳に入ったのを思い出す。
「母上、お婆様を宿に置いて行って本当に良いのでしょうか」
「ヒスチェ、いいよの本人が食後はゆっくり休みたいと言っているのだから」
「それでもあの女神像で完治はできたはずなのですが」
「ほんと、凄かったわね、余命宣告までされていたのに、あの女神像は欠損以外は全部治すそうね」
「私も話を聞いた時は疑いました、しかし本当だったとは、リア様に、フォレチトンに感謝です」
……『欠損以外は全て治す』
そのパワーワードが列が去った後も頭にこびりついていた、
もし、もしそれが本当であれば、私の娘は、ひょっとしたら……!!
「……という事で、その噂は本当なのか教えていただきたいのだが」
「本当ですね、ただ、一般公開は年始の初日から二日目にかけての期間だけでした」
「そっ、そんな! ではもう」「次回はわかりません」
そんな、そんな大きなチャンスがあったとは!!
「何とかならないのか」
「私が聞いた限りでは方法は三つですね」
「お、教えてくれっ!!」
私が必死に肩を掴もうとしたのをサッと綺麗に交わされた。
「ひとつはお金ですね、白金貨を五十枚積めば最高級の治癒魔法を」
「そ、そんな大金は地方の男爵家である私には」
「そうですか、人の命が白金貨で助かるのであれば安いものです」
確かにそうだが、それを借金できる程の地位や財産は私には、無い。
「もうひとつはコネですね、こちらの地域ですとナスタ国王かメラン国王、
その強い要請があれば白金貨一枚のお気持ち程度でなんとか、紹介状を書いてもらって下さい」
「そんな、サザンヌ国王では」
「無理ですね、そこまで強い繋がりはありませんし」
そもそも地方の、一介の男爵の願いなどサザンヌ国王であってもなかなか聞く耳は持ってくれない、
それがさらに強い国の王となると、もうどうしようも……!!
「さ、最後の、三つ目の方法はっ!」
「これはあまり他言してはいけない話なのですが、
良いですか、ここだけの話ですよ? 絶対に秘密にしていただきたいのですが」
「あぁ、教えて欲しい」
耳を寄せると手を横に立て、口を隠して小声で教えてもらう。
「……泣き落としです」
「ふあっ?!」
思わずおかしな声を上げてしまった。
「自分の立場も関係なく、とにかく必死にお願いするのです、
最高級の治療を受けられる場所へ連れて行って下さる方は宗教関係なく六人居て、
聖女五人に男性ひとりです、その中で運良く情にほだされる方に当たれば、ひょっとして」
「無料でか?!」
「さすがにそうはいきませんが、後は運ですね、いかに情に脆くとも無償は絶対ありえません」
それでも、それに賭けるしか無いという事か!
「……その場所まで、我々を連れて行って欲しい」
「フォレチトンまでですか、遠いですよ、運賃もそこそこかかります」
「構わない、出せる金貨は全部出す、だから、だから私と娘をっ!」
必死にしがみつこうとするも、
それもスッと身を引いて交わされた、
しっぽだけがしなやかに揺れていた。
「わかりました、この町は我がサンネイズ商団もお世話になっています、
あくまでも『荷物として』であれば、馬車の荷台に積んでお運び致しましょう」
「そ、それでは!」
「今夜には起ちますから、用意をして宿まで来て下さい、乗り心地は覚悟して下さいね」「構わんっっ!!」
私は急いで男爵邸の奥へ行く、
そこで眠っているのは妻が命と引き換えに生んだ大切な娘……アリアだ。
「ん……んっ……」
「アリア、お出かけだよ、少し長くなるが、身体を治しに行くよ」
「……んんっ……んー……」
産まれてから身体の弱かったアリア、
妻もそうだったがとてもやさしい笑顔を見せてくれる、
ここ数年は自ら起き上がる事の出来ないくらい弱っており、
なんとか捻出して診てもらった僧侶からは、
『魔法であればよほど高位な司教や聖女でなければ根本治療は無理』
とまで言われ、何とかポーションを繋ぎ繋ぎ飲ませて生き長らえさせてきた、
まさに収入が、税収がほぼポーション代に消えて行く綱渡りな男爵家……
しかし今年に入ってからの観光客でようやく希望の光が見えて来た、その矢先の話である。
「アリア、聞いてくれ、昨年末、僧侶に診察してもらった時は、
このままであれば来年は覚悟しておいて下さいと言われた、だが事情が変わった、
もちろんこのまま増えた税収で治療を強くしていく手もある、しかし、しかし私は、パパは」
「……んんんー……んっ」
「苦しいのかい? すまない……やはりこのまま苦しい時間をこれ以上、長く味あわせたくはない」
私の決断は決まっていた、
荷物をまとめ、最悪もう戻ってこれなくても良いように、
各部屋も整理し、領主と重病の娘の二人だけしか住んでいない領主邸を片付ける。
(足りない金は、この館を売ろう)
夜になり、白湯を飲ませた娘のアリアを背負う。
「さあアリア、身体を治しに行くよ」
「ん……パ……パ……」
「今、喋ったのか?! ……そうか、うん、パパ、頑張るよ」
こうして私、サザンヌ国サゴンヘ領主、
チャコノ=ヴァリアットル男爵は娘を連れて、
まだ信じ難いが唯一、最後と言って良い望みを抱え、
フォレチトンとかいう見知らぬ場所へ旅立つのであった。
(……貴族ではなく、ひとりの父親として)
中編へ続く。




