8話 歪の裁判
ごめんなさい、所用で最近投稿頻度がすこし落ちてました!今後はまた元のペースに戻ります。
※今回はキョウヤ君の視点での語り口が地の文に多分に含まれます。
突如としてあらわれた異常な力を使う襲撃者との対談、状況はすでに最悪の事態を迎えようとしていた。
目の前にいる襲撃者の女はこともあろうにこちらを指して「悪霊」と呼び、後ろの鏡の中では悪霊がおぞましい気を放っている。
このままいけば悪霊はおそらく口封じのために襲撃者を殺してしまうだろう。同意をした以上、現状殺すだけなら悪霊のイメージ単体でも可能である。
だがそうやって出来上がる死の責任を一方にだけ押し付けるような胆力はなかった。目の前の人物がこちらを攻撃してきた以上、自身もすでに彼女の攻撃対象である可能性があった。つまり少なくとも悪霊のその行動は自分にも利があるのだ。
しかしそれでも、これまで一般的な社会規範の中で生きてきた自分にとって目の前の人物の死を許容することはどうしてもできなかった。
初めて自身を取り巻く環境に誰かの命がかかわったこの状況にあって、キョウヤは目の前の人間を死なせないために猛烈な勢いで頭を回転させ始めていた。
キョウヤは自分が挟み撃ちにあっている気さえしたが、何とか持ち直して努めてその内心をさらさぬよう言葉を返す。
「お前は何を言っているんだ?」
ここからは完全にでまかせでしかない。だがここでの沈黙はすなわち肯定と受け取られかねない。表情の一つも変えず、冷静な口調に徹して言葉を続ける。
「お前がまな板の鯉みたいにされているのはお前がこの家に押し入ってこちらを害そうとしたからだろうが。最低でも窓と植木鉢は弁償してもらうからな」
…言い切った。何とか淀まずに言い切った。キョウヤは内心で一息つく。
このこの状況で目の前の女がノイズまみれの死体にならない方法は一つ、自身の正体について「シラを切る」ことだ。
ここで肯定の意を示してしまえば当然こいつは死ぬ。否定したところでそもそも自身が悪霊でない、という情報を一般人が持っていて明確に語れるのも違和感があるだろう。実際さっきまでこんな世界のことは知らなかったのだ。それにそうでなくても相手はこちらの正体を断定ほぼ断定している。
ならば彼女を殺させぬための条件は、その断定された認知をねじ切ることである。相手が真実に気づいてしまったのなら、その真実を間違っていたことにしてしまえばいい。
間違った認識を刷り込むことこそがこの人物を生かす最も確実な手段であるという考えのもとに、キョウヤは再び息を小さく吸い込んだ。
始まったのはあまりにも歪な裁判である。罪状は推定で窃盗罪。裁判長は被告人が無罪以外なら原告へと死刑を下し、その真実は間違いなく有罪である。さらに弁護士は被告人が務めているような状況だ。挙句、悪徳弁護士は無罪を勝ち取るために全力で事実を隠蔽しようとしている。
検察官の女は被告人の有罪を立証するべく言葉を並べる。
「とぼけないで、机の上にあるそれは何?」
やはりこの短剣が目的であったらしい。戦略を練りつつ弁護士は言葉を返す。
「これか?これはさっき拾ってきたものだ」
虚偽申告はない。ただ異界での出来事は話さず、相手にその情報を出させる。無罪の被告人なら知りようがないのだから。
「これが何かは知らない。それよりもこちらにとってはお前の方が問題だ。なんで襲ったりしてきたんだ?」
弁護士はシラを切る。問題を切り替えるふりをして、相手の強引な一手を待つ。逸れてゆく話題にいらだちを抑えられなくなった検察官は動いた。
「シラを切らないで。それはあなたが異界から奪ってきたものでしょう?」
弁護士は内心でニヤリと笑う。シラを切っている? 大正解だが、おかげでこちらのほしい言葉がついに出そろった。
「待て、もしかしてその異界っていうのは神社みたいな場所のことか?」
無事に善良な参考人の席をも得られたと感じた弁護人は重く息を吸い込むと証言を開始する。
「実はな、今朝散歩に出かけたんだ。そしたら河川敷の自販機が壊れていて、何か飛び出してきたんだ。そしたら何やら神社みたいなところにいて、そこでコイツを拾ったんだ。…なあ、もしかしてあんた何か知っているのか?」
参考人はさも弱々しく、まるで自分も被害者であったように悲壮感たっぷりに事実を語ってみせた。しかし、それを聞いた検察官はケタケタと乾いた笑みを浮かべる。
「ああ、そう。あなた自分が置かれた状況に気が付いてなかったのね」
そういうと、彼女は事件の決定的な証拠を提出した。
「ここは今私が貼った結界の中なの。入れるのは私とこの周辺にいた人ならざるものだけで他は全部偽物になっている」
弁護士の建てた戦略は音を立てて崩れ去っていった。
彼はそれでも思考を再構成する。まずは状況の整理だ。この一日、思えば確かにあまりにも人がいなかったのだ。警察にもだれもいないし、まして110番がつながらないなどということはありえない。おそらくこの証拠は本当だ。
だからこうも言える。この証拠さえくじいてしまえば間違いなくこの裁判は逆転無罪を勝ち取れるのだと。
次の一言が勝敗を分ける。弁護士はここまでの情報を振り返っていく。
証言によれば結界の性質は「人ならざる者だけを閉じ込める偽物の世界」というものだ。ではなぜこの女性はそんな結界を作ったのか?
それはこの短剣を回収するためであろう。だがそれだとほかにこれを奪おうとしていたものを同時に結界の中に取り込んでしまうことになる。ならばこうも考えられる。短剣は他の悪霊によって奪われた可能性があったという状況だ。
これなら推定の犯人であるあの狼を閉じ込めるメリットは確かなものになる。それは同時に目の前の襲撃者は短剣にかかわる正確な情報を持っていなかった可能性を示していた。
そして少なくとも朝の8時ごろまでは自身以外の明確に人間である彼の家族は確認できていた。つまりこの時点ではまだ結界に自身は取り込まれていない。
非現実に関する知識など持ち合わせていない以上これは賭けに過ぎなかったが、それでもこの状況を覆すに足りうる唯一の手段であると確信し、最後のあがきを放った。
「あんまりよくわからないことは言わないでくれ。こっちは7時からずっと神社の中に閉じ込められたせいで疲れているんだ」
弁護士の一言に検察官の認知は音を立ててねじ切れる。
「うそ、もしかして異界ごと巻き込まれていたの?」
その脳内で点と点が誤ってつながり、間違った認識が形成されていく。彼女の表情は青ざめていき、明らかに「やってしまった」という後悔と焦燥が入り混じったものへと変わっていった。
弁護士は自身の首を捻らせて見せる。その行為に検察官の表情は明確に罪悪感を帯びたものとなった。
「…その、ごめんなさい。まさか巻き込まれている人がいるなんて思わなかったの」
裁判は終わり、鏡の中の裁判長は静かに判決を下した。
『まあ、こちらを人間と思い込んだなら大丈夫だろう』
完全無罪、勝訴を確信した弁護士は心の中で小さくガッツポーズをした。こうして人の側に立った怪物の裁判は無事に幕を閉じたのだった。
ここまでお読みいただきありがとうございます!
今後も二人の物語をぽつぽつと上げていきたいと思いますのでよろしければこの物語の感想・評価の方をぜひともよろしくお願いします。
※次の話は4/5の午後6時頃に投稿しようと思います。




