7話 疑問と襲撃者と最悪の状況
目に映るのは正午の太陽。キョウヤは異界から抜け出すことに成功し、もといた河川敷へと戻ってきた。
彼は一旦右手の結晶をズボンのポケットにしまうと、周囲の風景を見渡す。付近にどうやら人はいないらしく、自販機は破壊されたままに放置されていた。周囲は水たまりが風に揺られて波紋を作るばかりで、特に危険なものは見られなかった。
じっとしていても仕方がないので、キョウヤはとりあえず自販機のことは通報しようとスマホを取り出そうとする。しかし今朝憔悴しきっていた彼はそれを家に忘れてきていたのだ。
一度どこかに腰を落ち着けたかった彼はそれもあって一旦家に帰ることにするのだった。
もと来た道をたどり、キョウヤは自宅に到着した。
二階に上がり充電プラグの刺さったままのスマホからプラグを抜くと、それを持って1階のリビングへと降りて行った。
待ち時間の間に警察に通報しようとスマホを手に取り、電話を掛けるがそれはつながらない。キョウヤは自販機のことを通報するのは一旦あきらめた。
「あの狼がお前の仲間?」
悪霊はそれを肯定し、詳しく語り始めた。
『ああ、オレと同じ「悪霊」だ。そしてこの結晶の方はオレの目当ての物だ』
悪霊からは疑問の一部にも同時に答えるような返答が返ってきた。悪霊が目当てであるといった物品、その結晶の正体について暫定持ち主の回答はこうだった
『これはもともとオレが持っていたが、前に飛び散ったらしいのだ』
その答弁でキョウヤが気になったのは言葉の節々にあるその推定的な口調であった。
「…『らしい』っていうのはどういうこと?」
その質問に少し悩むが、やがて一言で悪霊は答える。
『いや、実はお前の中に入るまでの記憶が一切ない』
突然すぎるカミングアウトにキョウヤは思考が空白になる。そして遅れて納得がやってきた。このノイズはここまで自身の目的や正体についてやたらとぼかしていた。その理由はつまりコイツも自分のことを知らなかったからだ。
あきれ顔のキョウヤをよそに悪霊は言葉を続ける。
『どうもこれが飛んでいくときに記憶とか他のパーツも一緒に吹き飛んでいったらしい』
何となく文脈を理解したキョウヤは、悪霊の言葉に続ける。
「つまりお前は今歯抜けの状態で、お前の中身が入っているこれを取り戻したいと?」
そう言ってキョウヤは結晶を手に取る。
『そうだ。そしてこれはほかの悪霊が持っているだろう。いや今回は運がよかった』
「これを全部集めればお前は俺から出ていくんだな?」
『まあ、基本的にはその認識で良い』
あまりにもあいまいな回答であった。
ふいにキョウヤの後ろで窓ガラスが割れた。
彼が驚いてそちらを見ると、誰かが窓を蹴り破って家の中に侵入してきていた。そしてその犯人、学校の制服姿の女性がキョウヤの方を凝視していた。だがその視線はどちらかというとキョウヤ自身よりもその目の前に置かれた短剣の方に向けられていた。
不審者は懐に手を突っ込むと、そこから縦長に切りそろえられた紙を一枚取り出す。そしてその札が額のあたりに押し当てられると、その周辺の空間が波紋を立てるように歪んだ。歪みが収まると、札を握っていたその手には一本の小刀が握られていた。
突然の事態に愕然としているキョウヤに悪霊の声が響く。
『テレビの前に立て。こちらでなんとかする』
不審者はキョウヤにとびかかってくるが、彼の体は何とかこれをかわしてテレビ台の前に立つ。
攻撃をよけられた不審者だが、後ろに向き直るとすぐさま体制を整え、キョウヤに再び突っ込んできた。
キョウヤが後ろに身を引くと、追い立ててきた不審者と悪霊がテレビの中に映る。すると、テレビ台の上に置かれていた植物の植木鉢がひとりでに持ち上がり、不審者の頭部めがけてすさまじい勢いで落とされた。頭部にもろにそれを食らった不審者は気絶した。
キョウヤは不審者をソファの寝かせ、その両手と両足の親指だけを結束バンドで固めて、一応の拘束を行う。今回はどうやら間違いなく人間であるらしい。
本来であれば警察に通報して一度家を離れておくなどして身の安全を守る措置をとる必要があったのだがそれはできなかった。周囲の家や交番に避難を依頼しようともしたのだがだれも家にいなかったからだ。そして、凶器は今や再び札へと戻っており、状況は依然として非現実が支配していた。
彼はもしかすると目の前の少女がこの状況について何か知っているかもしれないと考え、一度彼女が目覚めるのを待つことを提案したのだ。
この考えに悪霊は苦言を呈する。
『本当に処理しないでおくのか?』
そういわれた彼はテーブルの上にある短剣に視線をやった。
「こいつならこれについても何か知っているかもだろ?」
異常な者に突然襲撃される理由などは彼にとって現状完全に文脈から遊離したこれ以外にはなかったのだ。
『一理ある。しかし準備はしておかないとまずいだろう』
突然刃物を持って住宅に襲撃をかけるような相手なら、殺すほどはないにせよ対抗の準備が必要だと言うのは正論であった。2階から小さめの鏡を持って不審者が映るようにおき、彼自身も鏡に映るようにしてソファの前に座った。
『よし、起こすが問題ないな?』
そんなこともできたの?という驚愕の声に軽く返すと、悪霊は最後の確認を始める。
『尋問の目的は襲撃の理由を聞き出すことだ。最悪の場合は殺してしまえ』
妙にそこにこだわるな、という言葉を再び抑え込み、キョウヤは疑問を口にする。
「最悪の場合っていうのは具体的にはどんな状況?」
『ああ、こいつがこちらの正体を知ったとき、もしくは知っていた時だ。そうであればこいつはどうあってもこちらを狙い続けてくるだろう』
その言葉にキョウヤは衝撃を受けた。わざわざ襲い掛かってきたのはつまり彼自身がこの人間にとって危険な存在とみなされている可能性もあるのだ。
「…情報を聞き出してからな」
そうであるなよと願いつつ、キョウヤは悪霊の言葉にゆっくりとうなずいた。
少女の口から小さくうなり声がすると、目を覚ます。何とかして起き上がろうとしたようだったが、両手足を抑えられていたためにその試みはただ跳ねるだけに終わった。
キョウヤは襲撃者の女性に話しかけようとする。だが、彼が口を開くよりも先にソファから起き上がれないままの女性の口から怒号が飛び出した。
「何のつもり?これを外しなさい、この悪霊が!」
キョウヤはめまいを覚える。事態はすでに最悪の状況に差し掛かろうとしていたらしい。
ここまでお読みいただきありがとうございます!申し訳ありません、所要で一日投稿が遅れました。
今後も二人の物語をぽつぽつと上げていきたいと思いますのでよろしければこの物語の感想・評価の方をぜひともよろしくお願いします。




