5話 異界探索①
キョウヤ達が黒煙の怪物に飲み込まれてたどり着いた先は、ほの暗い洞窟の中であった。大きさはちょっとした野球ドームくらいのサイズ感だった。目の前には鳥居があり、その先にはかなり立派な神社が建てられていた。
他にもその洞窟はどうやら人間の手が加わっているらしく、彼の背後を見ると洞窟の壁に沿って資材搬入用のエレベーターらしき施設があった。どこかの地下なのであろうか。
「…どこかに誘拐でもされたのか?」
キョウヤが問いかけると、不機嫌そうな悪霊の声が聞こえてくる。
『違う。ここはさっきのやつの本拠地である「異界」だ。現実にある空間とは根本的にわけが違う』
彼の内側にあるひりつきはいくらか収まっていたが、代わりに今度はいら立ちのようなものが伝わってくる。
「やっぱここに長居したらまずいのか?」
『ああ。下手を打てばさっきの奴が強化されてまた湧いて出る。お前が油断しなければ逃げられたのに、最悪だ』
内側のいらだちの中には、半ば呆れとも侮蔑ともつかないような感情が混ざり始めていた。
河川敷で出会った大きな犬のような怪物、瞬きをする間に5m以上あった距離を詰めてくるようなやつからどうやって逃げるのかとキョウヤは疑問を抱く。
「あれから逃げられるもんなのか?」
悪霊はその感覚をわずかに揺らし、あきれるようにため息をつく。
『だから言う通りにしろといった。また実践してやろう』
悪霊はキョウヤの左手にあるペットボトルを地面に置かせると、近くにあった小石を握り、遠くに投げる体制を取らせる。
『いいか、1・2の3でその石を上の方めがけて思いっきり投げろ』
そういうと悪霊はカウントを取り始めた。
わけもわからないままのキョウヤだが、これ以上同居人の機嫌を損ねても仕方がないとカウントに合わせて左手を力いっぱい振りかぶる。
すると投げられた石は恐ろしい速さで天井へと飛んでいき、目測で60mはあろう高さの天井まで一直線に飛んでいく。その速度すら落ちないまま天井にぶつかった小石は火花を散らしてこつんと音を立てた。
自身により引き起こされたありえない事象に愕然としたキョウヤに悪霊が再び説明を始める。
『いいか、これが本来のオレの能力だ。お前の同意さえあれば条件しだいで変わるがそれを引き出せる』
なるほど、これほどの運動能力を引き出せるのならば確かに怪物のあの俊足からも逃げ出すことが可能かもしれない。
「…わかった。次からは気を付ける」
そう口にしたキョウヤの中からすっといらだちのような感覚が引いていくのを感じた。
腹の虫のおさまったらしい悪霊は、ある程度落ち着いたのか冷静な口調を取り戻して話し始める。
『まあいい。ひとまずはここから脱出を目指すぞ』
そういうとキョウヤの体にさっき地面に置いたペットボトルを拾いあげさせる。悪霊が彼の体を操って歩き出そうとしたところキョウヤはそれを引き留めた。
「待った。脱出するっていっても一体どうすればいいんだ?」
それを聞いた悪霊は前進の念を一度しまいこんだ。
『そうだったな、まずそこから説明しないといけなかった』
悪霊はキョウヤに、目の前の神社を見るよう促す。
その神社は古びてはいるがとても神々しい…というよりその祠自体が淡く暖色系に発光し、洞窟の全体を照らしていた。
「…どういう原理で光ってるんだ、あれ?」
『現実とは違うといっただろう?まずはあそこを目指す。』
ひとまず目的地はわかったが、そこで何をするのか、何が起きるのかが全く分からない。そう考えたキョウヤはさらに質問を続ける。
「中に入って何するんだ?」
特に声色は変わらず、穏やかな口調の悪霊もまたそのまま説明を続ける。
『中に入ったらこの異界の「要」を探すのだ。それを奪えばこの異界は消え去って、晴れてオレ達は脱出成功というわけだ』
神社の境内に侵入し、祠の中に入って、何等かの物品を取り払う。ある程度のプロセスを脳内に構築できたキョウヤはこれからの行動に納得する。
「よし、ある程度はわかった」
それを聞いたのかキョウヤの中に何かもやもやとしたものがあらわれるが、それはすぐに消え去る。
『まあいい。わからないことがあればまた聞け』
そう言われてしまったキョウヤは鳥居の方へと歩き出した。
神社の入り口に近づくと、キョウヤは目の前にある巨大な鳥居に取りつき軽く目星をかけた。
それはまあまあ古く、少しひび割れた石造りのものであった。鳥居の周囲を見回していると石造りの一部に製造年月日なり、寄贈者・寄贈日などが示されていただろう場所を発見する。しかしその文字列は白いノイズのような状態になっており、明らかに正常ではなかった。
異常な文字列を見たキョウヤは、悪霊にその正体を問いかけ、悪霊は一瞬考え込んでその答えを口にした。
『ああ、多分ここに霊体が二体以上いるんだろうな』
この空間にはさっきの怪物のほかにもまだ別の脅威が潜んでいる可能性があるということだろうか、とキョウヤはぎょっとする。しかしそれに悪霊は否定の意を示した。
『この状態ならおそらく二体は今お互いが敵対関係にある。こちらとしては横腹をつつくような形になるのだからむしろ都合が良い』
なるほどつまりいま自分たちはその二体の縄張り争いに横入りしていて、今から漁夫の利を狙いに行くようなものか、と彼はその説明に自分なりの解釈を得た。
ある程度調べのついた鳥居を抜けて境内に入ろうとしたとき、キョウヤを奇妙な感覚が襲った。
「見られている」という感覚だ。どこからというわけではないが視線、もしくは見られているという事実だけが教えられているような、彼のこれまでの人生で味わったことのない経験だった。
耳の中からはざわざわという感覚がはい出してくるように感じ、腹の内からは悪霊のものであろう、さっき以上の緊張感が感じられてきた。
「…ばれたのか?」
何となくだが、彼は自身の感覚からそういう確信めいたものを受けていた。
そしてその質問に、低く張り詰めた声が返ってきた。
『ああ。だが向こうから近づいてくる様子はない。待ち構えているらしいな』
待ち構えているというのは、神社の拝殿の中で、という意味だろうか。しかし脱出のためにはそこに侵入する必要があった。
「突っ込むのか?」
『ほかに手もあるまい』
キョウヤは、薄暗い境内の参道をゆっくりと進んでいくのだった。
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今後も二人の物語をぽつぽつと上げていきたいと思いますのでよろしければこの物語の感想・評価の方をぜひともよろしくお願いします。




