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悪霊の悪霊討伐記録  作者: 六道おさんぽ勢
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13話 怪物と怪物/蘇った死者

彼岸も近づいたので、恥ずかしながらも帰ってまいりました。読んでくださっている方がいるなら、今後ともよろしくお願いいます。

 夕日が差した河川敷、人影がずるずると一本道を這い進んでいく。人影の進む先には倒れ伏した一人の少女がいた。やがて人影が意識のない少女の元へたどり着く。そしてそれは少女に馬乗りになって大きく口を開き……


少女の首元に食らいついた。


 噛まれた少女の首元からは血があふれ出し、血だまりを形作っていく。そして傷口からは鏡のひびのような跡が伸びてきて、弱った体を侵していく。その光景はまるで獣の捕食であった。


 先にこの河川敷で起きた事象、それは一言で表せば悪霊による悪霊への「取り憑き」である。

 黒煙の悪霊、すなわち人狼は奪い取った強力な呪物と結晶を取り込んで戦いを圧倒的に有利に進めていた。しかしこの時に取り込んだ結晶の方が人狼にとっての仇となった。もう一方の悪霊は自身と縁のある結晶を自分と霊的につなぎ、同じ力を用いている人狼へと己を狙っている攻撃の対象を変えたのだ。

 相手に取り憑き、操り、取り殺す。まさに悪霊らしい戦い方である。しかしそうした人知を超えた振る舞いは我が身を未だに人間であると思い込もうとしていた「それ」に深刻な自己矛盾を引き起こし、化けの皮がはがれる結果となってしまった。


 少女を貪り、自身の魂の渇きを満たした「鏡の悪霊・星野鏡也」は自我を取り戻す。彼は自身両手についたおびただしい量の血と、口の中に広がる甘い味に自分が何をしてしまったのかを察する。少女の上から降りると血だまりの中にうずくまり、自らの顔を両手で抑えた。すると赤い血だまりの中から獣眼の黒い怪物が彼にニヤリとほほ笑みかけてくる。『なるほど、おかしいと思っていたがお前も記憶をなくしていたのか』

 その一言、彼のぼうっとしていた頭がチクリと鋭く痛み、記憶のフィルムが回り始めた


 ……1か月前、キョウヤが入院中のことである。事故の後遺症なのか体に慣れていなかったのか、衰弱してしまった運動機能を回復させるために彼は病院でのリハビリを行っていた。そんな歩行訓練中、彼の隣にいた看護師がふいと怪訝な顔をする。

「星野さん、表情が苦しそうですが大丈夫ですか?」

 彼は別にどこか痛いわけでもなければ体調が悪いわけでもない。看護師の何気ない質問を否定し、彼は訓練を再開した。途中で、近くにある鏡を確認したが、やはりその鏡には表情一つ変わらない黒い体表の怪物だけが映し出される。それを見たとき、その心の中にはある小さな疑問が浮かびあがった。

(あれ、さっき俺どんな表情してたんだろう?)


 さて、これから彼に起きる異変を理解するためにまず鏡と自己の関係について語らせてもらいたい。 

 まず朝、特に出勤・登校や何か用事がある日の朝の行動を思い浮かべて欲しい。ベッドから起き上がる、朝食をとる。そして歯を磨き、顔を洗い、服を着替える。朝食と歯磨きは順序が逆の人もいるだろう。しかし、その後に恐らく多くの人はそうした朝のルーティーンの中で出来上がった自分の姿を一度鏡で確認する。そして寝ぐせが立っていれば櫛で梳かすし、ネクタイや襟が曲っていればそれを直す。表情がひどく緊張しているようであれば、笑顔を作る練習をしておく人もいるかもしれない。そうして「よし、もう大丈夫」となったらその日の用事に臨むというのは多くの人が日常的に行っていることと思われる。

 そんな鏡とは物理的に見れば可視光線を反射する部分を持つ物体で、それにより光を反射させて人間の視覚的な活動の補助をする装置でしかない。しかし人の心という視点に立った時、特に自分自身の姿を映した時に鏡は重大な心理的作用を持つ。鏡を通して自分の姿を見るとき、人は鏡を見るまではアンニュイなままの自分の姿を観測し、その姿を目的や社会規範に沿うように変え、表現されたソレを再び確認することでその日に適した身なりを整えていく。そしてそうした工程を通して己の心を修正し、意識・無意識もまたその日に「適した自分」へと作り上げる。つまり己を映す鏡とは自己というモノにとって、ピアノの音高や音色を整えるための調律器具のような機能を持っているのだ。


 星野鏡也という、元は普通の人間の人格はそういった機能を失ってしまったのだ。

 最初の疑問は、自分のした「苦しそうな表情」がどんなものだったのかということだ。しかしそれがどんなだったかは彼には分らない。なぜならこの時、何かに映る自分の姿は表情一つ変えない人外としてしか見えないからだ。もしかしたら自分はすごく苦しそうな顔をしていたのかもしれない、逆にそんなに辛そうな顔はしておらず、それはただ看護師の思い違いであったかもしれない。しかしそれも今の彼には分らない。そしてわからないという事実はさらなる疑念をもたらしていく。

(あれ、普段俺どんな表情してたかな……?)

 彼はだんだんと、自分の日頃の表情や行動に不安感を抱くようになっていく。そしてそう言った心の異音は、そのうち自己という存在自体の不安定へと変化する。しかしそれも解消されることはなく、結果として肥大化し続けていく恐怖は心を押しつぶしていった。何度も鏡を確認するが、それでもやはり、人間はそこには映らない。正常な鏡像という調律器具を失った少年の人間としての人格はそのうち己を見失ってしまった。

 そして誰にも見つけられなかった心というモノは静かに消えていく。まして己にも見つけられなかった心などはなおさらだ。人間としての自己はゆっくりと忘却に追いやられ、入れ替わるようにして鏡に映る自己、すなわち怪物としての自己が星野鏡也の現実に降り立っていった。人格を得たようにしゃべり始める鏡像。病院の中に見え始めた異常な「ナニカ」。時折襲ってくる食人衝動。衝動があるときにだけ起こる、触れたものが鏡のように割れてしまう現実離れした現象。そして現れたナニカを割ったときにだけ得られる満腹感にも似た甘美な感覚。そしてナニカを喰らって己の欲望を満たすという繰り返しは空っぽの自我に映った怪物をより確固たるものへと変えていった。

 「星野鏡也」という自己の抜け殻の中で怪物としての感覚は段々と成長して行く。空腹はその頻度を増していき、欲望は満たせば満たすほどその凶暴性と力を増していく。そして肥大化した本能はついに一線を越えようとしていた。

 最初の標的は抜け殻の妹、星野朝日であった。コレは律儀にも部活帰りに自身の兄の元へ赴き、度々看病を行っていた。そして今晩、あまりにも疲れていたらしいソレは看病が終わるや否や病室でそのまま寝入ってしまったのだ。幸いにして部屋には他に誰もいない。獲物を起こさないようにゆっくり、ゆっくりと近づき、油断しきったその首に牙をむく……その時だった。

(あれ、俺今なにしてるんだ?)

 脳に鋭い痛みが走る。

 突如として忘却されたはずの人間としての自己が呼び覚まされる。否、これは人間としての自己ではなく、その名残。人間としての星野鏡也が自らの鏡像に見出した感情、「恐怖」だ。自らの肉親をその手に掛けるという行為が、抜け殻の心の片隅にて眠っていたそれを呼び覚ましてしまったのだ。「恐怖」はかつて己の宿主にそうしたように怪物としての自己を押しつぶし、塗りつぶしてしまう。そして眠った人格の変わりに鏡に映らなくとも存在を保てる自己、記憶やイメージの中に残る作劇としての自分を「写し出し」、怪物としての自我と記憶を封印したのだ。


 ……ノイズを取り払い、写像の封印は解かれた。同時に、今日の彼がした彼自身の一連の行動に対して、意識にも出さず持ち続けていた疑念に答え合わせがやってくる。


 そもそもなぜ鏡像の怪物は最初から自分に対して妙に馴れ馴れしかったのか?

 それはこちらが記憶をなくしているだけでコイツからすればもう何度もしゃべっていたからだ。自分の言動もきっと同じくらいに馴れ馴れしかったはずだ。


 自分はなぜ鏡像の話を聞いて急に家から飛び出したりしたのか?

 怪物としての自我は封じられても無意識的な部分は残ってしまった。本能的な魂を求めた徘徊の理性的な理由付けとして、悪霊と自分の心を利用しただけだ。


 喧嘩などしたこともないような人間がなぜ急に戦った時でも冷静でいられたのか?

 意識にないだけで病院にてもう何度も他の悪霊を食っていた時の経験が無意識の中にあったからだ。


 なぜ襲い掛かってきた人間をわざわざかばったのか?

 「イメージ上の自分ならそうしたはず、社会規範として正しい」という写像としての自己の存在意義に従っただけだ。


 なぜその時点では正体の判明していない、つまり持って帰る必要のない結晶と竜骨をわざわざ持ち帰ってしまったのか?

 それこそ自分で考察した「悪霊は力のある物品を収集する」という性質そのものだ。


 なぜさっきまで「ひび割れ」は自分の目に赤黒いノイズとして映っていたのか?

 記憶を取り戻す決定的な鍵になり得るそれを鏡像と同じ色にすることで自分と分離して考えたかったからだ。

 

 キョウヤは右手にむんずと力を込める。するとそこにどこからか肉眼ではとらえられない力が集まり、変質し、ひび割れのようなイメージを顕現させる。そこにもう一体の怪物の意思は介在しない。即ち、それは明確に彼自身の起こした異常ということだ。

 電車事故から、彼が遭遇した最初の怪異とは、変質した己の鏡像ではなかった。なぜならそれはただ自らの機能の変質とも説明が付くからだ。明確に彼の世界を変えた最初の怪異とはつまり、徐々に怪物へと変化していく己の心であった。

 ――詰まるところ、自分はすでに一度死んでいたのだ。肉体的にもそうであるが、それ以上に精神的に、人としてだ。

 血だまりの中から鏡像の怪物は一段とおぞましい笑みを覗かせる。

『おはよう、「怪物」』

 夕日は、もうすでに夜の闇に吞まれようとしていた。


ここまでお読みいただきありがとうございます!

今後も二人の物語をぽつぽつと上げていきたいと思いますのでよろしければこの物語の感想・評価の方をぜひともよろしくお願いします。

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