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悪霊の悪霊討伐記録  作者: 六道おさんぽ勢
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1話 少年と鏡像

「痛い…」

 星野鏡也は全身の痛みにベッドの上で目覚めた。彼は体を確認するがしかしどこにも怪我は見当たらない。どうやら夢を見ていたらしかった。

 彼が周囲を見渡すとそこはどこかの病院の病室であった。

 彼の寝ていたベッドは窓際にあった。ベッドのもう一方には一般的な道具棚と複雑な機械類や医療器具が置かれており、もともとその体がかなり危険な状態であったのだろうことを物語っていた。しかしすでに彼の体はほとんど完治しているらしく、手足を動かしても体が痛む様子はなかった。

 キョウヤはぼんやりとした頭で自分に何があったのかを思い出す。

 …そう、自分は確か10月の紅葉に合わせて親戚が集まるということで、用事でいけない両親の代わりに妹と山中の集落に住む祖父の家へと電車で遊びに行っていた。そしてその帰り、電車が突如として激しい揺れに襲われ、そのまま意識が途絶えてしまったのだ。

 彼ははっとなって壁に立てかけてあるカレンダーを確認する。その日付は11/9を指しており、1か月ほど眠ってしまって居たのだと彼は自身の状況を理解した。


 ふと病室の扉が開き、そこから白衣を着たナースがあらわれた。

「あ、星野さんお目覚めになられたんですね!すぐ主治医を呼んでくるので安静にして少々お待ちください」

 そういうとナースは病室の扉を閉めて足早に去っていった。

 主治医がくる少し前、少し風にあたろうと病室のカーテンを開いたときに異常が起きた。カーテンを開くと、目の前に赤黒いノイズのようなものが固まり、獣のような目がその扁平な身体の頭部と思しき箇所に二つ付いた化け物がそこにいた。

 彼の今いる病室は病院の3階であり、窓の外には病院の駐車場が見えている。上には少し雲のかかった青空が広がり、化け物の赤黒い体色をコントラストでよりはっきりと目立たせていた。

 キョウヤは怖気づいて叫びをあげ、カーテンを閉めた。と、ちょうどそこに主治医を連れたナースがそのさけびを聞いて慌てて病室の中に駆け込んできた。

「どうされましたか!?」

 ナースがキョウヤの様子を確認すると彼は窓の外を指さしながら震えあがっていた。

「ま…窓の外に…」

 そんな彼を見て、ナースの隣にいた老人は窓を開けて外をのぞき込む。

「落ち着いてください。変なものは何もありませんよ?」

 キョウヤにこやかに語りかけ、主治医であろう老人は窓の外を指さす。キョウヤはおびえながら開かれた窓の外を見るが、怪物はもうどこにもいなかった。

 安堵するキョウヤに主治医は語り掛ける。

「おはようございます星野さん、まずは目覚められて本当によかった。今ご家族をお呼びしているので、来るまで診察がてらに少しお話しましょう」

 キョウヤは診察を受けながら主治医と事故のことについて話す。その中でも彼が特に気になったことは二点あった。事故は自分と同乗していた妹をのぞいて全員死亡したこと。2つ目は一緒に電車に乗っていた彼の妹である星野朝日は奇跡的に軽傷であり、もうすでに退院していたことだ。

 診察を終えるとキョウヤは車いすに乗せられ病室を出る。扉を開けたとき、彼の目の前にさっきの怪物が再び現れた。廊下の向かいにある窓の先で、獣のような目でじっと彼をを見つめていていた。


 おびえるキョウヤの目を目隠しで覆い隠し、一行は彼の家族が待つ談話室についた。

 扉の開く音がすると、その向こうからは家族の歓声が一瞬聞こえた。しかしそれはキョウヤの目隠しをした姿を見るとすぐに静まり、代わりにまず朝日が震えた声で質問を投げかけた。

「お兄ちゃん、その目どうしたの…?」

 キョウヤは目隠しをとりながら心配げな妹の言葉に答える。

「久しぶり朝日。別に目が見えなくなったとかじゃないんだよ、大丈夫だから…」

 そうごまかし笑いつつ目隠しを外すと、そこには旅行に出る前とは何ら変わらない家族の姿があった。かなり表情はおびえたものになっていたが彼にとってはまず会えたことが何よりも喜ばしいことだった。

 父が素っ頓狂なテンションでキョウヤに問いかける。

「おい、その目本当に大丈夫なのか!?痛くないのか!?」

 起き抜けのキョウヤは父のテンションに少し苦しみながらも笑顔を見せた。

「さすがに全く問題ないってことはないだろうけど、痛みはないよ」

 その言葉に父は微笑む。

「おお、問題はないんだな、これならすぐに退院できそうだな!」

「じゃあ快気祝いは回らない方の寿司でよろしく」

 息子からの突然の一撃に父の表情が崩れた。

「あー、実をいうとお前の治療費で結構我が家の財政が危なくなっていてなあ…」

 何とか逃れようとする父に母はおっとりとした口調で追撃を入れる。

「いいですねえ、私久しぶりにきゅうりが乗ってないいくら巻きが食べたいわぁ」

 母につられて朝日も乗り気になった。

「あ、じゃあ私中トロー!」

 数の暴力を背に受けた父は仕方がないとがっくり肩を落とした。しかしその会話のおかげか部屋の中にあった暗い空気は消え去っていた。

 

久しぶりの家族そろっての団らんに花を咲かせている中、主治医が会話に割り込んできた。

「久しいご家族での会話の最中に申し訳ありませんが、キョウヤさんの今後についてお話してもよろしいでしょうか?」

 医者は手元の資料をひらき今後のキョウヤの治療方針について説明を始めた。

 まず今回のような重傷から1か月でほぼ完治したこと自体がかなり異例であり、診察の結果は特に異常はないが経過観察とリハビリを兼ねてもう1か月ほど入院してもらうこと。

 合わせて口頭で先ほど起こった心因性のパニック症状、つまりはあの怪物についてで説明があった病院内に併設されている精神科にて正式な診断をもらったのち、リハビリに合わせてカウンセリングと心理的な治療を実施することになるだろうという内容だった。


 もう少しの他愛もない会話ののち、家族はいったん家へと帰宅した。そしてキョウヤは再び目隠しをされながら病室へと戻された。

 病室にて目隠しをほどかれたキョウヤに明日からリハビリとカウンセリングが始まることを説明したのち、主治医は病室の棚に置かれていた紙コップの中に水を入れる。キョウヤの隣にそれをおいたのち彼は病室を去っていった。

 水の流れる音に喉の渇きを思い出したキョウヤは自分の隣に置かれた紙コップに手を伸ばし、中の水を飲もうと顔を近づける。そうして見つめられた水面に、赤黒い怪物はたたずんでいた。

 驚いたキョウヤはコップを思わず手放した。地面に落ち、床へと広がっていく水面と共に怪物はその姿を地面へと広げていく。怪物は広がり、うねうねとしながらこちらを凝視していた。

 ふとキョウヤの中で思考がつながる。思えば最初の病室にこの化け物があらわれたとき、そして二度目の病室の扉の先、最後に今回、思えばすべてにおいて怪物は何かを写すものの先にあらわれていたのだ。 

 彼はカーテンに近づき再びそれを開ける。開かれたカーテンの先、窓ガラスの中にはやはり化け物がいた。それは夕日に照らされ、じっとりとこちらを見つめていた。


 その日以降、キョウヤの目に写る自分の鏡像や写像はすべてその怪物に置き換わってしまった。

 初日の夕食に出されたおかゆは、その内に写る怪物とのにらめっこに終始して結局彼の口に運ばれることはなかった。

 次の日から始まるリハビリ、歩行訓練で平行棒につかまりながら必死にコースを歩く彼の隣には常にそれを補助する介護士と姿勢補正鏡の中で自分とともにゆっくりと動く怪物が付き添い続けた。

 精神科での診察の結果、彼には特に大きな心的外傷は認められないことがわかった。しかし怪物のことを主張する現状を鑑みて一定期間でのカウンセリングを行うことのみが決まり、結局怪物の姿がなんで見えるようになったのかはわからずじまいだった。

 一か月のリハビリ期間、彼の生活の中には常に赤黒い物言わぬ怪物が居座り続けた。

 そうして、少年にとってだんだんとそのおぞましい鏡像は日常の一部へと変化していっていたのだ。


 あくる日、もう少しで退院となるキョウヤは最後のリハビリへと赴く。病院の随所に据え付けられた鏡に写る怪物とともに彼はリハビリ室へと入っていった。



ここまでお読みいただきありがとうございます!

今後も鏡像の二人の物語をぽつぽつと上げていきたいと思いますのでよろしければこの物語の感想・評価の方をぜひともよろしくお願いします。

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