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第8話 真実の愛とはどんなものかしら

「協力するのはやぶさかではありませんが、なかなかの難題ですね」

「そ、それは、モラハラ公爵などと言われている男を愛せと言われても難しいことはわかるが、好意を持ってもらえるよう努力する」

「その前に、『真実の愛』とは何か、定義を知らねばなりません。無償の愛、というのをよく聞きますが、見返りを求めず一方的に愛すればそうだと言えるのでしょうか。しかし、先程の彼女のように一方的過ぎて相手にとっては迷惑でしかないということもあります。それは果たして真実の愛と言えるのかというと疑問に思います」


 魔女というとまた呼ばれたと思って出てきかねない。

 それを察したのか、公爵様もその言葉を避ける。


「しかし、あのま――、あの女性は、その場の感情だけで動いているように見えるからな。それほど難しく考えることもないのではないか」

「難しくも何も。そもそも、好きとか愛とかってどういうものですか?」

「え?」

「そういった感情に覚えがありませんので教えていただきたいのです」


 私がそう言うと、公爵様はゆっくり五を数えるくらい黙り込んだ。

 自分だってキスが初めてと言っていたのに。


「公爵様はご存じなのですか? でしたら教えてください。『真実の愛』の定義とは何ですか」

「え? いや、そう言われると……」

「呪いを解く条件としてどのようなものが『真実の愛』と判断されるのかがわからなければ、努力の方向性がわかりません」

「一般論で考えればいいのではないか?」

「では、一般論ではどのようなものなのですか?」

「いや、それは私もわからんが……。そもそも異性は恐怖の対象でしかなかったし、なんとか遠ざけることしか考えたことがなかった」


 答えを持っていないのは私と同じではないか。


「ではロバートは? 『真実の愛』はどんなものか知っている?」


 こちらを生暖かく見守っている余裕ぶりだ。渋い魅力があるし、きっと酸いも甘いも経験してきたのだろう。

 急に矛先を向けられ戸惑いつつも、ロバートは「そうですねえ」と遠慮深げながらも話し出した。


「私自身は仕事のことばかりで、そこまで誰かを思うこともなく、勧められた相手と結婚を決めてしまいましたから、穏やかな夫婦愛、というところかと思いますが。私がこれまでに見聞きした経験から言いますと、相手を受け入れること、ではないかと思います」

「具体的には?」


 経験が足りないゆえに全然「なるほど!」とはならない。

 重ねて問えば、ロバートは少し困ったように首を傾げた。


「嫌なところもいいところも丸ごと愛しい、と思うのだそうですよ」


 想像がつかない。

 嫌なところは嫌に決まっているのに。

 私があまりに難しい顔をしていたのか、公爵様はやや諦めたように、話を締めくくった。


「とにかく、まずはそこだな。真実の愛とは何か、そしてどうしたらそこに至れるのかを検討しなければ」

「そうですね。広く意見を聞き、文献をあたってみましょう」


 妻となったのだからできる限りのことは協力するつもりだが、一方的な逆恨みで呪いをかけられたことを思えば、自分がここに至る経緯と重なり、共感も同情もある。

 いや、そもそも公爵様がいきなり結婚することになってしまったのは、私がうまく立ち回らずに王族を敵に回してしまったせいだ。

 もともと結婚相手を探していたとはいうものの、私のせいで選ぶ自由もなく強引に相手を決められてしまったのだ。

 自分のしたことの責任はとらねばならない。

 まあ、動物愛とか慈愛とか友愛方面だったらいけそうな気がするし、その線で頑張るのもありだと思うのだが、夫婦の身でそれを言うのも憚られる。


「少しずつ打ち解けてもらえるように努力する。だから、ジゼルも遠慮なく何でも言ってほしい」


 そんなにうるうるのつぶらな瞳で照れたように上目遣いに言われては、「わかりました」と言うしかない。

 わかってやっているのか。無意識だとしても、強制していないのにこの有無を言わせぬ小動物の力はすごい。

 そこで気が付いた。


「そういえば。私は公爵様を従えることができるのですよね」


 私がぽつりと呟くと、ギクリというように主従が揃って肩を震わせた。

 どうやら執事も素直な性質(たち)のようだ。


 とはいえ、こんな怯えて震えながら私を見ているような子犬に無茶な命令などするつもりもない。

 無理に相手を従えるのは本意ではないし、「対等な関係になりなさい」とでも命令すれば安心させられるところだろうけれど。

 それはいつでもできるし、まだ様子を見たいところだ。

 もしかしたら猫を被っているだけかもしれないし。――犬だが。


 だって、どうやったって彼の立場のほうが上なのだ。

 『おまえ』から『そなた』に、そして『ジゼル』へと変わったことを考えると、少し見直してもいいかとは思うのだが。

 だから私はこう聞いた。


「ところで、噂ばかりが一人歩きしていますが、実際に公爵様はどんな契約を結ぶおつもりだったのですか?」

「俺に関与しない。俺の行動を制限しない。俺に命令しない。それだけだ」


 なるほど。相手の自由を奪うのではなく、自分の自由を保障したかったのだろう。

 それならばいい。


「わかりました。では私も公爵様も、お互いにそれを守ることにいたしませんか」

「え?」

「公爵様は嫁になる人間に命令されたくないから、牽制しておきたかったのですよね。そしてまだ私のことが怖い。でもそれは私も同じです。ですから、公爵様が安心して暮らせるように、私はそれに従います。その代わり、私も同じことを公爵様に求めます」

「え? いや、それは、先程言った事と正反対になるのでは――」

「自分が命じるつもりだったことでしょう? 何か不都合でも?」

「――ありません」

「もちろん、命令はしません。あくまで守るかどうかは公爵様次第です」

「いや、だが、しかし……、その、そなたはそれでいいのか?」


 束の間考え、小首を傾げた。


「それはどういう意味でしょう」

「モラハラ夫を従えることができるのだぞ? 何でも自由に命令することができるんだぞ?」

「はあ」

「『はあ』って……」


 声真似をしないでほしい。


「そなたは貧乏貴族だと言っていただろう。実家に援助をしろだとか」

「それを命令しては禍根が残るのでは? 命令して一時的に利益を得ても、最終的にそれが得になるとは思えません。お願いして聞いてくださるなら、実家への援助はお願いしたいところですが」


 私がそう言うと、公爵様は言葉を噛みしめるようにじっと黙り込んだ。


「……そんな風に言われるとは思っていなかった。その、言葉では命令なんてしないとはいくらでも言えるだろうが。ジゼルの言葉は、なんというか信頼に足るな。上辺だけではないし、ただの能天気で考えなしなわけでもない。きちんと己で考えた言葉で、実がある」


 それは計算高いということだろうか。

 しかしどこか感心した様子なのを見ると、嫌味ではないのだろう。

 公爵様は一人頷くと、さっぱりとしたように顔を上げた。


「ジゼルの実家へは援助する。妻として協力してもらうのだし、何より結婚したのだから当然のことだ」

「ありがとうございます。そうして公爵様が私のことを気遣ってくださるなら、私はそれで十分です。命令する必要などなく、ただお願いや相談をし、助け合えればよいだけなのですから。それが普通の夫婦ですよね?」

「そうだな……。そう言ってもらえるとは思わなかったのだ」


 これだけ良識を持った人なのに、迫る人々に怯え、モラハラのようなことを宣言しなければならなかったのは、さぞ心苦しかったことだろう。

 言葉や命令で縛らずに済みほっとしているように見える。

 モラハラどころか、この人は真面目で優しすぎるのではないだろうか。わざわざ公言したのだってそうだ。

 イケメンとかわいらしい犬のリバーシブルで、気遣いもできて、互いの自由を尊重してくれる。

 この結婚はもしかしなくても最高なのではないだろうか。


「俺はジゼルと結婚出来て恵まれていたのかもしれない」

「私も今同じことを思っていました。公爵様のような方でよかったです」


 結婚しても援助など望めないと思っていたし。

 だからといって殿下にも陛下にも感謝は塵ほどもしないけれど。

 これはあくまで結果論だ。


「互いを疑い、牽制し合い、命令しあっているようでは真実の愛など生まれようもありません。お互いに自由にいきましょう」

「ああ、わかった」


 力強く頷いた公爵様にほっとして、私はがたりと椅子から立ち上がった。


「ありがとうございます。では早速ですが、実家に帰らせていただきますね」

「え…………、この流れで?」

「はい。今、帰りたいのです」

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