第5話 端的にいうと呪い
「昔、魔女に迫られたことがあってな。断ったら呪いをかけられた」
端的に言うとそういうことらしい。
順を追ってそこに至るまでのあらましを話すと、このようなことだった。
クアンツ=シークラント公爵は幼い頃から天使と誉めそやされる恵まれた容姿のため、年下からお姉様まで幅広い女性に言い寄られていた。
いや、公爵様の魅力は男女問わず、年齢問わずで母親と同年代の人まで彼に襲い掛かってくることがあったらしい。
なんとかそれを切り抜け、純潔を守り通してきたが、そうして彼の意思などおかまいなく擦り寄り、体に触れてこようとする人々にほとほと嫌気がさしたらしい。
公爵様は強い態度をとることで人を除け始めたが、その美貌の噂は既に人里から離れた場所に住む黒い魔女にまで及んでいた。
黒い魔女は呪いなど人を貶める魔術を扱うため、人々から忌み嫌われており、魔女も人を嫌っているというから、公爵様が好かれたのはよほどのことだ。
まだ十四歳の公爵様は魔女から結婚しろと迫られたが、冒頭の通り一も二もなく断った。
「なんでよ!」と逆ギレする魔女に対し、公爵様は「怖いんだよ!」と毅然と返したという。
この人、強い態度をとって人を避けているところから察してはいたけれど、中身は相当なヘタレなようだ。
しかも無自覚の。
当然と言うべきか、公爵様の言い分にさらにキレた黒い魔女は、呪いをかけた。
それが、『結婚したら犬になる』というもの。
しかも姿が犬になるだけではない。
結婚した相手の命令に犬のように従ってしまうのだという。
しかし先代公爵は既に亡くなっており、兄弟もいないから跡継ぎが必要だ。
王家に血が近いゆえに、安易に養子はとれない。
そうなると結婚は必須だが、つけこまれては家も自分も守れない。
相手を牽制し、自分を強い立場に置かなければと公爵様は考えた。
そこで「嫁いだからといってその家に金銭的にもその他も支援などしない」「私の命令には絶対的に従ってもらう」「私の自由は私の物であり、誰にもそれらを侵すことはできない」「妻は夫に何も要求してはならない」というようなモラハラ紛いの制約を公言したのだそうだ。
「そういった経緯をお聞きすると、納得です。言い寄る相手を減らすこともできて、一石二鳥だったわけですね」
「結婚を求めてきた相手にいきなり突き付けるのは酷だろう。相手の時間も無駄にしてしまうからな。だったら先に広く公言しておくほうがいい」
さも当然というように言った公爵様に、なるほど、と頷いた。
どうやらモラハラ公爵というのは彼が自分を守るために作った防壁で、中身はただのヘタレ改め気遣いの人なようだ。
多くの男性は、たくさんの女性に言い寄られても困るどころか、これ幸いと片っ端から遊ぶのではないだろうか。
だが彼は律儀に断るものだから腹いせを受けることもあり、泣かれることもあり、もめることもあり、どんどん疲弊していったというのだから、実直すぎて不器用な人なのかもしれない。
恵まれた容姿ではあるが、本人にとってそれは恵みではなかったのだろう。
これまで聞いていた噂からはこんな中身や事情が隠れていようとは思いもしなかった。
人とはわからないものである。
「しかし、そんな呪いをかけたとして、黒い魔女にどんな利益があるのでしょうね」
「深く考えもせず適当に呪っただけなのではないか? 相当ブチ切れていたからな」
「まあそうかもしれませんね。それで、どうやったらその呪いは解けるのですか?」
「俺が聞きたいわ! 本当に呪いなんぞあるのかも、さっき実際にこうなってしまうまで半信半疑だったし……。今話した以上のことは何もわからんのだ」
そうか。先程私と結婚したことになって突然犬の姿に変わり、公爵様も驚き戸惑いの中にいたのだろう。
だから動転してぐるぐる回っていて、犬の姿で喋れることも知らなかったのか。
脱ぎ散らかされた服も、ちょうど玄関ホールにいた時に姿がかわってしまったのだという。
あの状況からこの答えを導きだせようはずもなかったが、事実を知るのと知らないのとでは解釈にこんな隔たりが出るとは、知るということは偉大だ。
「あれもこれもわからないでは不便ではありませんか? 呪った本人に聞いてみては」
「魔女がどこに棲んでいるかなんて知るわけがあるか! 会いたくても会えないのだ!」
きゃんきゃん! と噛みつくように犬公爵が吠えた時だった。
「やぁっと会いたいって言ってくれたわね」
いや、今のはそういう意図での発言ではないと思う。
というツッコミが瞬時に喉元にせり上がったけれど、それどころではない。
その妖艶な声は私の背後から唐突に聞こえた。
ぱっと振り返ると、そこには紫のスラリとしたドレスを身に纏い、綺麗に巻かれた髪を背に垂らした美女がいた。
しかし、その顔の位置は私より一つ上で、見上げる形になった。
浮いている。
赤いクッションに座った格好のままふわふわと浮き、こちらに――いや、犬となった公爵様に艶やかな笑みを向けていた。




