第2話 王宮に呼ばれて
我がアーリヤード伯爵家の領地は土地に恵まれなかった。
その立地から嵐や自然災害に見舞われることも多く、万年不作。
当然税収は低いどころか、不作が続いて私財をなげうって食料を配らねばならない年が大半というくらいだ。
父が事業を興してみても、失敗続きで負債を増やすばかり。
兄二人と共に地道な金策に走り回りなんとかしのいだが、貴族らしくなく家族揃ってあくせくと働き通しで、優雅な暮らしはほど遠かった。
政略結婚でもできればいいのだが、私にはろくに淑女教育を受ける余裕がなかったし、母が早くに亡くなっていて、周囲の見様見真似で淑女らしく振舞う程度で、その道は絶望的だ。
顔も地味で取り立てて特徴も優れたところもない。
黒髪に黒い瞳。背ばかり高く、痩せぎすな体はおそまつで、金もない、私にも家にも魅力もないではまともな縁談があるはずはない。
使用人も執事と料理人が一人やっと雇えるだけで、侍女はいないし、兄二人に父という男所帯で長年暮らしてきたから、もはや今が一番気楽でいいとさえ思っている。
しかし今後貴族としてやっていくにはそれではいけない。そう父が奮起し、二年前から王立学院に通わせてもらっている。
王族が将来自分の側に置く者をその目で見つけ、関係性を育むためという名目で設立された学院の中で、私は一人、なんとか我が伯爵家を立て直す手立てを学ぼうと必死だった。
あと3ヶ月で卒業したら領地へ行って、伯爵家のため、領地のために何ができるか、改めて視察して回り、模索するつもりだ。
そんな私が城に呼ばれたわけだが、王太子に対する不敬として罰せられたとしても、もはや返還できるものなど負債を負った領地だけ。
それならついでに私の言動のどれが、この国の法律の第何条に反しているのか法律書と首っ引きで教えていただこうではないか。
そう構えていた私に国王は告げた。
「ジゼル=アーリヤード。そなたはシークラント公爵に嫁ぎ、未来永劫支えて生きよ」
その言葉には絶句するしかなかった。
法から言えばそんなものは罰ではないが、私の人生を取り上げたに等しいのだから内容としては十分すぎる罰だ。
というのも、シークラント公爵とは結婚適齢期でありながら、この国の令嬢たちが誰も結婚したがらない相手だからである。
もちろん、公爵だけあって金銭も地位も持っている。
しかし、「嫁いだからといってその家に金銭的にもその他も支援などしない」「私の命令には絶対的に従ってもらう」「私の自由は私の物であり、誰にもそれらを侵すことはできない」「妻は夫の付属物であり何も要求してはならない」などなどモラハラを公言した上で嫁を募っていることで有名なのだ。
娘がどうなろうと公爵とお近づきになりたいと考える家もあったが、しばらくして撤回した。
そこまで公言している公爵の家に嫁がせることに社交界では大きな批判が小さな声で囁かれ、社交界全体の評判を落としては得るもののほうが少ないと判断したのだろう。
シークラント公爵は滅多に社交界にも出て来ず、出てきたと思ったら鋭い眼光で周囲を睨み渡し、人を寄せ付けない。
幼い頃に母を亡くしてから人間不信に陥り、このように徹底して周囲を敵視しているらしい。
しかしシークラント公爵には兄弟もいないから、跡継ぎをもうけなければならないのだ。
かといって貴族で最も高位であり、王族にも血筋が近いことから、安易に養子をとらせるわけにもいかない。
それで誰が贄になるのかと、嫁ぎ先の決まっていない令嬢たちは怯えて過ごしていたのだが。
王太子が阿呆ならその親も親バカだが、さすが国王だけはある。
十分すぎる嫌がらせだ。
なんとか回避できないものかと頭を巡らしたけれど、反抗する間もなかった。
国王は一方的に告げると用が済んだとばかりに席を立ち、私は周囲を兵士に丁重に囲まれて城を出ると、そのまま馬車へと乗せられた。
家のボロ馬車ではない。
煌びやかな馬車は街の中を迷いもせずに進み、日が落ちたと思った頃に公爵家に辿り着くと丁重に放り出された。
嘘だろ、である。
手続きとか。
準備とか。
家族への連絡とか。
私に人権などないとでもいうような扱いである。
そもそも公爵とてこんな貧乏令嬢が運ばれてくるとは思ってもいないだろうに。
この国は王太子を中心に回っているのか。
腹いせでこれほど人を振り回すとは。
この国の老い先は短い。