第8話 ツンデレ公爵の妻
翌日、学院内にはすさまじいほどの熱量で噂が駆け回っていた。
「貧乏伯爵家の娘がモラハラ公爵を篭絡したんですって? これは大変なことになりましたわね」
どこか楽しそうなノアンナ様に言われ、私は心からげんなりした。
「他にも、モラハラ公爵はただのツンデレだったともっぱらの噂になっていますね」
「それよりも何よりも、シークラント公爵はやっぱり顔がいい、天使のような笑顔だと令嬢たちの騒ぎがすごいことになっておりましたわよ。どうなさるのです?」
「どうもこうも……」
もはや私に成す術はない。
私を恐ろしいものを見るように遠巻きに見る人もいたし、胸もないのにどうやって篭絡したのかと上から下までマジマジと見る人もいた。
問題なのは、公爵様の嫁になるため私を叩き落そうとする人まで現れたこと。
面倒なことこの上ない。
これまでそういう嫉妬とか羨望とか、足を引っ張り合うようないざこざとは遠く距離を取って来たのに。
マリア様の陰謀を発端として、私のライフスタイルがぐずぐずに崩れていく。
まさかのその諸悪の根源までそこに参戦してくるとは思いもしていなかった。
「ジゼル様!? あれは一体どういうことですの?!」
突然教室に駆け込んで来た場違いのキンキン声が耳をつんざく。
「マリア、いきなり失礼よ。このようなところまで来て、ジゼル様に何の用?」
ノアンナ様が立ち上がり、慌てて私の前に立ちはだかる。
「お姉様には関係ないわ、どいて! ジゼル様、卑怯ですわ! 誰も嫁ぎたがらないからって貧乏伯爵家の分際でシークラント公爵家にいきなり嫁ぐだなんて」
マリア様はぴょこん、ぴょこんと跳ねてはノアンナ様の頭越しに私を罵倒しようとする。
バカでかわいい生き物だ。
「卑怯も何も、私の一存でそんなことがまかり通るわけがありませんのに。貧乏伯爵家に何の力もないことなど、少々お考えになればわかることでは?」
ノアンナ様の横からひょっこりと顔だけを出して見せると、マリア様は顔を赤らめ、頬を膨らませた。
有袋類ではなくて、頬を種でパンパンに膨らませるのは確かげっ歯類だったか。
どちらにせよ小動物だと思えばかわいらしい。
歳もそれほど違わない令嬢だと思うとこの年でその仕草は大丈夫かな? と心配になるが。
「貧乏伯爵家だからこそ遠慮なく汚い手も使えるんでしょう! 一体どんな手を使ってモラ……、シークラント公爵に取り入りましたの?」
「マリア。いい加減になさい。これ以上ジゼル様およびアーリヤード伯爵家を愚弄するのは許しません。今の発言はシークラント公爵閣下を貶める発言でもある。慎みなさい」
「お姉様が許さなくたってそれが何よ。私にはジョシュア様がいるんだから。ルチア様だって、王太子殿下だって私の味方よ」
ぐずぐずに甘やかされているというのは言い過ぎでも誇張でもなんでもないとよくわかった。
何なら脳死していると言ってもいい。
善悪を己で考えることをせず、他人の権力があればすべて許されると思っている時点で、マリア様はもう崖から足を踏み外す寸前に立っている。
「マリア様。他人の家の事情に無遠慮に踏み入るのは行儀のよろしいことではありませんわ。どうぞ、お引き取りください」
どんな言葉なら彼女の耳に、頭に届くのか。
嫌味も正論も、彼女には意味をなさない気がする。
案の定、マリア様は憎々しげに私をひと睨みすると、ふんっ、と鼻を鳴らし腕組みをした。
「きっとクアンツ様は人との関りがなさすぎて、何もかもの基準が低くなりすぎていらしたのね。私が救って差し上げなくては」
こんなところでいきなりの名前呼び。
しかも、マリア様が救うとはどういう意味か。
それを考える暇もなく、マリア様はぷりぷりのツインテールごとくるりと踵を返し、嵐のように去って行ってしまった。
ノアンナ様は大きなため息を吐くと、私に向き直って頭を下げた。
「ジゼル様、まさか不肖の妹がこんな時にまでご迷惑をおかけするとは。申し訳ありません」
「いえ、ノアンナ様のせいではありませんわ。それよりも、マリア様は何をお考えなのでしょう」
「ロクなことは考えていないと思います……。私、しばらくの間はジゼル様から離れないことにいたしますわ。なんとしてでも、マリアからお守りいたします!」
そんな男前なノアンナ様の言葉は心強かったけれど、とても二人で太刀打ちできるものではなかった。
後から後から、マリア様予備軍は沸いて出たのである。




