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腹いせでモラハラ公爵に嫁がされたはずが、扉を開けたらツンデレな子犬がいました  作者: 佐崎咲
第二章

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第7話 デレた。

 橙色の瞳は冷たく私を見下ろし、頬は不機嫌そうに固い。

 今まで見た中で一番硬くて一番不機嫌な顔。


「帰るぞ」


 周囲の驚いたような視線もものともせず、そう短く告げた。

 視線を集めることには慣れているのだろう。

 そうか。

 これが外での公爵様なのか。

 人を寄せ付けないよう、いつもこうして怖い人を演じてきたのだろう。

 それならと、私もそれにあわせて殊勝な態度をとることにした。


「お待たせしてしまい、申し訳ありません」

「いや、べ、別にそれほど待ってはいない」


 揺らぐのが早い。


「お仕事の邪魔になってしまいましたね。早くお屋敷に帰りましょう」

「邪魔ということはない。私が自ら迎えに寄っただけのこと」


 何故だ。なんとか恐ろしい公爵様を引き出そうと乗っかったのに、何故一瞬で怖い公爵様を壊す?

 私が嫌味で言っているとでも思ったのだろうか。

 だとしても、構わず演技を続ければよかったのに。

 もしかして、今まで誰かとあわせて演技などしたことがないから、勝手がわからないのだろうか。

 それとも、本当に私が怒っていると思ったのか。

 こんなに恐ろしい顔ができるのに、本当に人の気持ちを気遣ってばかりだ。

 そう思って、つい頬が緩んだ。


「公爵様は根が優しすぎます」


 怖い人のフリをするなんて、一番向いていなかったのではないだろうか。

 変人っぽく振る舞うとか、人を避ける方法は他にもあるのに。

 いやしかし、それも自尊心がズタズタになるか……。


 そんなことを考えていたら、気づけば辺りがしんと静まっている。

 顔を上げると、そこには真っ赤になり口元を腕で覆った公爵様がいた。


「だっ、おま、そん……!」

「ええ……? 何故怒っていらっしゃるのですか」

「違う! いきなりジゼルが笑うからだ」

「ですから、私をなんだと思っておいでで? 笑うことだってあります」

「だが、急にそんな風に……」

「どんな風ですか」


 問えば、思い出したのかまた顔を赤くする。

 そんな変な顔だっただろうか。

 自分で自分の笑った顔など見たことがないからわからない。

 思わずすんと真顔になると、公爵様は面食らったような顔になった。


「いや、すまない。ジゼルでも拗ねるのだな」


 そう言って、ふっとほころぶように笑った。

 それは蕾が花開くような、楽しげな笑みで。

 溶けた氷がことりと音を立てたような音を胸で聞いた。


 一瞬時が止まっていたが、はっと思わず身を硬くする。

 周囲から息を呑むような気配が感じられ、一瞬後には一気にざわめきが起こる。


「ツンデレ……?」

「ツンデレ……」

「ツンデレだ……!」


 これはまずい。


「モラハラ公爵がデレたぞ!」

「モラハラじゃない、あれはただのツンデレだわ……!」


 まさかの本人を前にその呼称まで出てきてしまうあたり、周囲の混乱ぶりがうかがえる。

 私は慌てて公爵様を馬車に押し戻した。


「早く帰りましょう」

「あ、ああ、そうだな」


 馬車に乗り込み、扉がバタンと閉まると思わず長い息を吐き出した。


「公爵様。長年モラハラ公爵を演じていらしたのですよね? 何故それを貫き通さなかったのです」

「ジゼルを前にしたら無理だった」


 確かに、今朝まで普通に話していたのだから今更難しいのかもしれない。

 すまん、と顔を覆ってしまった公爵様だが、その隙間からちらりとこちらを覗く。

 かわいいか。


「それに、ジゼルも演技などもういらないと言っていただろうが」


 言った。確かに言った。

 しかしすぐさま後悔したのだ。


「あの時は公爵様がここまでの破壊力をお持ちだとは思わなかったのです」

「……」

「公爵様?」

「それは、ジゼルも俺にキュンとしたということか」


 真顔で尋ねられ、私はしばし黙した。


「キュン……。いえ、もっとこう、破壊音に近いといいますか、心臓を拳で殴打された時の衝撃に似ていると言いますか」

「殴られたことがあるのか?!」

「大麦泥棒を捕らえようとした時に、泥棒が振り払った手がちょうど心臓を直撃しまして。一瞬息が止まって、心臓も止まったような気がしました」

「大麦泥棒もいたのか。そのまま心臓が止まらなくて本当によかった……」

「とにかく笑顔だけは、どんなにささやかでも外では出さないほうがよろしいかと思います」

「ああ、すまない。しかし、ジゼルと話していると自然とな……。前は自分を殺すことなど簡単だったのに」


 公爵様は申し訳なさそうに眉間に皺を寄せ、頬をむにむにと引っ張った。

 そうしてから、表情を改めて私に向き直った。


「だが、ジゼルも人前では笑わないでほしい」

「私が笑おうが、天地がひっくり返ることはありませんよ」

「いや。先程の群衆の中に、ジゼルを呆然と見つめる目がいくつかあった」

「本当に揃って私を何だと思っているのでしょう……」

「そうじゃない。ジゼルは普段表情がないから一見すると怖く見えるが、笑うとかわいい。そのことに気づいた奴がいると言ったんだ」


 むっと口を閉じた公爵様に、私は首を傾げた。


「いえ、それはさすがにないかと……」


 こういうのを欲目と言っていいのかわからないが、自分の妻だからそう思うだけなのではないだろうか。

 痩せぎすで黒髪に黒い瞳で地味。中身ならいざ知らず、見た目に人を惹きつけるものがあるとは思わない。


「ジゼルは公爵家に来てから血色もよくなったし、表情もよく変わるようになってきた。最初は何を考えているのかさっぱりわからなかったが、意外と情に篤くて、真っすぐで。好きになる奴だってそりゃあいる」

「ありがとう……ございます?」


 どう返せばいいかわからなくてそう答えると、公爵様はわかればいいとでもいうように頷いた。


「ジゼルは自分で見られないからわからないだけだ。とにかく、俺も気を付けるからジゼルも気を付けてほしい」

「わかりました」


 笑顔か、と一人考える。

 確かに私も公爵様の笑った顔に何度も見惚れたし、心臓を止まらせかけた。

 笑った顔が好きというのはよく聞くし、笑顔は人の心を動かすものなのだろう。

 しかしそれは、見た目が好きということと変わらないのではないだろうか。

 それとも、そこに感情があって表れるものだから違うのだろうか。

 顔が好き。笑顔が好き。一目ぼれ。

 どれがどう違うのだろう。それとも同じなのだろうか。


 私は公爵様を好きになり、そこから真実の愛に至ればいいだけなのだから、理由なんてどうでもいいはずだ。

 それなのに、何故こんなにもつらつらと考えてしまうのだろう。

 自分があの群衆や魔女と同じで、見た目にだけ心を動かしている。そう思いたくないのかもしれない。

 好きになれるなら、それでいいはずなのに。辿り着くゴールは同じなのに。


 私が突然黙り込んだから、怒ったと勘違いさせてしまったものらしい。

 公爵様は何か話題を探すようにそわそわした後、思い出したように「そうだ」と声を上げた。


「今日は何か思いついた方法はあるか?」


 呪いを解く方法のことだろう。

 だが今はそんな気になれないし、そうそう思いつくものでもない。


「ありません」


 にべもなく答えた私に、公爵様が目に見えてショックを受けているのがわかる。

 何故私はこんな態度になってしまったのだろう。

 他人のことは自由にならないが、自分もまた自由にはならない。


「――すまない。嫉妬したんだ。ジゼルの笑った顔を、他の奴に見せたくないと」


 嫉妬。

 その言葉に、自分を振り返る。

 私が公爵様に笑わないように言ったのは、面倒を避けるためだ。

 でも本当にそれだけだったろうか。

 私も嫉妬していたのだろうか。


 他の人に公爵様のふんにゃりした顔を見せたくない。

 確かにそう思う私がいる。


 私は馬車の揺れが落ち着いたその隙に立ち上がり、公爵様の肩に捕まるように手を置いた。

 そして顔を近づけ、そっと唇を触れさせた。

 馬車の中では上手く距離がはかれず、やや強引にぶつけるようになってしまった。

 そうでなくても、私は公爵様がしてくれたような心の内が攫われるような口づけはできない。

 ただ触れるだけ。


「今日は、不意打ちで口づけです」


 自分の気持ちがよくわからない。

 だけどきっと、それは公爵様に対して様々な感情を抱き始めたからだ。

 今私の中にある気持ちは一つじゃない。

 その証拠なのだ。

 きっとその中に公爵様の呪いを解く種がある。

 今わかるのは、それだけだ。

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― 新着の感想 ―
[一言] 何気に貴族間で、ツンデレとかいう 俗いワードが周知されていることにビックリ。 大衆小説とか読むんかな?
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